第22話 交渉する前に成立

「ちょっと、ラーダねぇ。

 マーリンちゃんは、この魔法を施された花を貸してほしい――

 そういう意味で手をのばしたのだと思うよ…」


 リリーさんは苦笑いで、受け取った折り紙の百合をラーダさんに見せた。


「あ、ああ、そうだったのか。

 これは失礼。

 契約をする前に私の手をみて決めるのかと。

 なかなかに職人に厳しいやつだ、と感心したのだが」


 ラーダさんは顔色ひとつかえることなく、握った手をあたしから離した。

 

「ごめんね、マーリンちゃん。

 ラーダねぇは、こんな感じの人なんだよ。

 でも、ほら見て、この紙の花を。

 こんな完璧に硬化の魔法を施してるでしょ?

 腕は確かなの。

 ぜひ、贔屓ひいきにしてもらえたらなぁ~て。


 あと、ラーダねぇ、ありがとう。

 この花、完璧だよ。さすがだね」


 リリーさんはラーダさんに軽めのお辞儀をすると、手に持っていた折り紙の百合をあたしに手渡してくれた。

 ラーダさんは、「うむ」とうなずいて、両手を白衣のポケットにしまった。

 その立ち姿も、なかなかに凛々しい。


 で、あたしは渡された折り紙をまじまじと観察した。

 やはりレジン製みたいな硬化のしかたをしている。

 紙そのものが樹脂化したのか、コーティングされたのか…


 あたしは百合の花びらを指で弾いて、硬さを確認した。


「すごいですね。

 これなら折り紙がくしゃくしゃになることはないですね」


「うむ。

 素材を魔法で変換してるからな。

 そうだなぁ…イメージとしては、固めた漆が近いだろうか?」


「なるほど…漆か…わかりやすい例えですね」


 あたしは感心して、折り紙をリリーさんに返した。


「ほほーぉ。

 キミは漆を知っているのか。

 皇族や王族クラスの階級しか手にできないようなレアなものだが」


「え? そうなんですか?」


「うむ。一般的には出回っていないからな。

 漆を知っているものなど、ごく限られているだろう。

 キミは博識があるようだ。

 気に入ったぞ。

 キミとの交渉は成立だ。

 いつでもなんでも注文したまえ」


 ラーダさんはそういうと、ポケットから手を出し、またあたしと強引に握手した。

 エルサとリリーさんは、「?」という顔をしているが、あたしは漆のことを突っ込まれたくないので、すかさず「よろしくお願いします」と、握手したまま、ラーダさんに深々とお辞儀した。


 まさか漆も口にだしたらまずいワードだったとは…

 前世の記憶がとんだ博識扱いになっちゃうとか…気をつけないと。

 疑われて、気味悪がられ人が去る可能性もなきにしもあらず…かも、だし。


「ねぇ、マーリン。

 いまさっきの漆? て、なんのこと?」


 エルサが興味あり気にあたしの顔をのぞいてきたので、あたしは「売るし、買うし、て交渉してただけだけど? ほほほ」と、明らかにとばれる言いわけでごまかした。


「ふ~ん」


 エルサは賢い子なので、それ以上は聞いてこなかった。


 人が本当に嫌がることはしないし、深くたずねない。

 信頼される商人はこうゆうことが素直にできるんだと思う。

 エルサはまさに未来の商人の鑑になる人だろう。


 という結論で、あたしはエルサが気を使ったのだと勝手に解釈した。


 ありがとう、エルサ。


「ちょっとリリーさん、私にも見せてください。

 その硬化が施された折り紙を。

 、てのが気になるので。どんな加工なのか確認したいんです」


「あ、いいわよ。

 はいどうぞ」


 あっうちっ。

 エルサ、漆に興味津々だったわ~

 スルーしてくれたわけじゃなかったわー


「なるほど。つやつやで綺麗に固まっていますね。

 紙の発色が鮮やかだし、ちょっとやそっとでは壊れなさそう。

 それにピンとかつければブローチになるだろうし、櫛に付けたり、耳飾りにもできそう。もちろん、首飾りにもなるし――

 これがてやつか…

 すごいっ」


 エルサは感心しきりで、まじまじと折り紙を見ている。

 そして、硬化されたそれの状態のことが、ようだ。


「おぉ、いいね、その発想。

 折り紙の硬化を今後は”ウルシカ”と呼ぼう。

 漆加工のウルシカだ。

 正確には、漆ではないからな。ま、ウルシカでいいだろう」


 ラーダさんは姿勢を崩さず、モデルのような立ち方で、ひとりうなずいた。


「マーリン、よかったね。

 こんなすごい魔法効果してもらえる工芸工房って、そうはないよ。

 これなら、かならず高額で売れるよ、折り紙アクセサリー。

 あぁ、世に出回る日が楽しみ♪」

 

 エルサはうっとりとしている。もう漆のことはいいみたい。

 この子は心底、あたしの折り紙を売りたいようだ。

 ご期待に応えられるものがちゃんと作れるだろうか…

 子供の遊び程度なんだけどな…あたしの作る折り紙って。


『ありがとね、マーリンちゃん。

 ここの人たち、変だけど…

 出来上がるものは上等だし、無理難題なものでもなんとか作ろうとしてくれるから、親切には親切なんだ。

 今後もよろしくね』


 喜ぶエルサを眺めていたら、リリーさんがあたしにそう耳打ちをした。

 なので、あたしは、愛想笑いを作りながら「はい」と返した。

 他になんて返せばいいのかわかんなかったので。


 あたしとの契約もラーダさんが成立させちゃったし。

 まぁ、あたし的にはなんの文句もないのだけど。

 そもそも工芸工房を一から探すより、こうやって紹介してもらう方が断然良いし。

 それになんでも作ってもらえるみたいだから、今後の人形作りの時に必要な道具なんかも注文できそうだものね。

 

 うん、良い良い。


「おい、アズンよ。

 リリーはワシらを変人だと思っておるみたいだぞ」


「僕は薄々感じてましたがね。

 まさか堂々と言われるとはね」


 トンカントンカンと、熱した板を叩く作業を続けているゲンさんとアズンさんがさらりと言ったので、あたしとリリーさんが”え?”という顔で二人の方に振り向いた。


「拡声プレートつけとる、と言ってあったのになあ。

 工房内では、なんでも筒抜けなのになあ。

 すかしっぺすら聞こえるのになあ。

 なあ、アズンよ」


「そうだね、ゲン。

 僕の発明は完璧だからね。

 作業の音がうるさくても、囁きすら、ちゃんと普通の会話に聞こえるんだけどね」


 リリーさんは、あちゃ~て顔して、「ごめんね、二人とも。今度さ、なぎの店のハンバーグ持ち帰ってくるから、許して」と謝った。


「それそれ。ワシはそれで水に流すぞ」


「僕も同じく」


「なら、私もそれで」


「ちょっと、ラーダねぇは関係ないじゃないっ。

 …って、まぁいいけど。花のお礼もしたかったし」


 リリーさんは、とほほ顔だ。

 

 あたしは一連のやりとりで、ここにいる人たちみんな仲が良いんだと理解した。


 ぎすぎすした関係は嫌だから、こうゆう雰囲気が好きだ。

 だから、これから長く付き合うには、申し分のない工房だと思った。


「でも、すかしっぺって…

 そんな音まで聞こえちゃうとか――

 ラーダさん、嫌じゃないですか?」


 エルサは持っていた折り紙をリリーさんにそっと返しながら、モデル立ちのラーダさんにそうたずねた。


「ん?

 への音を聞かれるということかい?

 皆するだろう? たいしたことじゃないが――

 むしろ、なぜ? と思うが」


「は、はずかしくないですか?

 一応、あの二人は男性ですよ?

 ラーダさん美人だし、女性として魅力あるし…

 その、男の人に――」


「まったくなんとも思わないのだが。

 あいつらがへをしても気にもとめないし、私がかましても、あいつらが気にすることなどない。自然現象に恥ずかしいもなにもないだろう」


「だな。へだけに、へでもねぇな」

「まーそうだろうね」


 作業の二人もラーダさんに同意した。


「は、はぁ…そうですか…

 それなら、いいんですけど…

 ちなみに、向こうの部屋のおトイレの音も聞こえますか?」


「いや、僕の発明はこの工房内のみにしぼってあるよ。

 どこもかしこも拡声したりするような無駄はしないさ」


 アズンさんの言葉に、エルサは、ほっとした顔をした。

 というか、胸をなでおろした、という方があっているかもだけど。


「じゃ、私、お手洗いお借りますね」


 エルサはそう言い残して、倉庫…じゃなかった。

 居間の方へと急いで入って行った。


 なるほど。 

 それを心配していたのか。

 女の子だね~ほほほ。


 アズンさんがやたらめったら拡声板の範囲のばさなくて、なにより。


 …なにより。


 ん? あれ?

 あ、ちょっと待って。


「拡声プレートってアズンさんの発明っていいましたよね?

 それって…違反じゃないですか!?

 だって、魔導プレートの制作は、ですよ。

 工房は魔導板の設計図レシピ使ですよね?

 新しいものを勝手に作るのは罪ですよ、罪。

 それってば、犯罪ですよっ、みなさんっ! やだ、どうしよう…」


 あたしは重大なことを思い出したのだ。

 魔法の加工は工房で許されているし、魔導プレートの作成も許されている。

 だけど、魔導プレートの魔法陣そのものを新しく組むことはダメなのだ。

 それは技の教会のみ許されているわざだから。

 それを犯すことは牢屋行き、ということだ。


 困った、あたしはこのことを内緒にするべきか…街の巡回騎士団に通報するべきか…

 いやいや、内緒しかないよね。なら墓場まで――


「そこの三つ編み小娘、安心せい。

 アズンのやつだが、そうは見えないだろうがだ。

 だからワシらは犯罪者ではないぞ」


「見えないはよけいですが。

 確かに僕は、Aプラスの神官魔導師。

 限りなくS級に近しい、優秀な人間だね」


「ようは、S級に慣れない中途半場なA級持ちじゃな」


「慣れないのではなく、なるチャンスの試験が2年に1度しかないだけ。

 しかも試験日は必ず風邪をひいて、この数年間受けられていないだけ。

 論文は通っているので、あとは実技だけ。

 それが証明されていないだけだから、A級+のままなだけ。

 この状態は、僕の本意ではないのだが」


「だとよ」


 ゲンさんとアズンさんは作業を中断しないまま、トンカンしながら、あたしにそう言った。

 

「どうゆうこと…?」


 あたしが首をかしげたので、リリーさんがそれについて教えてくれた。


「ここ数年のことなんだけどね、技の教会は就職先で一番人気なの。

 たぶん、魔導プレートの普及効果だと思う。

 でね、神官魔導師や巫女魔女の数が増えてしまって、教会内の工房が満員御礼らしいの。

 本来ならさ、A級クラス以上は個人の部屋を教会内に持つことができるんだけど…

 ほら、マーリンちゃんも法の教会でA級の巫女魔女様に視てもらったんでしょ?

 そこ個人部屋だったでしょ?」


「あ、そういえば…」


 あたしはワカツキさんの部屋のことを思い出した。

 確かに彼女もA級クラスに昇格して個人部屋を手に入れた、みたいなことだったなぁ~と。


「でもね、技の教会は空きがないらしいの。

 それだけ技の教会にはA級クラスの神官魔導師や巫女魔女がごろごろいる、てこと。共同の工房もぎゅぎゅうだという話しだし」


「僕はA級+だがね」


 会話の合間にアズンさんが入り込んで、リリーさんとあたしは苦笑した。


「まぁ、そうゆうわけで、教会の外に工房を持つことが許されているんだよ。

 なので。アズンさんは、ここで魔導プレートの研究とレシピ販売を許可されているっけわけ。だから、違法じゃないの」


「ということは…

 ここはアズンさんの工房なんですか?」


「いいや。

 私たち三人の工房だ。

 利点が一致してな、共同経営してるんだ」


 ラーダさんが表情ひとつ変えずに、そう教えてくれた。


「なるほど…

 じゃぁもしかして、ラーダさんやゲンさんも技の教会勤め?

 でもそれなら教会勤めの人はローブを身につけるのが義務なんじゃ…?

 ラーダさん、白衣だし…

 白色だと、時の教会の色ですよね?」


「いや、私とゲンは職人だ。

 教会勤めではない。

 だから私が白衣を着てもなんら問題はない」


「僕はローブが嫌いでね。

 本音を言うならば、教会に報告に行く時くらいしか着たくはないんだ。

 ほとんど工房にいるからね。

 まぁ、街にでるときは嫌だけど…仕方なく羽織るけどね。

 義務だからね。

 そもそも教会勤めの者はローブを羽織らないといけないとか…まったく無駄なことを誰がいいだしたのか。

 僕は、それを恨むね」


 アズンさんは不満気だ。

 その言葉に、ラーダさんとゲンさんは特に反応しない。

 リリーさんとあたしだけ、なんとなくの愛想笑いをした。


 ま、ゴーグルつけてるアズンさんには、あたしたちの顔なんてちゃんと見えやしないだろうけども…



 

 

 


 

 

 


 

 


 

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