第8話 邂逅
一通りの状況確認を終えた二人は、これからのことを相談する。
「ローズの心臓のカケラはどこにあるの? この辺に落ちているの?」
(さぁ?)
肝心な質問に、ローズはまるで関心がないように答える。だがローズと十年の付き合いがあるブルーには、この答えは想像できていた。
「うん、知ってた。分かったら面白くないもんね?」
(その通りよ! でもそうね、おそらく、あのダンジョンと縁があった場所にあるはずよ)
廃棄ダンジョンは様々な世界と繋がっており、ローズの術式はそれぞれの世界を座標としてカケラを転送した。それはただ単にダンジョンの入り口に転送されるのではなく、ダンジョンとの縁を
(まずは街を目指しましょう、そこであのダンジョンの情報を集めるの。あぁ、でも先に何か食べる物を探した方がいいわね)
それはローズにとっては何気ないアドバイスであったが、ここでローズは初めて自分のミスに気づくことになった。
空腹でうつ伏せに倒れていたブルーは「分かった」とだけ言うと、立ち上がることなく頭だけを横に向けて、目の前に生えていた草を喰みだした。
――あむあむ。変な感じ。
(……何をしているの?)
「え、この辺の草? 土? を食べてるんだけど」
(……なぜ?)
「えっ、なにか食べなきゃいけなんでしょ?」
ブルーは廃棄ダンジョンの中でローズから様々な知識を与えられていた。それはブルーが外の世界で生きていくために必要なものであり、こうして旅をすることを想定したものであった。しかし分解に耐えながらコアを解析し、術式を練る日々は、さすがのローズであっても余裕があったわけではない。故にローズの教えは、変化の魔法など、表面を取り繕うことに重点が置かれた。つまりブルーには、人としての「常識」というものが欠如していた。加えて元はスライムである。ポヨポヨはねるだけのその魔物に、立つ、座るといった姿勢の概念はない。
そしてこの最悪のタイミングで、ブルーに聞き覚えのない声がかかる。
「あ、あのー」
草原に横たわるブルーに僅かに影がかかる。明るい茶色の髪を後ろでまとめた少女が、ブルーから少しだけ離れた位置に立っていた。背はブルーより少しだけ低く、白いシャツの上に軽量アーマーを重ね、黒い短パンの上に巻いたホルスターには、使い込まれた二本のナイフが収納されている。体は小柄ながらも引き締まったおり、彼女が高い運動能力を有していることが窺えた。ただしその表情はひどく困惑しており、右手はナイフをすぐに抜ける位置に固定されている。
「なんか急に倒れたかと思ったら、独り言喋りだして、しまいには草を土ごと食べ始めたように見えたんだけど……えっと、あなた大丈夫? 助けは必要?」
外の世界で初めて会った人間にいきなり話しかけられ、ブルーは挙動不審になる。
「うぇあ? ボ、ボク!?」
草原に寝そべり草土を食んでいる時点で既に意味不明であったが、その言動に少女の目つきが鋭くなる。右手はさらにナイフに近づく。
「うん、なんでびっくりしているのかわからないけど、今この草原で草を食べてるのは、馬以外だと、あなたしかいないかな」
「そ、そうなんだ?」
「ちなみに馬も土は食べないかな」
「そ、そうなんだ!?」
「……」
「……」
どうしていいかわからない少女と一匹。
(ブルー、会話! とにかくこの子から色々聞き出すのよ!)
「わ、わかったよ!」
「な、なにが!?」
ローズの思念に対して、口頭で応えるブルー。ローズの声が聞こえない少女がその声にビクッとする。既に右手はナイフに軽く触れている。
「あっ、ちがう、ごめん!」
(落ち着きなさい。とにかく自分に敵意がないことをアピールして、相手の警戒心を解きなさい)
(わかった、頑張る)
この十年ローズと過ごしてきたブルーは、会話自体が苦手なわけではない。むしろあの無機質なダンジョンで、ブルーにとってローズとの会話は、唯一の楽しみであった。しかしブルーはこの時、完全に混乱していた。いろんなことが一気に起こって、まったく消化できないうちに始まった、外の世界の人間とのファーストコンタクトである。そして何よりまだブルーには常識というものがなかった。だから一生懸命喋ってしまった、喋らなくていいことを。地面に転がったまま、口から土をこぼしながら。
「えっと、その、ボクはブルー。一応ダンジョンから来たんだけど、でも全然ダンジョンって感じじゃなくて、だからその怪しいものじゃなくって。それで、えっと、その、そうだ! 好きなものは、ローズ……は言っちゃだめなの? じゃあ、えーっと、キラキラしたものも好きかな。みんな最後には分解されて死んじゃうんだけど、たまに死んだあとにキラキラしたものを残すことがあって、それは頑張って魔法で分解されないようにして集めてたの! ローズもこの魔法だけは誉めてくれたんだ! あっ、でも他の魔法はせっかくローズが教えてくれたんだけど、全然ダメで。だから触手を、びゅって飛ばすくらいしかできなかったんだけど、でもこれはたくさん練習したから、苦しませずに殺すのは結構得意なんだ……て、あれ?」
全力で逃げ出した少女の後姿は既に小さくなっていた。
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