英猫記

@baron-book555

第1話 ニャルシカ

 地中海に浮かぶ小島、ニャルシカ島。古くからニャルシカの島民は周辺諸國からの抑圧、干渉を一切良しとせず、自主独立を求め戦い続けたのだ。島を領有するニャタリア半島のニェナヴァ共和國より課せられる税金を巡り、島民は闘争を繰り広げた。


 しかも、島を統べる代表者たるキャスカルト・ニャオーリが「将軍」を称し共和國を樹立すると愈々いよいよ、島とニェナヴァ共和國との関係は全く非常事態に移行したのである。


 ニェナヴァ共和國は隆盛を誇るニャランス王國に鎮圧派兵を求めると國王のニュイ15世王は承諾。ニャオーリ将軍ら島民はニャランス王國軍を相手に応戦し、遠征軍は苦戦を強いられた。


 やがて物量に勝るニャランス王國軍の優勢となり、全土を掌握。ニャオーリは無念にもニャランス王國軍の宿敵國家・ニャングランド王國に亡命の為、島を脱出した。


 ニャオーリ将軍の側近であるニャルル・ブオーニャパルテは付き従わず、島に残留。


 事態は急変する。度重なる援助を求めたが故にニャランス王國への借金が膨れ上がったニェナヴァ共和國政府は何と、金を工面できない代わりに手を焼く「島」の領有権を放棄しニャランス王國へ譲渡する条約(ニェールサイユ条約)を締結したのだ。


 ニャランス王國はニャングランド王國との領土拡大戦争での優位を保つため、地中海方面の戦略地域を確保したい思惑があった為、金より「地」を選択したのだ。謂わばウィン・ウィンの条件であったのだ。


「ブォーニャパルテさん。島を代表する者の一人として、我らの期待にぜひともお答えいただきたい。それは貴方の希望でもある独立なのです」


 独立の精神的支柱を失った島民はブォーニャパルテに期待せざるを得なかったのだ。


「あゝ……そうです。そうである。うむ。分っている」


 ブォーニャパルテの口からは何ともぎこちない返答。独立運動の闘士で、島を統べていたカリスマの後の総てを任せられたかのような重圧感。ブォーニャパルテにしてみれば嬉しさと不安が同居した気持ちである。


 いや、どうも今になって後悔の念が募るばかりであった。


 ニャランス王國軍の侵攻を控え、ブォーニャパルテは島民戦士を前に熱弁を振るったのだ。


「敢闘! 敢闘だ! 我が島の将来に関わる一戦だ。野に臥し、山に臥しとも敵勢を撃退せん! 島の女、子供たちの不安を浮かべる表情なぞ見たくは無い!」


 ニャオーリの側近であるから士気を高める役割を果たそうと、古文調で激励すると大盛り上がりの様相を呈したのだ。


「ニャルシカ万歳! ニャルシカ万歳!」


 以来、演説時の戦士たちの雄叫びがブォーニャパルテの耳にこびりついて離れなかった。時にブォーニャパルテの闘志を奮い立たせ、時には重圧となる雄叫びだったのだ。


(ニャオーリ閣下がいない今、どうすればよいのだろうか……) 


 条約締結後、一たび継戦意思のある戦士たちは山に籠り、局地的な反抗闘争に出るが、時が経つほどコルシカ戦士に戦意にかげりが見えてくるのだ。島民は戦い続けることに慣れてもいるが、被支配の身にも慣れている。徐々に下山し、ニャランス王國軍の軍門に降る者もいるが、何か諦めたかのように周囲はその者を誰も止めようともしない。


「魚が食べたいものだニャ」


「馬鹿云うな……いや、実は私もなのだ。しかし、海に出られる筈がない。海は軍船ばかりだ」


「もう降りないか。降参だ」


 なんて会話が当然のように交わされる。島を囲む海原に堂々と居座るニャフランス王國海軍の軍艦の存在がさらに諦めに拍車をかける。


 会話に耳が縮こまってしまうブォーニャパルテは頭を抱えた。「ニャルシカ万歳」と「降参だ」の声が交互に脳内で響き渡るような感覚に陥ったのだ。


(苦しい、苦しいニャ……もう耐えられない)


 ブォーニャパルテは「聴いてくれ」と大声を張り上げた。


「下山だ。山を下りる。これ以上の抵抗運動には進展が見られない。今、こうして敵軍艦からは艦砲射撃を受けることもないし、彼らは残虐な行為にも出ないだろう。重税が課せられるか否か不明だが、話し合いで決めようではないか」


 俯いていた周囲の戦士は一斉に顔をあげ、立ち上がった。


 禁句を口にしてしまったのではないか、とブォーニャパルテは慄いた。他にやり様がない、許してくれ……と。


(銃や刀剣をとり、私を煮るなり焼くなり……矢張り、それは魚だけにしてくれェッ!)


 ブォーニャパルテは死の運命を悟ったかのように目を瞑った。


 幸いにも戦士たちは抗ろうとはせず、リーダー格の男の言葉に従順として立ち上がり、下山を開始した。罵詈雑言もなく、ただただ無言であったのだ。


(これで助かったのかもしれんニャ)


 安堵かと思いきやブォーニャパルテの右腕が何者かにすられたのだ。


(やはり殺されるのだ……)


 ブォーニャパルテの感情の起伏が激しくなる。天と地獄の間を彷徨う。


「いつまでも目を閉じているのだ。あんた一人残されてしまうニャ」


 ブォーニャパルテは恐る恐る瞼をあげると右腕を摩っている者は老猫であった。そうか、助かったのか。ブォーニャパルテは胸を撫でおろした。


 下山後のブォーニャパルテは荷が重い指導者の立場から脱したい希望があり、以前までの独立運動への熱意は薄れてしまっていたのだ。


 長い物に巻かれるが如くニャルル・ブォーニャパルテは大國・ニャランス王國から派遣された総督や政務官と仲を深めると、ブォーニャパルテ家の起源がニャタリア半島の領主階級の貴族であった事実が認められ、ニャランス王國の貴族認定を受けたのである。


 くして、家の起源のあるニャタリア半島のニャポリという象徴的な中心地の、王者の象徴であるライオンのように生きて欲しいと名付けた彼の四男、ニャポレオン・ブォーニャパルテはニャルシカ島出身ニャランス王國貴族の子弟として歩み始めるのであった。

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