第88話 記憶の中で③

 変わった景色の中にいたのは、城の前に昔の紅狼こうろう斗亜とあが倒れていた。怪我もなく、ただ穏やかに寝息を立てていたのを、近くにいた衛士が見つけ……駆け寄って安否を確かめている様子だ。


 二人は衛士に丁寧にゆっくりと中へ運ばれていく。



『今の俺ならわかるが、玉蘭ぎょくらん殿は……君の為を思って、一番いい方法を取ったんだ。両親が死んだ真実を別の記憶に塗り替え、自身は君に先読みが移るとわかって封印を選んだ。あとのことは、りょうに任せて』

『……一番、いい方法』



 これが、と恋花れんかはまだ納得出来なかった。


 真実を知っていたまま、今日まで生活出来たかと言うと『否』と答えることは玉蘭の判断が正しいのかもしれない。


 迫害はされるが、『玉蘭』が居て生活が出来、尚且つ生きていくのに……いつかは真実を知る日まで、、幼い恋花だけでなく、紅狼らの記憶もすり替えたのだ。実に十年も。



『誤算は、君に受け継がれた先読みの能力がうまく継承出来ていなかった。文字通り、『先の世』を見通すと言うのと、未知の麺麭ぱん作りを可能とさせた再現力だ。……先読みが宿主を選ぶと言うのなら、此度の騒動を見越したのかもしれない。藹然あいぜんに対抗するために』

『けど……媽媽マーマたちは』

『……詳しくは俺もわからないが、玉蘭殿に伝えられなかったとしか』

『……そう、ですか』



 恋花は胸に手を当てても何も感じない。今は記憶の中にいるのだから。


 だけど、祖母もだが自分に宿っている先読みは、何故未然に防げなかったのか問いたい。紅狼らとの関係もだが、両親を死なせずに済む方法があっただろうに……どうしてできなかったのか。


 目が覚めたら、祖母はこれ以上の答えをくれるだろうか。恋花を守るだけの単純な理由では、やはり納得し難い。


 すると、また紅狼に肩を叩かれた。



『そして……俺をしばらく君から引き離すためにも』



 また景色が変わると、そこには寝台の上でもがき苦しむ……今とほとんど同じくらいの紅狼が映ったのだった。



『紅狼様!』

『あれは数ヶ月前の俺だ。藹然にさらに呪を重ねかけられ、死に近い状態まで身体を蝕まれた』

『けど……何故?』

『……死んだあいつは、玉蘭殿に幼い頃から憧れていた。それをずっと妬み続け……俺を殺すのを失敗したために、年月をかけて重ね続けた結果だ』

『ですが、今は生きて……』

『君と梁のお陰だ。全て呪は解けて……呪眼の能力以外は綺麗さっぱり治った。それが今だ』

『……だから、奶奶ナイナイは』



 覚醒するために、恋花らの記憶を解いたのだろうか。


 色々と結びつきにはなるが、死んだ藹然はなんて勝手な存在なのだろうと今になって腹が立つが。苛立っても過ぎたことは戻らないので、大きく息を吐いた。紅狼にも身体を引き寄せられ、抱きしめてくれた。

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