第5話 九十九の隠し事

 りょうに案内されたのは玉蘭ぎょくらんの部屋だった。彼女に化けていた梁が寝ていた敷布はそのままで、梁はそれを無造作にどかしたと思えば……床の板を簡単に外した。その箇所には、何故か階段があったのだ。



「……地下か?」



 紅狼こうろうが尋ねると、梁は一度頷いてから恋花れんかの手をそっと握ってきた。思った以上に冷たい手に驚いてしまったが、人間とは違う生きている存在だと言われているのだから、温かさなどもないのかもしれない。


 それに、意思の強い金の瞳で見つめられると、この先にあるものは恐ろしいものではない、と主張しているのだろう。少しばかり不安はあるが、後ろには出会ったばかりだが紅狼もいる。彼の事も信じて、恋花は小さく頷いた。



「……連れてって」



 握られた手を、少しだけ力を込めて握り返した。顔はどうなっているのか鏡を見ていないからわからないが、梁が頷いてくれたので泣いてはいないのだろう。


 彼がふっと息を吹いて、術で灯りをつけた。暗い階段の下まで幾つか灯していき……下へ下へと、ゆっくりと恋花のを導いて梁は降りていく。後ろから紅狼も付いてきてくれたので、お互いくつを履いているから土で作られた階段に当たると鈍い音が響いた。


 どこまで続くかと思っていたが、意外と終わりは早く。


 地面に足がつくと、奥の方が暗闇の中なのに青白く光っているように見えた。



『……あそこを見てくれ』



 梁がまた手を引いて、その場所へ連れてってくれると。光の中に女性が浮かんでいるのが見えた。誰だろうと覗き込むと、初老の女性が浮かんでいた。記憶の彼方にある母に似ているが、もう少し年を重ねた女性。


 そう、それはまるで。



「玉蘭殿!?」



 恋花が言いそうになった時に、紅狼が声を上げた。


 その言葉に、恋花はもう一度玉蘭らしい女性を確認してみたのだが、今日まで玉蘭だと思っていた梁の化けた年頃よりも随分と若い。だから、本当に祖母なのか信じ難かった。



「……奶奶ナイナイ?」



 声を掛けても、寝ている彼女は返答もない。と言うよりも、聞こえていないのか起き上がりも何もしないのだ。ただ寝ているだけの、今までの玉蘭の趣味とは全然違うくらいは恋花でも分かる。



『……これは、封印だ。恋花』



 梁は恋花の手をようやく離し、玉蘭が浮かんでいる箇所に触れても玉蘭は起き上がらなかった。



「……何者かに、施されたのか?」



 紅狼が問いかけると、梁はまたひとつ頷いた。



『……いつからか。我が玉蘭に変幻へんげしていたかも定かではない。……だが、恋花をひとりにしないためにも、今日こんにちまでの偽りの生活をしていた。恋花には異能いのうがあるゆえに』


「異能?」



 梁の説明の後に、紅狼が恋花の方に振り返る。真剣なまなこをからの視線に、恋花はやはり美丈夫から見られてしまうことで胸が少しずつ高鳴っていく。だが、最初に顔を合わせた時よりも短く終わった。



呪眼じゅがんで見えただろう?』

「……ああ。先見か」

『ただの先見ではない。異国の先見が出来る』



 梁には何もかもお見通しのようだが、紅狼には呪眼がある事で全て知られた。だが、不思議とこの男性には蔑む扱いをされなかったので、安堵に似た感情を覚えたのだ。

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