第2話・●◯

オーニソガラム学院の中心にある植物園。

植物に紛れて、一人の少年が転がっている。


「…」

癖のある緑髪で動く、花びらのような。何を考えているのかわからない真っ黒な瞳。

春の曇天を見つめながら、少年は…『才藤栄咲サイトウサカサ』は、何を想っているのか。



栄咲サカサー!…おーい!!聞こえてるかー!」

「…?」

ふと、聞き覚えのある男の叫び声で、現実に戻される。

声の方向を向くと、目の前に太陽の様な真っ赤な瞳が現れる。


「お!戻ってきたか!」

男の心配の表情は笑顔に変わり、軽く背中を叩かれる。

「…日路ヒロ先輩?」

「イエス・アイ・アム!だぁぜ!」

ビシッと謎のポーズを決めた彼は、『天照テンショウ日路ヒロ』。

最近高等部3年生に上がった、全ての動きがやかましい人。


「もう授業が始まるぜ?戻らなくていいのか?」

日路は時計を指差す。時刻は11時5分。あと5分後には小休憩が終わり、授業が始まる。


「んー…次美術だからやだ。」

「美術なら、絵花カイカもいるだろ?」

「だからやだ。」


才藤絵花サイトウカイカ

栄咲の双子の姉であり、生粋の芸術家。のんびりした栄咲の雰囲気とは真逆に、いつも不機嫌そうにしている、学院の有名人。

絵花もサボり癖はあるが、美術の授業にだけはかかさずやってくる。


「喧嘩でもしたのか?」

「別に、そーゆー訳じゃないけど。…やだ。」

栄咲はそっぽを向く。

髪の花模様は、心情を表すようにドロドロに溶けてゆく。この不思議な模様がある限り、隠し事はできないらしい。


「…しょーがねぇなぁ!」

そう言うと、日路は栄咲の頭を人差し指でコツンと突く。…これは、日路が人を励ます時の癖だ。


「しっかり見とけよ!」

花が咲いたような眩しい笑顔を見せた後、日路は曇天に手を伸ばす。


「___雨過天晴うかてんせい!」


途端に日路の真っ赤な瞳が光り、雲が渦を巻く。

まるで空が彼を祝福しているかのように、日の路が示され、曇天は晴れ空へと変わってゆく。

春の日差しは植物を照らし、キラキラと輝いた。


「…!」

栄咲は目を輝かせ、太陽に手を伸ばす。


「ほら、さかく植物くん!これで元気になって、授業に行きなさーい!」

ひょうきんな声色で、栄咲を茶化す。

その姿は太陽の擬人化のようで、不思議と勇気を貰える。


「うん。ありがとう。…バイバイ。」

授業が始める一分前。日路に感謝を告げ、栄咲は美術室の方へと走った。



___ガラガラガラ

チャイムと同時に、美術室のドアが開く。


「あれ、栄咲?偉いじゃんちゃんと来て!」

美術室に入ると、教卓の前に立った20代後半くらいの女性が声をかけてくる。


彼女は『甘刺カンザシアザミ』先生。美術の先生で、オーニソガラムの教師。

赤いくせ毛に緑の瞳。顔立ちからして日本人ではなさそうだが、何故かこの島では皆、日本語を使う。


…名前も知らないこの島は、日本にあるのだろうか?


「…」

栄咲は、美術室を見渡す。

美術は高等部1、2年生合同なので、生徒数は1年生の2人を入れて5人。

すぐに紫色の髪をした、自分とそっくりな少女…双子の姉、絵花カイカを見つけ出す。


「…あ?」

姉はいつもの無愛想な表情で、こちらを睨んできた。栄咲にとって、たった一人の家族。

…それ故に、少々気まずい。


オーニソガラム学院は、親の顔も知らないような子ども達が集まった孤児院だ。

天照テンショウ家の者を除き、血の繋がった関係があるのは、絵花と栄咲のみ。


小さい頃の記憶なんてほとんどない。

気がついたら孤児院ここにいて、自分とそっくりな女の子が隣りにいた。

正直、それだけで姉と言われても、ピンとこない。

顔がそっくりなので、血縁者ではあるのだろうけど。


「こら絵花!弟くんに威嚇しない!…ごめんね栄咲、せっかく来てくれたのに。」

硬直していた栄咲に、アザミ先生は優しく微笑む。

その様子が気に入らないのか、絵花からの視線が更に鋭くなる。…怖い。


「なーなー!早く始めよーやー!」

元気な1年生の声で、微妙な空気は破壊された。

後輩だけど、彼の明るさにはいつも助けられる。


「ああ、待たせてごめんね!諸君、授業を始めるぞ!今日はー、ここ!」

アザミ先生は、壁に飾られた風景画を指差す。


描かれているのは、西洋の町並み。

花壇が並ぶ煉瓦道を、鍵を咥えた白猫が歩いており、物語が感じられる。


「え、可愛いんですけどぉ!絵花、一緒に描こ!」

「やだ。」

「言うと思った!アンタは可愛くない!減点!」

そんな絵花と勇葉の会話を横目に、栄咲は自分の名前が書かれた、白紙の多いスケッチブックを手に取る。


「諸君、準備はできたかー?行くぞ!」

アザミ先生は白猫の絵の前に立ち、手をかざす。


「___鏡花水月きょうかすいげつ!」


この学院にいる者は、全て人知を超えた者。

勿論、教師も例外ではない。


瞬く間に、辺りは美術室から西洋の町並みへと変わり、まるでさっきの風景画の中に入ったかのような感覚へと陥る。

初めてこの感覚を味わった時は少々怖かったが、今となっては慣れたもの。


「よーし!好きな場所をスケッチして来い!」

アザミ先生の声で、生徒たちは解散する。

美術室よりも遥かに広いこの街は、全てアザミ先生の。危険はない。


栄咲は、煉瓦道の脇にある花壇の方へと歩く。

1年生の頃は、一人でいると日路がやって来ていたが、美術の授業に3年生はいない。


花壇の花を優しく撫でようとするが、指先は花びらをすり抜ける。

幻は見えても、触れられない。


栄咲は幻想の太陽に手を伸ばす。

は現実とそっくりだったが、やっぱり何かが違う。


「…早く終わらせよう。」


スケッチブックを開き、右手に鉛筆を持つ。

今頃姉は、何か派手なものでも描いているのだろうか。芸術はよくわからない。


美しい幻想の空間で一人、写実的な絵を描いた。

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