第6話 先見の麺麭



「……その先見、具体的な内容を聞いてもいいか? 俺の呪眼じゅがんには、麺麭ぱんと言うものが出てきたんだが」



 呪眼は異能力のようではあるが、万能ではないようだ。九十九つくもの姿を暴くことは出来ても、恋花れんかの持つ先見の力すべてを覗くことは出来ないらしい。


 ここで忘れていたが、食卓に置いたままにしていた『あんぱん』を思い出した。それが異能の現れであることを説明できるだろうと。だが、今はここに居る玉蘭ぎょくらんをこのままにしていいか悩んだ。封印されているのであれば、己の九十九であるりょうを通じて解けられないか。


 しかし、それがすぐに可能だったら、今までの生活は違っていたはず。なので、一旦ここから上に戻ろうと決めた。



「……少し戻りましょう」



 恋花の言葉に、二人とも頷いてくれたので、階段の上へと戻ることにした。梁は玉蘭に何もしなかったので、ここについてはこれで良いのだろう。寝室を元通りにしてからは、くつを脱ぎ、紅狼こうろうを食卓の方に案内した。



「……これは?」



 そのままにしていた卓の上には、冷めてはいるだろうが皿に『あんぱん』が置かれている。包子パオズとも似ても似つかず、表面がしっかり焼けて上には胡麻が乗っている。


 先見でよく視る、先の世界では定番のおやつらしく、呼び方も『あんぱん』ということ。それくらいしか、恋花にもわかっていない。



「あんぱんと呼ばれるお菓子です。ただ、饅頭と似ているようで違います……。焼いてあるので」

『恋花の麺麭は凄く美味だ』

「……梁はずっと食べてくれてたの?』

『ああ。玉蘭に代わってからだが、いつからかは覚えていない』

「……そう」



 いつも美味しいと口にしてくれていた祖母が、実は己の九十九だとはまだ信じ難い部分はあるが。それでも美味しいと言ってもらえるのは嬉しい。茶は少し温くなってしまっていたが、紅狼には上座に腰掛けてもらい、あんぱんの皿を手前に置く。



「……いただこう」



 疑いはしているだろうが、きっと呪眼で確認しているので食べてくれるようだ。半分に割り、中の餡子の様子も確かめてから……紅狼は口にしてくれた。咀嚼する音を立てずに、上品に口を動かして飲み込んでいく。


 すると、少しだが頬紅が浮かび上がり、勢いよく次のを食べ出した。



「……紅狼様?」

「美味い! いつもの柔らかい包子と違うのはわかるが、この香ばしさが堪らない! 餡ともよく合うし、上の胡麻との相性もいいな!?」



 一瞬むせそうになったので茶を進め、勢いよく飲み干してくれたが表情は笑顔のまま。余程、今の麺麭を気に入ってくれたのだろう。



『恋花の麺麭はすごいだろう? 献上物にも匹敵する』

「……大袈裟だよ」

「いや、その通りだ!」



 だが、視て、試作を繰り返して再現しただけ。


 異能ではあるが、食卓以外で誰の役にも立たない。


 かつて、玉蘭が宮仕えしていたような素質も何もない。これまで、九十九が『無し』と呼ばれていただけなのに。今日の紅狼の来訪で一気に変わったくらいだ。しかしながら、これからどうすればいいのだろう、と恋花は不安になってきた。


 己の九十九は、取り戻しても祖母の玉蘭は何者かによって封印されたまま。化けていた梁にも理由がわからない。


 これでは、家族を失ってひとりで生活していくのと同じだ。


 その不安が顔に出ていたのか、梁からまた手を握られた。



『恋花!? たしかに、恋花は独りになったかもしれない! だが、我が居る! なんならまた変幻へんげする!!』

「……でも」



 完全な独りじゃないにしても、人間として家に居るのは『独り』。その不安は、簡単には拭えない。もともと、明るい考えに向けない性格ゆえに、九十九を得ても自信が持てないのが恋花である。


 そのことについて、ますます不安になると紅狼が茶をひと口飲んでから声をかけてきた。



「俺の本来の用件も果たせぬが……ここでの生活を危惧するならば、一つ提案がある」

「……提案ですか?」

「後宮への宮仕えだ。俺の伝手があるから、面通りなどは省ける。かつて、玉蘭殿が仕えていらした頃の部下らも多いから大丈夫だ。九十九がきちんといるのなら、ここいらとは違い差別も薄いはずだろう」

「み、宮仕え!?」



 玉蘭の部下がいるとは言え、そんな壮大な話に発展するとは思わなかった。


 だが、紅狼はまだ続きがあるからと指をひとつ立てた。

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