第79話 苦手なのと彼女は違う





 *・*・*







 女が苦手だと思ったのは、物心つくかつかない頃だった。従姉妹の緑玲りょくれいに似た整った顔立ちの自覚はしていたが、それが女に群がれる要因だと思うと面倒でしかない。


 顔だけで内面を判断して、面倒な性格だと分かれば去っていくこともあるが、逆に固執することもあり……女たちが勝手に騒ぎ出す。至極面倒過ぎて、それ以来極力女と関わらないように生きてきた。


 呪眼や呪に身体を蝕まれてからは、李家の後継を残せない後悔があったが、幸いにも弟が早く結婚して子を成したために……当主の座は弟に譲ろうとしたが、紅狼こうろうに諦めるなと豪語されたので今も当主候補はそのままだ。


 だがそれが、今となっては良かったと思えている。己が愛おしいと思える存在の少女が出来たのだから。



(……まさか、出会って間もない少女を愛おしいとは)



 隻眼だった紅狼を見ても、必要以上の接触をしてこないだけでなく。九十九つくもが『無し』だった生活を長くしてきたことで、他者への興味をあまり持たないようにしていたのだろう。


 己の九十九が祖母に化けていたことにも気づけなかったのは仕方ないにしても、すれた性格にならず、よくもあのようにたおやかな気性に育ったものだ。その少女、こう恋花れんかを、紅狼は誠に愛おしいと思ったのだ。藹然の呪に立ち向かう姿勢も、勇ましいだけでなく凛とした一輪の花のように見えて、素直に美しいと。


 はじめは淡いものだったのが、此度の襲撃事件の最中で確信を得た。呪眼などの呪も、ほとんどが藹然あいぜんが死した事で解呪出来たのだ。死ぬ手前だった肉体ではなく、まだまだ生きていける若いものと生まれ変われた。ならば、しがらみはもう何処にもない。あの少女への想いを今こそはっきりと伝えたいと思った。



(……恋花。点心局にはいなかったが)



 皇帝への報告を全て済ませたあとに、一度点心局を軽く覗いたが中に彼女はいなかった。思いつくのは、あと緑玲の方だと出向いたが既に退室した後だったらしい。


 従姉妹や女官らは、恋花が少し前に持参した麺麭ぱんをうまそうに食べていた。



「あら、てっきりあなたの居場所を知っていて向かったと思ったのだけれど」



 すれ違いだったのか、と緑玲も少しガッカリした表情になっていた。麺麭の中身は菜葉を炒めたものらしいが、とても芳ばしくも甘辛い香りがしてくる。恋花に頼めば、食べさせてもらえるかと期待しながら……紅狼は雷綺らいきの髪を使い、式を紡いで恋花の居場所がどこかをゆっくりと探すことにした。


 蝶の式は、ゆっくりと奥の庭へ向かっていく。


 廊下を歩きに歩いていけば、その進む先の方より軽い足音が聞こえてきて……探していた少女が己の九十九と共に駆けてきてくれた。



「紅狼様!」

「……恋花」



 薄く頬紅を浮かべている彼女の内側には、紅狼自身をどう思ってくれているか、非常に気になるが。一生懸命な表情がひょっとしたら答えかもしれないと期待した。

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