第83話 得た能力は





 *・*・*







 話すと決めても、恋花れんかの持つ記憶は色々と欠如していた。九十九つくもりょうが生まれた時から居ないことだと、『無し』の存在として既に日常への関心はなかった。


 幼かった理由もあるだろうが、両親が流行り病にて死したことへの落胆から心情の負担が大きかったのだと今ならわかる。


 祖父は早くに事故で亡き者となり、両親は流行り病が進む最中で死が訪れた。風邪に似たもので、咳き込みがひどくなった翌日に眠るようにして天へと召されてしまう病。彼らが亡くなって涙に暮れる日が続くと、玉蘭ぎょくらんからは自分だけでも生きる術を覚えよ、と言われたようになったが。


 だがある晩、泣きながら眠っている時に夢路への扉が開いた。身体が浮いていて、行く先々には見たことのない風景に仕事ばかり。特に、麺麭ぱんとの出会いが衝撃的だった。


 花巻や点心と違う種類の主食がどれもこれも違う、香ばしい焼き色やキラキラした輝き。かと思えば、餡を使った素朴なものまで多種多様。


 そんな夢が一度や二度でなく、毎晩見るようになってからは恋花の心情も少しずつ落ち着いてきた。毎晩楽しい夢を見れるようになれば、眠るのは怖くない。むしろ、ずっと寝ていたいくらいだったが朝はいずれ来るもの。


 その時間が嫌な時もあったが、残った肉親である祖母に相談してみれば。



『なら、作ったらいいじゃない。恋花自身が』



 財はそこそこある家だったので、二人で協力してあの家の厨房が数年の月日を経て完成したのである。それから少しあとに、祖母の昼寝などの回数が増えたのだが。それまでの麺麭に関する料理の技術への助言をしてくれたのは、間違いなく玉蘭本人のはず。


 九十九である梁も器用ではあるが、顕現を成した今では変幻する前の彼の手際の良さと明らかに違いがあった。恋花が動こうとすると先回りして、その内容を読んだ玉蘭が仕込みを始める動きがなかったのだから。


 ならば、趙彗ちょうけいの言うように、玉蘭自らが自身に封印を掛けて梁を利用したのだろう。いつからかは、振り返ってもいまだに見当がつかない。



「……私のわかる範囲でお伝えしたいことは以上となります」

「……そうか」



 皇帝は否定もせずに、しっかりと恋花の昔を聞いてくれていた。趙彗に紅狼こうろうも。寝物語かもと馬鹿にすることはなかった。それはひどく安心出来て嬉しく思える。



「玉蘭殿らしいですな。何事にも否定をせずに取り組むよう勧めてくださる方でしたから」

「……奶奶ナイナイはこちらでの料理人だけではなかったのですか?」

「余から言おう。もともと術士の家系だったが、当人は料理の道に進みたいと希望が強かった。だが、家が認めずにいたらしい。そこで、『両方』を納得出来る力量まで登り詰めたと有名な人物だったが……」

「料理人のひとりと良い仲になり、子を宿したことでどちらも引退した。実家は頼れなかったために、自力であの辺りに住んでいたらしいが」

「料理人でも宮廷一。術士もその位置……とくれば、財は事足りるだろう。とは言え、余の父が引退後にも何度か相談係として頼ったそうだが」

「……聞いたこと、ないです」

「……不思議だな?」



 そのような昔話は、玉蘭から一度とて聞いたことがない。両親が死ぬ前も後にも。


 やはり、何かが食い違うような気がしてならない。


 疑問ばかりが湧き上がってくると、趙彗の前にある玉蘭の身体が……いきなり、淡い白の光に包まれたのだ。

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