第3話・⦿

「今日の天気は、曇天じゃなかったかしら?」


紅茶の香りが漂う学院長室。

院長席に座った、真紅の瞳をした女性が、一人の少年に問いかける。


「…俺がやりましたぁ!!ごめんなさい!!」


栗色の短髪に、太陽の様な真っ赤な瞳をした少年、『天照日路テンショウヒロ』は、勢いよく頭を下げる。


「あら。別に私、怒ってないわよ?愛する息子が、晴れ空を連れてきたのだから。」


窓から漏れる日差しに照らされながら、のんびりと微笑むこの女性は、

オーニソガラム学院の学院長、『天照日廻テンショウヒマワリ』。

学院の創設者の子孫であり、代々学院を守り続けている一族。…日路の実の母親である。


「でも俺、勢いで天気変えちゃったけど、よく考えたら、曇りが好きな奴らに酷いことしたなぁって…」

あの時は後輩を励ましたくて、咄嗟に思いついた行動を取った。…が、冷静になって考えると、『本来あるべきもの』を変えてしまった。


「ふふ、日路は優しいわね。…いつも言っているけれど、学院ここではそんなこと、気にしなくてもいいのよ。」


オーニソガラム学院。名前も知らない島にある、人知を超えた子ども達の居場所。

ここでは日常的に、摩訶不思議な出来事が起こる。


学院長…母親は相変わらず、のんびりと微笑む。

日路にとってその姿は、けして安心できるものではなかった。


「…というか母さん。用事って何だ?」

日路は、学院長に呼び出されてここへ来た。

本来ならば授業の時間。先程見送った後輩も、今頃授業中であろう。


「そのことなんだけど、この春から、勇葉ユウハも学院に住むことになったのは知ってるわよね?」

「ああ、俺も引っ越し手伝ったぜ!」


天照勇葉テンショウユウハ

日路の一つ下の妹。今まで実家から学院に通っていたが、この春から学院に住むことになった。

オーニソガラム学院は孤児院でもあり、それぞれの個室がある。殆どの生徒は、そこで暮らしている。


「日路には前々から手伝って貰ってたけれど、今年は特に忙しくなりそうで…勇葉の手も借りたいの。学院の運営を、教えてあげてくれる?」


高等部に上がるタイミングで、日路も学院に住み始めた。孤児が多いこの学院で、唯一島内に実家のある天照家。学院からも然程遠くない。

それでも学院に引っ越してきたのは、母の手伝いをするためだ。


重要な書類などは手伝えないが、学内イベントの企画や運営、ちょっとした来賓の案内などは、日路がやっている。


どのみち、いずれは母親からこの仕事を継ぐのだ。

それに、生徒達の声を聞いて、要望に答えられる様に改善していく仕事は、日路にとってやりがいのあるものだった。


「そういうことなら、任せてくれぜ!」

天に向けて指を指し、ビシッと決めポーズをとる。

このポーズに特に意味はないが、なんとなく気合が入る。


「ありがとう。頼りにしてるわ。…あら。もうこんな時間。これから席を開けなきゃ行けなくて。今日中には帰るから、少しの間、学院をよろしくね。」


そう言うと、母親はゆっくりと席を立つ。

日路や勇葉にはない儚げな雰囲気は、何気ない行動一つ一つを優雅に魅せる。

…今では見慣れてしまったが、昔はもっと、茶目っ気のある明るい人であった。


「いってらっしゃい!見送るぜ!」

「ありがとう。でも授業中だから、これ以上引き止める訳にもいかないわ。」


真紅の瞳を緩めると、母はドアノブに手を伸ばす。


「貴方も授業にいってらっしゃい。」


__ガチャ


一瞬、目の前が光に包まれる。

扉の外に広がっているのは、見慣れない景色。


学院長室の扉は、開ける人の目的によって、行き先が変わる。一つは学院の廊下への道、もう一つは、『外』の世界。


外の世界への扉は、オーニソガラム学院長と、人知を超えた者をこの島にしている『導者レイン』にしか開けられない。


扉の奥から、聞き慣れない機械音が聞こえる。

この島で生まれ育った日路にとっては、の様に思えた。

そんな外の世界に、母親は歩いてゆく。


「…母さん!」


__バタン


何故か不安を感じ、呼びかけたが、扉は閉じてしまった。

窓から漏れる日差しが、段々と弱くなってゆく。


…強いを持っていないと、才能は開花しない。

この島にいる人達のことを、『人知を超えた者』なんていうけれど、みんな、少し心が強いだけの、普通の人間だ。



「…ラベンダーティー。」

暫く扉の前で立ち尽くしていたが、ティーポットから香る紅茶の香りが、日路を現実へと戻す。


壁にかけられたアンティークな時計を見る。

授業が終わるまであと10分。


「…後輩に授業行けって言っといて、俺だけ出ないのはナシだよな!」

ビシッと天に指を指し、気合を入れる。


「走れ日路!お前なら辿り着ける!」

そう自分に言い聞かせながら、扉を開ける。


現れたのは、見慣れた廊下。

勿論、母親の姿はない。

…自分が学院長の座を継ぐその日まで、『外』の世界は知らなくていい。


「いってきます!」


春の日差しを浴びながら、虚空へとそう叫んだ。


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才能カイカ-Χ乂- 朝星りゃう @Rya_usagi

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