第7話 旅の始まり
いろいろ言いたいことはあるが、ブルーにとって、まず確認しなければいけないことは一つだけ。
「……ローズなの?」
恐る恐る、紅い宝石のカケラに話しかける。
(私以外にこんなことができると思う?)
――あぁ、ローズだ。
その偉そうな物言いにブルーは確信する。そして思念だけとはいえ、ローズが生きていてくれたことに、嬉しさが込み上げてくる。しかし同時に疑問にも思う。石から思念だけが伝わるこの状況は、果たして生きていると言えるのか。
「えっと……ローズ生きてるの?」
(さぁどうなのかしら?)
どこか他人事のような答えに、ブルーの心配と混乱が深まる。
「だ、大丈夫なの? というか、いろいろ訳わからないんだけど」
(フフ、相変わらず心配性ね。とりあえず落ち着きなさい)
それから未だに混乱するブルーに、ローズは自分が成した奇跡をかいつまんで説明した。
「ぜ、全然わからないけど、すごいこと……なんだよね?」
(とんでもなくすごいわね)
ローズは自分の魔法がうまくいったことに加えて、十年にも及ぶ分解効果から解放されたことで、思念だけとはいえ、かなり機嫌が良さそうであった。
「でも、体無くなっちゃったんだよね?」
対してブルーは、ローズの体がなくなってしまったこと、それが自分のせいであることを知り落ち込む。
「ごめんね、ローズ……」
自分を責めるようなブルーの言葉をローズは笑い飛ばす。
(私くらいになれば、心臓が戻れば体なんていくらでも生えてくるわ。そんなものを、あなたが気にする必要なんてないの。それに謝らないで欲しいわね。ここは天才たる私を褒め称え、敬い、そして感謝する場面なのだから)
「うん、ごめ……じゃなくて、ありがとう」
(ええ、気にしなくていいわ)
なんだかずっとテンションの高いローズに、ブルーは苦笑いしながらも、ふと思い出す。
「あれ? でもなんかローズもごめんなさいって言ってなかった? あれどういう意味だったの?」
(言ったかしら?)
まるで本当に覚えてないかのようなローズの言い様にブルーは困惑する。
「えっ?」
(言ってないわね)
「えっ、でも結構はっきり聞こえたけど……」
(言ってないわ。あなたの聞き間違いよ。だけどそう聞こえてしまったのなら仕方ないわね、返してちょうだい)
「えっ? 何を?」
(早くしなさい、今ならまだ間に合うわ)
「ご、ごめんなさい?」
(いいわ。許してあげる。よかったわね、私が寛大で)
「あ、うん、ありがとう?」
理不尽な会話。だけどそれはまだローズが元気だった頃によくしていた懐かしいやりとり。思念だけとはいえ、またこうしてローズと会話できることが、ブルーにはたまらなく嬉しかった。
(それはそうと、ここはどこかしらね?)
「わからないの?」
(わかったら面白くないでしょ?)
「そ、そうだね。そもそもなんでばら撒いちゃったの、心臓?」
(いい質問ね。いつだったか、あなたがダンジョンで回収したモノを返す旅がしたいって言っていたでしょ? だからダンジョンと繋がっていたいくつもの世界にカケラを飛ばして、目印をつけておいたの。カケラがあれば転移できるはずよ)
旅をしたいと言ったのはローズであった気がするが、ブルーはそんな野暮なことは言わない。ローズはブルーに外の世界を見て欲しかったのである。それが理解できたから、ブルーは素直にお礼を言う。
「ありがとうローズ……これって夢じゃないんだよね?」
(えぇ、夢じゃないわ)
――あぁ、本当に外に出られたんだ。
ローズと出会ってからずっと憧れていた外の世界。ローズが魔法で見せてくれた刺激的な世界。だけどダンジョンの魔物である自分には、絶対に行くことができないと諦めていた場所。そんな場所に本当にやってこられた。それもローズと一緒に。混乱が落ち着き、この状況が信じられないほど幸せであることを実感し始める。
そして落ち着いて辺りを見渡せば、目に映る全てが新鮮で美しかった。土も草も空も全てが美しい。心が踊り、ブルーは弾むような足どりで進む。
時に走り、時に踊り、ブルーは、はしゃぎ……そして倒れた。ぱったりと。
「あっ、あれ?」
(そうそう! 言い忘れていたわ! ブルー、あなたにはいくつか呪いをかけてあるわ!)
不穏な響きに、ブルーは一気に不安になる。
「呪い?」
(そう、呪いというか、制限みたいなものね。私は元々人間だったって言ったでしょ? その心臓のカケラとあなたの存在を共鳴させて、あなたという存在を、人間に近づけたの。すごいでしょ? あなたって状態異常も基本的に一瞬で回復してしまうから苦労したわ。そしてあなたが今倒れた理由は空腹。人は何かを食べないと生きていけないの。そのままだとあなた死ぬわよ?)
「しんじゃうの!?」
(喋れているうちは大丈夫よ)
「な、なんでそんな呪いをかけたの?」
(だってその方が楽しいじゃない!)
ブルーの尤もな疑問に、ローズはあっけらかんと答える。そしてさらなる事実を突きつける。
(それと、しばらくはスライムに戻れないから)
「へ? あれ? ほんとだ!? なんで!?」
(あのダンジョンのふざけた固定の効果の受け皿をどこかに作る必要があったの。あれって分解に比べると地味なんだけど、効果自体はあり得ないほど強力なのよ。だから同じくらいあり得ない存在である、あなたの姿を固定したってわけ。うまくいってよかったわ)
「あっうん、そうだね」
自分の体もどうやらだいぶ変わってしまったらしいことを知り、ブルーは考えるのをやめた。
(それと)
「まだあるの!?」
(あなた、いまだに分解され続けているわよ)
「えっ……ほんとだ!?」
ブルーが自分の体に意識を向けてみると、分解と回復を繰り返している場所がある。
(まぁ人間や他の生物にしてみればあなたも十分規格外なんだから、ちょっとしたハンデみたいなものかしら? あなたも随分と魔王らしくなってきたじゃない?)
「いや、全部ローズがやったんでしょ!?」
思わず突っ込んでしまったブルーに、ローズは元気よく開き直る。
(そうよ! だけど私が受け取るのは賛辞のみ! 文句は一切うけつけないわ!)
「いや、文句はないけど」
(当然ね。でもまだ賛辞が足りないわ)
「あっ、うん。すごいや、ありがとう」
(えぇ、気にしなくていいわ!)
言っていることは無茶苦茶であったが、ローズの機嫌の良さそうな声に、ブルーの笑みがこぼれる。
「ローズ、楽しそうだね」
(ふふ、そうかもしれないわね。ねぇ、ブルー、これから楽しくなりそうね? きっと退屈している暇なんてないわよ!)
その言葉を聞いて、ブルーはいつだったかローズが言った言葉を思い出した――退屈で人は死ぬ。だからこそ確信する。心臓のカケラだけになって、思念しか伝わらないけど、ローズはちゃんと生きているのだと。
そのことに安堵したブルーは、だからこそ、ローズの説明には肝心なことが省かれていたことを気にも留めなかった。なぜ、ブルーの分解が止まらないのか。なぜ、固定の効果の受け皿を作らなければならないのか。そしてなぜ、ローズは心臓のカケラをばら撒かなければいけなかったのか。
二人の旅が始まる。
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