第5話 ローズの教え

 ローズはその後もコアを破壊することなく、ブルーを侍らせ最下層に居座り続けた。


 ブルーはローズからいろいろなことを学んだ。言葉を学び、魔法を学び、外の世界のことを学んだ。


 ローズが最も力を入れて教えたのは、変身の魔法であった。


「その姿も愛嬌があっていいけれど、人の姿になれると何かと便利よ」


 ブルーにはよくわからなかったが、ローズの教えには素直に従った。


「魔法自体は良くなってきたけど、やっぱり、私に似てしまうわね。私の美しさに憧れる気持ちはわかるけど、もう少し個性を出さなきゃダメよ」


 ローズそっくりの、だけどどこか自信なさげな少女が項垂れる。ブルーにしてみれば、じっくりみた人間なんてローズしかいないので、他の姿など想像しようがなかった。


「私の姿でそんな辛気臭い顔しないでほしいわね」


「うぅ、ごめん」

 

「そうね、もう基本はそのままでいいから、髪と目の色だけ変えてごらんなさい」


 ブルーはしかたなく、自分の本来の体を構成する、透き通った青をイメージして髪と目を構成する。


「あら? いいじゃない。とても素敵だわ! あなたのその色、やっぱりキレイね」


 そこには褒められて恥ずかしそうにする、ローズ似のどこか落ち着いた雰囲気の少女がいた。二人は側から見れば、色違いの双子のようであった。


 逆にブルーが積極的にローズに教えを乞うたのは、回復魔法であった。それはブルーが初めて自分の手にかけた少女への、そしてその後に続いた大勢の犠牲者への償いだったのかもしれない。

 ローズは何も聞かなかったが、彼女が知る全てを教えた。そしてブルーを励まし続けた。


「今は誰かに使うことはできないかもしれないけれど、きっといつか使える日が来るわ。だから鍛錬を怠ってはダメよ」


 ブルーはいつか誰かに回復魔法をかけてあげられる日が来るとは思っていなかった。かつてボロボロの少女に使った時に感じた、何かに邪魔をされる感覚は、鍛錬でどうにかなるものでない。そのことを直感的に理解していた。それでもここで諦めたら、あの時の少女が悲しむ気がして毎日練習した。


 ローズが最下層に居座ってからも様々な侵入者がやってきた。その全てにブルーは対処した。消えゆく彼らに安らかな死を願い、遺した物を大事に保管した。ブルーは何度かローズに相談した。本当に自分が殺すことが正しいのか、他に方法はないのか。その度にローズはいつもより穏やかな口調で、それでいて少しだけ悲しそうに答えた。


「ブルー、あなたは間違っていないわ。他の誰かが否定しても、私だけは、あなたの優しさを否定しないわ」


 その言葉はブルーの心を軽くした。一方で、もう終わりにしたいという気持ちが、日に日に強くなっていった。そこには侵入者を手にかけたくないという思いもあったが、それ以上にローズのことが心配だった。他の侵入者の最期を見届ける度に、ローズの最期が心に過ぎった。


「ここは、私がいた世界の他にも、たくさんの世界と繋がっているのね」


 いつだったか、侵入者が残したモノを見せると、ローズがそんなことを言った。彼女はたいていのことは知っていたが、それでもいくつかの遺品については、その詳細がわからないと言った。曰く、ローズがいた世界とは、理が違うのだと。


「返した方がいいのかな?」


「そうね、でもコレはおそらく、その世界の人間にとって不要なモノ、あるいは過ぎたモノね。それをわざわざ返してあげるなんて、魔王らしくてゾクゾクするわね」


「や、やっぱり分解しちゃった方がいいのかな?」


 今更ながら、自分が抱えているものが少し怖くなるブルーに、ローズはあっけらかんと答える。


「ブルーが決めればいいわ。そういえば、あなたが回収したモノは分解されないのよね? あなたも、なかなかふざけた存在よね」


「ひどい」


「ふふっ、褒めているのよ! でもそうね、いままでブルーが回収したモノを返しに、いろんな世界を旅するのもいいかもしれないわね」


「じゃあやっぱり全部とっておくね。ちゃんとローズに渡せるといいんだけど」


 言外に自分の代わりに返してくれと頼むブルーに、ローズは小さく返す。


「……あなたがいくのよ」


 かすかに呟かれたその言葉は、ブルーには届かなかった。


 想いがすれ違う。


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