第82話 封印の理由





 *・*・*







「考えられることは、ひとつありますが」



 幾日か経ち、城や後宮の被害も少しずつ修復が進み始めたあたりに……恋花れんかは皇帝に紅狼こうろうと共に執務室に呼ばれた。それぞれの九十九つくもを顕現し、恋花にはりょうに宿している玉蘭ぎょくらんの身体を出すように頼まれたが。


 同席していた、玉蘭よりも年老いた老人の術士がなるべく触れぬように九十九と検分したところ、何か思い当たったことがあると口を開いた。



趙彗ちょうけい、何かわかったか?」

「はい、主上。彼女にかけられた呪は、おそらく……自身で封印を行ったやもしれませぬ。己で全て背負ったのでしょう。……とても大切な何かを」

奶奶ナイナイ……がですか?」

「ええ。儂の知る限りでも、身内には特別優しさを分け与えていた女性でしたから」

「……はい」



 梁が化けていた玉蘭でも、いつも恋花を気にかけてくれていた。眠ることは多かったが、家の事を二人で切り盛りしていたし、両親が居なくとも寂しくはなかった。九十九の『無し』である存在でも、玉蘭がいてくれたから麺麭ぱん作りも楽しく出来た。育ての親に等しい彼女に何が起きたのか、孫として恋花は知りたかった。



「優しい、か。余の父が幼い頃、点心局に忍び込んだ時には盛大に叱ってきたらしいがな?」

「……あの方らしい」

「紅狼の父とてそうであっただろう?」

「……言うな」



 恋花の知らない玉蘭の昔を、皇帝らも少し知っていたのには驚いたが……宮廷の料理人だった祖母の過去を崔廉さいれんから少し聞いていたので合点はいく。皇帝らが年若い頃に後宮などを駆け回る様子を想像してみれば、可愛らしくて笑そうになった。



「ほほ。主上方はなかなかにやんちゃでしたからな。十年以上前は、それはもうあちこち駆け回っておいでで」

「ほとんど、斗亜とあが悪い」

「……紅。呪が解けて、玉蘭の孫と良い仲になってから自信が出たのか?」

「否定はせん」

「……だそうだ。恋花」



 話を振られてもどう答えていいか、羞恥が勝ってうまく答えられない。


 話の流れがどんどん変わっていくが、皇帝にも紅狼との仲を認めてもらえたのは素直に嬉しかった。趙彗はにこにこしているが、目を閉じて長椅子に横になっている玉蘭も少し笑っているように見えた気がした。


 皇帝が苦笑いし続けた後に、流れを玉蘭の方に戻すこととなった。


 大切な何かを守るために、と言う理由。


 それを思い出すのに、恋花はひとつ話を切り出すことにした。両親を病で亡くしてから、玉蘭と二人で過ごしていく日々。


 それと、先読みと麺麭作りができるようになった日々のことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る