第21話 職人の極み

 リリーさんにうながされ、工房内に入ると、そこは倉庫だった。


「見事に足場がないというか…」


 あたしは荷物がそそり立つ狭い通路に立ち、帽子のつばをつかんでつぼめながら、ぐるりと周りを見渡した。

 汚いわけではない。

 けど、物が異常に多い。

 たくさんの箱が積み重なって、ちょっとした塔だったり、壁になっていたり…

 

「さっきリリーさんが言っていた席を作るっていう意味がわかったでしょ?」


 あたしのすぐ前に立つエルサが振り向かずにそういった。

 どうやらここの様子は前から知っているみたいだ。


「エルサちゃん、そのまま進んで。

 でね、奥の棚の手前を左に入って。

 そこにテーブルと椅子があるの。

 そこの荷物片づけてあるから、ちゃんと座れるから」


 あたしの後ろでリリーさんが大きめの声でエルサに指示した。


 あいからわず、リズムの良い”トンカンっトンカンっ”が別室から聞こえてくる。


「リリーさん、あたしのこの帽子と鞄、ちょっと邪魔ですよね?

 玄関に置いとけませんか?」


 あたしは肩を狭めてなんとかくるりと後ろを向き、帽子を脱いだ。

 丸広のつばが狭い部屋では、うっとおしいのだ。

 あと、鞄も。


「あ、渡して、預かる、預かる。

 そこの箱の上に置けそうだから。

 見た感じ埃もなさそうだし」


「すみません、お願いします」


「はいはい」


 あたしは帽子と肩掛け鞄を脱いで、リリーさんに手渡した。

 リリーさんはそれを受け取ると、右から2番目の腰位まで積まれた箱の上に、それらをそっと置いてくれた。


「あぁっ、リリーさんっ、ダメですっ。

 奥のテーブルと椅子にはもう物が置かれていますよっ」


 奥に入って行ったエルサが姿を見せないまま大声でそういうと、リリーさんが深いため息をついた。


「ラーダねぇに物置かないでって言ったのに…

 隙間あるとすぐ埋めちゃうのよ、あの人たち」


 あの人たち?


「エルサちゃんーっ、ごめんっ。

 そのまま居間から工房に行ってっ。

 向こうはうるさいけど、広いからっ。

 だけど、周りの物には触らないようにねっ、あの人たち、すぐ怒るからっ」


「わかりましたーっ」


 左の棚の方に入っていたエルサが狭い通路に戻って来て、そして今度は奥の戸に向かって、足元を気にしながら歩きだした。

 物が置かれた通路は、か細いエルサでも少し歩きにくいようで、”んしょっんしょっ”と進んでいる。


「さ、マーリンちゃんも前に進んで。

 本当はお茶を淹れようと思ったのだけど、テーブル使えないみたいだから…

 ゆるしてね。

 ラーダねぇたちって、そうゆうの気にしないんだよね…

 お客さん来るから、て、さっき教えたのに――」


 リリーさんがあたしのすぐ後ろにまでやってきて、あたしの肩を軽くつかむと、そのままあたしを押しながら歩きだした。

 まるで前世の幼稚園時代に遊んだ電車ごっこみたいだ。


「リリーさん、ここって、倉庫ですよね?」


「ううん、居間だよ、居間」


「…ぁ、やっぱそうなんだ。

 さっき、聞き間違えたのかな~と思ったんですけど。

 そか、居間か」


 あたしはリリーさんに押されながら、奥の戸へもたもたと歩いた。

 狭い通路だし、積み荷も多いし、つまずいたら怖いし…


「ここがこんな状態になってしまって、かつての居間がどんなんだったか…

 私、忘れちゃったよ。

 あの三人はさ、食事は店か庭でとるから居間なんか必要ないんだって。

 それより物を置く場所の方が必要なんだってさ」


「三人だけなんですか?」


「そそ、職人が三人だけ。

 でも研究ばかりで、仕事の依頼は少なめみたい。

 マーリンちゃん、お店持ったら、ぜひここ利用してあげて。

 腕はね、すごくいいんだよ。

 問題は性格とこだわりすぎなだけ」


「それって…」


 やばいやつじゃね? とは、さすがにいえなかった…


「マーリン、早くおいで。

 息ができるから、工房の方が」


 一足先に奥の戸を開けて入ったエルサが、手招きをした。


 トンカンの音は止まっている。


 あたしはずっとリリーさんに後ろから押されたまま、奥の工房へと入った。


 そして、エルサが息ができるといった意味がわかった。


 さっきまでの狭い倉庫…もとい、荷物がたくさん積まれた居間とは違い、工房は天井が高く、すっきりとしていた。


 床は板から土間に変わっており、高い天井は丸い。

 建物が半球だからだろう。

 天井には天窓も数枚付いているので、工房内は明るかった。

 道具類も整理整頓されているし、たくさん建ち並んでいる本棚もきちんと本が仕舞われている。


 ―――なんだこのギャプは? て、感じだ。


 こんなにスッキリとした工房内なのに、さっきの居間はなんなのよ? て、話し。

 向こうもこれくらいスッキリと片付ければいいのに。


「ね、息が楽でしょ? ここ?」


 あたしの隣りにやってきて、エルサは、いたずらっぽく笑った。


「うん、確かに」


 あたしは素直にうなずいた。


 だって、本当に酸素がありますっ、て感じなんだもの。

 両側からの圧迫感がないというのは、こうも開放的に感じるものなのね。


「あれ? ラーダねぇがいないなあ? 

 どこいったのかなぁ?」


 リリーさんが工房に入ると、キョロキョロと辺りを見回したので、あたしもつい、同じようにしてしまった。


 それで気がついた。

 人がいる。

 あたりまえか…


 やや大きめの炉の前では、痩せた白髪のおじぃさんが、大きな金槌を持って立っていた。そして、その近くの足の低い作業台に、分厚い手袋をはめた若い男性は帽子型のゴーグルをかぶり、手元の熱っされた板を眺めていた。


「あの人たちは職人さんね。

 おじぃさんが、ゲンさん。

 若い男性がアズンさん。

 で、ラーダさんがいるはずなんだけど…」


 エルサも一緒にキョロキョロしだした。


「あ、いた、いた。

 二階だ」


 リリーさんが工房の右奥にあるやぐらのような場所を指さした。

 よくみるとそこには本棚と机が置いてあり、本棚の隙間から金髪の長い髪がちらちらと見えていた。


「ラーダねぇっ、お客さんっ」


 リリーさんは大声で叫びながら、やぐらに手を振った。


 すると、ん? という顔が本棚からひょっこりでてきた。


「あぁ、今行くよ」


 長い金髪を後ろで一本結びにした白衣の女性は、やぐらにかかる階段をゆっくりと降り始めた。

 すらっとした体型で、すごく姿勢がイイ。

 天窓からの光りで目元がキラリとなったので、眼鏡をかけているようだ。


 あの歩き方…

 宿屋の部屋からみかけた、裏庭を歩いていた人に違いない。


 やはり彼女がラーダさんだったようだ。


「ね、マーリン。

 今さ、声がここらへんで聞こえなかった?」


「うん、それ、あたしも思った。

 ラーダさん奥にいるのに、なんで声が近くで聞こえたんだろう? て」


「それはだね、この工房内につい先日発明した、拡声プレートを取り付けてあるからだよ。

 ちなみに僕のアイデアでね。

 工房内は音がうるさいだろう? だからどこでも会話がちゃんとできるようになると素晴らしいじゃないか。

 ま、そうゆう発想で研究して完成させたんだよ、すごいだろ?

 ほめてくれてもかまわないよ」


「魔法陣を組んだのはワシだろう?」


 ゴーグルの男性と白髪のおじいさんがあたしたちをみることもなく、会話をしてきた。

 工房内であれば、どこにいても普通に会話ができる、ということのようだ。


 それってすごく画期的なものなんじゃ…?


「すごい、すごいよ、アズンさん、ゲンさん。

 これ、めちゃくちゃ売れるアイデア商品じゃない?

 どこでも声が聞こえて、しかも会話できちゃうとか、夢みたい」


 エルサは両手を重ねて、きゃっきゃと喜んだ。

 この子は根っから商売になる物が好きらしい。


「そうだろ? すごいだろう?

 僕もこれは大ヒット間違いなしだと思っているんだ」


「いやいや、無理じゃろ。

 手間がかかるし、材料費もかかる。

 しかも手に入りにくい素材が半分以上使われてるのじゃぞ。

 流通はできんな」


「研究あるのみ。

 ま、そうゆうことだろう」


 あたしたちにもとへとやってきたラーダさんが、そうそっけなくいうと、アズンさんとゲンさんは、またトンカンと作業を再開した。

 

 近くで見ると、ラーダさんの眼鏡のふちがすごく細い金属製でできていて、ぱっとみだけだと、眼鏡をかけている印象がないかもしれない。


「あぁ…そうなんだぁ…残念だなぁ。

 実用品には程遠いのか…」


 エルサは肩をすくめた。


「まだ研究段階だからね。

 とりあえずこの工房では拡声プレートが必要だったから、試作しただけなんだ。

 今のところは調子はいいが、まだ問題がでないとも限らない。

 あと材料や工程も考え直す余地はあるだろう」


 ラーダがエルサにそういうと、エルサは「期待しています」とラーダさんに軽くお辞儀した。


「ラーダねぇ、そのプレートのこと教えてくれてなかったじゃない、私に」


「ん? 拡声プレートのことかい?」


「うん、それそれ。

 工房内なら、大声ださなくても聞こえるってことなんでしょ?

 なら、私がラーダねぇ呼ぶのに叫ぶ必要なかったわけじゃない?」


「いや、大声で呼んでくれて良かったよ。

 私は本に集中すると声が聞こえなくなるたちだからね。

 叫ばれて丁度いいのさ。気づくという意味ではね」


 リリーさんと話すラーダさんは背筋がぴんとしたままだ。

 二人の顔は姉妹だから似ているのは当然だけど、ちょっと雰囲気が違う気がする。

 ポニーテールのリリーさんの方が元気と愛嬌がある感じがするのだ。

 それはルーシさんに良く似ている雰囲気なんだけど、ラーダさんはなんというか…無表情ぽい。

 よく言えばクールな金髪美人なんだけど…

 言い換えるならば、なにを考えているのか読み取れない感じの女性に思えた。


「あ、そうだ、ラーダねぇ。

 この子がマーリンちゃん。

 午前中に工房へ来たとき渡した紙の花あるでしょ?

 あの素敵なものを作った子だよ。

 今度ね、お店を開くのだって」


「あぁ、キミがこの花の子か」


 そういいながら、ラーダさんは白衣のポケットから、あたしが作った紙の百合を取りだした。

 

 でもなんか、違う。

 ラーダさんがつまむ花は、つやつやしている。

 紙の質感じゃない。

 なんだろう? これは…前世のドルおじだったあたしがチャレンジしていたレジン製品のそれに似ている気がした。


「すみません、触らせてもらってもいいですか?」


「あ、あぁ、かまわないよ」


 あたしがラーダさんの手元の花に手を差しのばすと、ラーダさんは花をリリーさんに渡し、あたしの手を握り返した。


「どうだい? 私は柔らかいだろう?

 でも安心してくれ。この手でなんでも作るのが私のモットーだから。

 キミのお店の協力をしようじゃないか。

 私も紙の花を加工するのは光栄だよ。なにせ素晴らしいものだからね」


 と、いった。


 …あたしは、絶句した。



 

 


 


 


 

 

 



 

 

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