第23話 綺麗な工房と倉庫な居間

 あたしは改めて工房内を見渡した。

 よく見たら土間にゴミひとつない。

 壁には綺麗に道具が並べられ、掛けられている。

 工房内はスッキリとしていて、無駄なものがない印象だ。


「こんなに綺麗なのに、なんで向こうの部屋は物であふれかえっているんだろう…」


 あたしは壁にかけられた、ピカピカに光る道具に思わず手を伸ばしかけた。


「こら、三つ編み小娘、ワシの大事な子らに触るんじゃないぞ」


「ぇ、あ、ごめんなさい。つい、ピカピカで綺麗だな~と。

 本当に、ごめんなさい。もう触ろうとしないので、すみません」


 あたしは作業の手を止めているゲンさんに頭を下げて謝った。


「まぁ、ワシが毎日磨いているからなぁ。つい触りたくなる気持ちもわかるぞ。

 だがな、ワシにとって道具は子供じゃからな。許可なく触れるないでほしいんじゃ。そもそもちょっとでも位置がずれたら、気持ち悪いじゃろ」


「はいはい、でたね。

 ゲンの異常は道具愛」


「なにをっ、アズン。

 こんな整った環境の工房を使えているんは誰のおかげじゃっ。

 ワシの努力のたまものであろうが。

 褒められてしかり。

 だが、けなされては話しがかわってくるぞ」


「褒めているのだが」


「なんじゃ、そうか。

 ならいいぞ」


 あたしはなんの漫才を見せられたのだろうか…


「あの二人はいつもああなのだ。

 ま、気にするな。

 私は本探しにもどってもいいか?」


 ラーダさんはずっと姿勢をくずさず、カッコ良い立ち姿のままだ。


「あ、うん。ありがとう、ラーダねぇ。

 マーリンちゃんの紹介もできたし、もういいよ。

 それから、花のこと、ありがとうね。大切にする。

 マーリンちゃんも、ありがとうね、素敵な花を」


 リリーさんが嬉しそうに、手にしている折り紙の花を眺めている。

 こんなに気に入ってもらえるとか思ってもいなかった。

 だって、もともとはリリーさんが働いている喫茶店のクッキーの敷紙だったわけだし…まぁ綺麗な紙ではあるけど…

 もっとちゃんとした紙で折ってあげれば良かったな~と。


「じゃ、私は戻るよ。

 困ったことがあれば、うちにおいで。なんでも相談にのる。

 もうキミと私は他人ではないからな」


 ラーダさんはそういって、あたしたちに軽く手をあげたあと、またポケットに両手を突っ込んで、姿勢よくやぐらの方へと歩きだした。

 後ろで1本結びした長い金髪がゆさゆさとゆれて、闊歩姿もカッコいい。


 作業を中断していた二人も、またトンカントンカンとやりだした。


 工房内はリズミカルな音が響き渡って、とても気持ちが良い。

 けど…やはりうるさくない、と言えばうそになる。


「外の塀じゃなくて、工房内に防音プレート付ければよかったんじゃ…?」


 あたしがついもらした言葉にラーダさんが反応して、


「工房内の音が消せるわけではない。

 工房内の音が外にもれないだけだ。

 そもそも防音というのは騒音を抑えるだけの効果だからな。

 音をかき消すわけではないし、その発明は非常に難しい。

 無音の静寂もまた、永遠のテーマだな。

 なら、外の塀でかまわないだろう?」


「だな」

「僕もその結論だが」


 作業中の二人もラーダさんに同意した。


「なるほど…

 じゃあ、道具そのものに防音プレートつけたら、どうなります?」


「っ! キミは天才かっ」


「その発想はアズンでもでなかったなあ」


「面白いっ、それやってみる価値はあるかもだな」


 へ?


 ゲンさんとアズンさんは作業をやめ、ラーダさんはせっかく上がったやぐらから降りてきた。


 そして三人は集まって、なにやら会議を始めてしまった。


「あれ? なにかあった?」


 スッキリとした顔でエルサが戻ると、リリーさんがあたしたちに「そろそろ行こうか」と提案した。


「もうあれは三人の世界に入っちゃった証拠だから。

 私たちのこと忘れてるよ。

 なら、ここにいてもしょうがないからさ、帰ろう。

 私の用事も、マーリンちゃんたちの用事も済んだでしょ?」


 リリーさんは折り紙の百合をポケットにしまいながら、あたしとエルサにウィンクした。


「そうですね。

 じゃ、帰りましょうか。

 マーリンもラーダさんたちと契約できたんでしょう?」


「あ、うん。

 なんでも相談していって言ってくれた」


「やったね、マーリン。

 これでお店の経営は安泰だね」


 エルサは自分のことのように喜んでくれた。

 リリーさんもほほ笑んでいる。


 あたしのお店のことだけど、二人とも気にかけてくれているのがわかる。

 すごく嬉しい。


「じゃ、また狭い通路を行きますよ。

 二人とも足元気をつけてね」


 リリーさんが先頭で、居間の戸を開け、入って行った。

 エルサもそれに続いた。

 あたしもだけど。


 てかさ、この部屋のどこにトイレとかあるんだろうか?

 

 あたしはそそり立つ壁のような荷物の間を進みながら思った。

 

「ここでは暮らせないよね?

 なんで工房だけ綺麗で、居間をこんなにしたんだろ?」


「私もそれ思ってた。

 さっきトイレに行ってきたけど、すっごい大変だったよ。

 たぶん荷物積まれてなければすぐ行ける距離にトイレあると思うんだけど…」


 あたしは前をゆくエルサの背中を軽く押しながら、一緒に狭い通路を進んだ。

 エルサもあたしと同じようにリリーさんの背中にくっついて歩いている。


「ゲンさんの仕業だと思うよ。まぁラーダねぇやアズン君は気にしないタイプだから、ゲンさんがそうしたいということに合わせてるぽい。

 ゲンさんにとって工房は神聖な場所で、つねに綺麗にしなきゃならないところなの。道具にも愛情もってるし」


「あぁ、確か道具のことは子供っていいますよね、ゲンさん。

 あれは独身だからかなあ? 子供ほしかったから、とか?」


「いや、エルサちゃん、それは違うんじゃないかなあ。

 単純に子供のように大事、てことなんだと思うよ。

 子供いなくてもさ、子供のように大切て、比喩じゃないかなあ」


「あたしもそう思います」


「あーマーリン、抜け駆け。

 私だけアホの子みたいじゃない」


 あたしたちは”あはは”と笑った。

 

「さ、もうじき抜け出せるよ。

 距離はないのに、本当にこの荷物の多さで神経使うから、歩みがのろのろしちゃうよね」


「ですよね…積まれた荷物が倒れたりしたらと思うと――」


「うんうん、あと足元もさ、つまずいて転んだらとか…」


「こらこら、二人とも、へんなこと言わないの。

 そうゆうこと言うと転ぶって昔から決まってるんだから」


 リリーさんがあたしたちに釘をさした。

 この世界でもフラグが立つ、という感性があるのね。

 気をつけないと。


「さあ、外だよ。

 気が楽になったでしょ?」


 リリーさんが玄関のドアを開けて、あたしたちを庭へと出してくれた。

 工房に行ったときもそうだけど、解放された感が心地よい。

 居間が狭すぎなんだもの。


「そういえば、ここの建物って2階がないんですか?

 半球型もめずらしいな~と思ったんですけど、建物内のほとんどが工房みたいだし」


 あたしは工芸工房を振りかえって、眺めた。


「そうだね。2階は工房内のやぐらみたいな部分だけかなあ。

 でもまぁ工房だから、それでいいのじゃないかな」


「生活はしてないんですか、ここで」


 あたしがリリーさんにそうたずねると、「研究で寝泊まりすることはあるだろうけど、基本は帰宅すると思うよ」と答えてくれた。


「マーリン、商工会ギルドの事務所でも教えたけど、都って働く場所と居住は分けてるのよ、ほとんどの人が。

 新街で住居兼店舗ってのがちらほら出てきてはいるけど、旧市街では別々が主流だよ。だからさ、宿屋くらいなんだって、住居兼店舗とかは」


 エルサがあたしの肩に手を置いて「マーリンのお店はちゃんと住居兼店舗にするからね」と、笑った。


「うん、期待してる」


「うんうん、任せて」


 あたしとエルサは笑顔でぎゅっとハグをした。

 それにリリーさんものっかって、3人で笑いながら抱きしめ合った。


 女の子同士の友情っていいもんだなあ~


「あ、そうだ。

 あたしの帽子と鞄。

 取ってきます」


 あたしは抱きつく二人から離れると、居間へ戻った。

 

 確かここらにリリーさんが置いてくれたはず…


 ぁ。


 ガラガラドッシャシャンっ!!


 あたしはみごとにすっ転んで積まれた荷物がどっさっと崩れ落ちた。


「やだっ、マーリンちゃんっ大丈夫っ」

「マーリンっ平気っ!?」


 外の二人が叫んだ。


「ぁ、大丈夫です…あはははは」


 あたしはおしりに乗っかったものをどかしながら、腰をなでた。


 かけつけた二人は、あたしがなんともないことを確認して、胸をなでおろした。


「よかった無事で」

「本当に」


 はい、あたしは見事フラグを回収したのだ。


「…あいたたたた。

 転ぶっていわなきゃよかった」


 あたしの手を取って立たせてくれる二人に、とほほ顔でそういうと、二人は「確かに」と笑った。




 

 


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ドルおじは転生して美少女魔女になりました。 マァーヤ @maxarya

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