第92話 足りないもの②


『そう。私にとっては、あなたは過去……ううん、前世の私と言った方がいいかしら?』

『ど……どういうことですか?』



 ここが夢なのか現実なのか。


 もしくは、先読みの能力が何か作用を起こしたのか。わけがわからずでいると、未来の恋花れんかはくすくすと笑い出した。



『言葉通りの意味よ。あなたはこの先もきちんと生きて天寿を全うして数千年後に……今の私に転生しているの』

『……では。あなたは今の私の事を覚えて?』

『ええ。後宮であったことも、宮中であったことも。……九十九つくもは、りょうは今の私にはいないけど』

『……え?』



 たしかに、先読みの中で九十九が存在していないのは見てきたが、未来の恋花にも存在していないとはどういうことか。


 九十九は人間に寄り添い存在しているもの。


 消えるのは宿主を失ってからか、逆に傷つけられることで宿主ごと消滅してしまう。あの事件で、恋花はその事実を知ったが……未来の恋花は苦笑いするだけだった。



『だんだんとね。世界全体から霊力がなくなっていくの。だから……人間の中に九十九は溶け込んでいく事を選んだって、私は夢で梁から教わった。正確には、私の中に宿った梁と似た存在に』



 右手を大きく振ると、白い空間が一気に夜闇の星空へと変わり……星はちかちかと輝いて美しい。だが、恋花は本能であれらがただの星ではないと理解出来た。



『……あれは、九十九だった存在たち?』

『そう。宙で……宿る魂を見守ってくれている存在になった九十九』

『……何故、あなたの時代にはいないんですか?』

『……時代の流れと言うそうよ。九十九がいなくても、自分たちで生きようとする人間の在り方が正しいとされてきた』



 文化も技術も何もかも。


 自分たちが成し遂げてきたことが、人間だけでも可能とすることが出来たため……だんだんと九十九は身を引くように顕現しなくなってきた。


 終いには、『無し』であることが当たり前になってきたのだと。


 未来の恋花もそのひとりだったのだが、前世である恋花の記憶を先読みがつなげてくれたことで、九十九の存在を思い出せた。


 梁と似た九十九にも会えたらしい。けれど、その一度きりだそうだ。



『……梁がいなくなる?』

『まだあなたの時代では大丈夫よ。霊力だけでなく、絆に満ちた世界。その絆を忘れないであげて……未来でも、私は少しだけでも元に戻そうと努力するけど』



 それと、と恋花の手にいつから持っていたのか『あんぱん』を握らせてくれた。



『……この麺麭ぱん

『私とあなたがつながっている証。逆輸入状態だったけど、もっともっとあなたが広めて? 私たちが作った……絆のこもったパンを』

『……絆』

『九十九だけじゃないわ。人と人との間のもの。あなたと紅狼こうろう様のこれからを……そして、唐亜とうあを含める世界に、新しい風であるこのパンを広めれば『無し』にも有効的な使い方が出来るはず。あなただから出来ることよ、恋花』

『……はい』



 恋花はあんぱんを受け取り、自然とひと口食べた。


 ふんわりした生地に、たっぷりとした甘い餡子の味わい。


 包子とは違う、恋花がいつも作るのと同じ味わいのそれだ。


 未来の恋花が笑顔で手を振りながら……だんだんと見えなくなると、恋花の意識が遠のいていった。また会えるか聞こうにも声は届かず……気がついたら、またあの寝台の上で寝ていた。


 ただし、そばには梁だけでなく紅狼も一緒にいた。



「……うなされていたが、大丈夫か?」

「……はい。先読みの中にいました」

「…………中に?」

「……奶奶ナイナイを起こすのに、必要なものを取ってきました」



 足りないもの、と言われたそれは。


『無し』であった世界を見て、未来の自分に会い……絆を受け取ってくることだった。紅狼に話せなば、『そうか』と頷いてくれた。


 そして明日には、玉蘭ぎょくらんを目覚めさせるために趙彗ちょうけいのところへ行くことを決めた。

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