里還り

泉野帳

里還り

 空へ進撃するビル群が連なっていた。青田が広がるのどかな村だったはずだったのに、記憶に残っていた山々は消えていた。

 俺のお袋は先祖代々住んでいた家を売り、高層マンションの一室へ引っ越した。

 お袋は高級な茶葉でお茶を淹れてもてなした。村は発展して町になった。腰を屈めて稲の相手をせずとも、××のおかげで楽な暮らしができている。町長が招致したおかげだとお袋は熱弁をした。

 お袋の滑舌が悪くなっていて、『××』はよく聞き取れなかった。

 都会にうんざりして癒しを求めて里帰りをしたのに、俺が知る故郷の面影は全くなかった。

 俺は仕事を理由にして、かつての故郷を早々に去った。


 帰る場所がないのは寂しいことだ。どうせなら故郷を見つけよう。

 あの青田と、雁が群れで飛ぶ夕暮れがある土地を探そう。そして本籍を移そう。

 俺は東京に帰ってから、夜な夜なパソコンで条件に当てはまる地を検索し続けた。 候補地は増えてゆく。


 候補地を二つまで絞った。 俺の実家と同じ県の集落と、四国地方の離島だ。

 ストリートビューの景観を見て理想的だと感じた。前者の風景は俺の元故郷とほぼ変わらない。後者は四方を海に囲まれて、小高い山には樹齢ウン100年の杉が茂っている。


 早速ふるさと納税をする。同じ県の集落からは、藁で編まれた人形が送られた。四国地方の離島からはシークワーサージューがはるばる送られてきた。

 人形の藁は、集落の屋根藁を材料にして作られているらしい。この藁に自分の髪の毛を入れれば、すぐに還れるんだそうだ。

  俺は試しに前髪を抜いて、人形の胸のあたりに押し込んで、眠りについた。


 身体がガサガサする。肌にチクチクしたものが擦れて当たる。これは……藁だ。

 自分の部屋にいたはずなのに、どうして。

「きたきた」

 すぐ近くから気持ち悪い声がする。生臭いあたたかい息があたって、これまた気持ちが悪い。何も見えないのに、化け物が真っ黒な口をぽっかり開けているのが分かった。

 歯は鮫のように鋭い。俺を藁ごと食べるつもりか。

「こいつ××くさい」

 化け物は藁を放り出して、そこで目が覚めた。


 俺は自分の叫び声で目を覚ました。口直しにシークワーサージュースを飲む。

「なんだこれは」

 苦くて、とても飲めたものじゃない。あまりの不味さに流しで吐き出す。

 テレビが勝手についた。ジジジと死にかけの蝉のように何かに抵抗するように、放送休止の棒線の波長が乱れる。

 映像が安定すると、故郷の町長がインタビューを受けていた。

 丑三つ時に真っ黒な口を開けている。


「村が町に発展できたんはね、だあれも外に出られないようにしたからさ。××がいれば田んぼなんかいらん。外に出た若いのも呼ぶと、他所の水が合わなくなって戻ってくる。そうして死んで、××の下に還る。あんたもな、故郷を鞍替えしようなんて、馬鹿な抵抗はおよし。どうせ死ぬ場所は××なんやから。じゃあ待ってるよ」

 それっきり、テレビを二度と見ることはなかった。

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里還り 泉野帳 @izuminuma

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