第4話 無しの九十九



奶奶ナイナイ……?」



 祖母、だったモノ。……ずっと、そうだと思っていた存在だったモノが、違っていただなんてて誰が思うだろうか。


 役人の投げかけた言葉で、玉蘭ぎょくらんだった存在は……表面が溶けていくように崩れ、中から違うモノが出てきた。


 紅く、短い髪。透けた肌に長い手足。


 顔立ちは女ではなく、男。向こう側にいる役人とは違うが男らしさが、きちんと表れていた。彼は、玉蘭だった皮のようなモノを剥がすと……恋花れんかに向き合い、いきなり腰を折った。



『済まない! 恋花!』

「え……と、あなた……は?」



 訳がわからないでいると、役人の方が大きくため息を吐いたのだ。



「察するに、お前はその子の九十九つくもか?」

「つ……くも?」



 何を彼は言っているのだろうか。恋花には九十九は居ない。『無し』の存在だと、玉蘭や両親には言われ続けていた。その玉蘭だったモノが、九十九だとは分かったけれど、その主が恋花だとは予想外過ぎた。


 つまりは、未だ腰を折っている九十九らしき彼は、玉蘭に化けて恋花を騙していたと言うこと。だが、なんのためにそんな事をしてきた意味がわからなかった。



『是。我は、恋花の九十九。名をりょうと言う』



 役人からの問いかけに、梁は素直に首を縦に振った。そして、はっきりと恋花の九十九であると口にしたのだ。



「……どうして?」



 梁の頷きに、恋花は込み上げてくるものを感じてぽろぽろと涙を流した。男らがギョッと目を丸くしていても、気にせず涙をこぼしていく。


 仕方のないことだ。幼い頃から、九十九が『無し』と受け入れていたのに、周りからは蔑まれていた生活を送っていた。それが、今更何故、恋花に打ち明けられても受け入れるのが難しい。


 止まらない涙を拭うことが出来ずにいると、目元に温かいモノが触れた。



「恋花と言うのか」



 梁ではなく、役人の指だった。温かいだけじゃなく、優しい指で恋花の涙を拭おうとしてくれた。必然的に顔が目の前にあったため、その距離の近さに恋花は驚いて涙が引っ込んでしまう。



「あ、の……?」

「名乗り忘れていたな。俺は、紅狼こうろう紅狼と言う。宮中で武官をしているものだ」



 そして、彼は手を軽く振って、自身の九十九を顕現させた。女性体だったが、線が細いだけでなく動きやすい服装をしていたので武の心得があるように見えた。紅狼はすぐに彼女の顕現を解き、次は自分の眼帯を取って目を見せてくれたのだ。



「……紋様?」



 そう見えるようなモノが、紅狼の隠された目に刻まれていた。目の色も右の普通のと違って、朱色に染まっていたことにも驚いてしまう。



「これは、呪眼と言ってな。事情があって普段は眼帯で隠しているが、真実を見抜くことを得意としている」

「……あの。それで……奶奶ナイナイだった、梁を?」

「ああ。玉蘭殿に、大事な用があってきたのだが……いつから、こんなことに?」

「わ……かりません」



 聞かれても答えられない。いつからだなんて覚えがない。紅狼と梁の方に振り返ると、彼は一度目を伏せてから家の中に来いと言いたげに、体の向きを変えた。



『……来てくれ』



 その声に覇気はないが、真実を教えてくれるのだろう。


 恋花は、ゆっくりと深呼吸をしてから、紅狼と共に梁の後についていくことにした。

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