第26話

  昨日、花道にある『とりりき』でミィーティングがあった。

梶さんお気に入りの、外から水槽の中でアジが元気に泳いでいるのが見える居酒屋である。

梶さんと店長と多和田さんと僕の四人だ。

最近、他店で暴力沙汰が目立ってきているから絶対にするなよと、といういつもの話だ。

なんとか始末書の数を減らすため、シキテンの人間にもハッパをかけておいたという。

客に少しは気を使ってボッタくれとか、丁寧にうまくボッタくれ、と梶さんが話す度に、多和田さんが、ギロッとした目をまんまるにして、「気を使ってぇ?」とか「丁寧ぃに?」と、口をすぼめて繰り返していた。

「多和田よぉ、話にくくなるから俺の言葉をいちいち繰り返すなよ。あと、その変な顔もやめろ。わかんねぇかなぁ?イメージだよ、イメージ!」

二人のやり取りを見ていて、僕と店長は腹をかかえて笑った。

梶さんの気持ちはわかるが、どんなに工夫したところで揉めてしまうのだ。

揉めないわけがないのだ。



 十一月も十二月も関係ない。この街は、毎日が師走のような賑わいだ。

今日も大盛況だ。店内には三組の客がいる。

ひとりで来ている客、二人連れ。

あと十三人の団体客だ。この十三人がメインだ。

僕はホールに立っている時、そのテーブルの客の話し方や雰囲気に、いつも目を配っていた。席に着いている女の子を呼んでは、客がどこから来たのか、どんな仕事をしているのか?を聞くようにしていた。

関西から西はしつこいというか、面倒くさい客が多いからだ。

特に九州は派手に揉めることが多い。職業も漁師とか職人とかダンプの長距離の運転手とか肉体労働系は特にうるさいのだ。

その十三人は漁業関係の仕事だという。しかも関西と九州だという。

同じグループの会社で懇親会みたいなものの集まりみたいで東京に来たらしい。

一人の客と二人連れは先に帰した。十三人だけを残して。

大モメになりそうだから、シキテンにはしばらく客は入れるな、と店長が連絡したみたいだ。大宴会中の十三人だ。丸太のような腕をした奴らばかりである。

年齢は二十代から四十代とまちまちだ。来たところも職業も大モメ必須案件である。大体、一人、二人の客だと僕一人で会計をしていた。

多和田さんは無言で横に立っているだけだ。

ただ立っているだけなのに威圧感がすごい。

うるさい相手だと多和田さんが入ってくる。

どうにも話が長くなり、まとまらないと店長がキャッシャーから出てきて、客の言っている値段とか持ち合わせの金額を聞いて話を決める。

例えば請求が七万で客が四万しかないなら、「初めて来た店で、システムも知らなかったんでしょう。今回だけ特別サービスで三万五千円でいいですよ」という話で収める。

五人、六人となってくると客も酒が入っているのもあるが、気が大きくなって騒ぎ出す客もいる。

そんな時は一番うるさい奴に的を絞って集中的に静かにさせるのだ。

会計が始まると、客は、「あー、引っ掛かっちゃった」というあきらめた気持ちと「騙された!」という怒りの気持ちが交互に顔に出る。

そこで、僕らの背景を勝手に想像させて恐怖感をいだかせるような話を織り交ぜていくのだ。多くの人間は会社もあれば家族がいる者もいる。恐怖感もあるが、面倒くさいことにしたくないという心理の方が大きい。

会社にバレたり、家族に知られたくない、大ゴトにしたくないという気持ちだ。

よく言う社会勉強というやつだ。

テレビや週刊誌で客引きにはついていくなと、街にもポスターが至る所に貼ってあっても引っかかるのだ。 

俺は絶対に引っかかるはずがない、と思っている人間が一番ひっかかる。

今流行りのオレオレ詐欺みたいなものだ。



「おい、瀬野。どこから来てる客だ?」

背もたれに体重をかけて、ゆっくり伸びをするような姿勢で、横に立っている僕を見上げるように店長が声をかけた。

「九州と大阪の混合らしいです」

「九州と大阪かぁ。面倒くさくなりそうだな。しかし、こいつらビール二ケースも飲んでんじゃん。しかもすげぇ食ってやがんなぁ。仕事はなにしてるって?」

吸っていたタバコをもみ消して、立ち上がった多和田さんは、僕が見ている請求明細を覗きこみながら話しかける。

「漁業関係らしいですね。たぶん、漁師じゃないですかね?ゴツイのが何人もいますよ」

僕は、店長の出した請求書の明細を見ながら、多和田さんに答えた。

「九州、大阪の漁師のチームかぁ。めんどくさくなりそうな奴らだな。久々のダブル役満だな」

戦う準備なのだろう、スーツの上着を丁寧にハンガーに掛けた多和田さんが、頬をふくらまし、しっかりと深く息をついた。

「よし!気合入れていくか!瀬野、出してこい」

店長はサングラスをはずし、静かに机の上に置いた。

熱い息を鼻から吐き出し、首を左右に大きく振り、少しネクタイを緩め、膝をひとつポンと叩いた。

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