第20話 なんでも作る工芸工房

 リリーさんは「先に行って、座る場所確保してくるね」と、あたしとエルサにそう言って、細い路地に入って行った。

 そこは背の高い塀に挟まれていて、人とすれ違いざまに肩がぶりかりそうな狭さだ。


「エルサ、大丈夫?」


 あたしは後ろから、まだ少しぽーとしてるエルサの背中をさすって、彼女の顔をのぞきこんだ。


「ぇ、あ、うん。

 大丈夫だよ。ただ…

 リリーさん、なんでジャンくんのこと気づいたのかなぁーて、考えていて…

 私、誰にもバレないようにしてるんだけど…

 どうしてだろう? て。

 もしジャンくんも気づいていたら…私、もう恥ずかしくて平常心保自信ないよ。

 バレないようにさ、平気な素振りして話しかけてたのに…

 もうそれもできなくなっちゃうよぉ」


「あーそれは大丈夫じゃない?

 今日会ったばかりだけど、ジャンくんって、そうゆうのわかんなそうだと思うから」


「なんでそう思うの? 会ったばかりなんでしょ?」


 隣りのエルサは困り顔で、あたしを見てきた。


 なんだこの小動物は。

 可愛すぎる。


「逆に質問するけど。

 エルサ、ジャンくんのことは、あたしより知っているよね?

 彼、そうゆうの敏感なタイプ?」


「んー」


 エルサは首を傾げた。

 自分の中のジャンくん情報をめぐらせているようだ。


「じゃぁ、エルサ、ジャンくんはエルサに対してなにか態度かわったところある?」


「態度?

 んー、ないかなあ。

 出会ったときから口数は少ないけど、すごく親切だし、努力家だし――

 今は学院で難しい研究に取り組んでるて言ってたし…」


 あらま。

 ジャンくん、エルサの前では紳士気取ってるのかな?

 だって、あたし、第一印象が”よくしゃべる男子だな~”、だったし。

 無口のイメージないもの。


「なら、平気だよ。

 ジャンくんはエルサの気持ちには気づいてないよ。

 だって、エルサには態度が変わってないんでしょ?」


「え? あ、うん…

 そっか、そうだよね。

 気づいてないよね」


 エルサはしゅんとして、狭い路地を歩きだした。

 あたしはそれに続く。


「なに、気づいてほしいのなら、あたしがそれとなく伝えようか?

 しばらく宿屋にお世話になるし」


「あー、それはダメっ、やめてやめて。

 恥ずかしいから。

 バレてないなら、それでいい。

 向こうが私のことを好きなってくれたら、そのとき自分も伝えるつもりだから」


「自分から言って、向こうをその気にさせる、てのもありだと思うけど?」


 というか。

 リリーさんの話しだと、ジャンくんがエルサのこと好きなのは確実みたいだし、告ればイケるとおもうんだけどなぁ~

 

「いいの。私は待つ。

 自分からは、絶対に嫌なの。

 男の子に告白されたいじゃない? マーリンもそう思うでしょ?」


「そう? あたしは…」


 どっちでもいいんじゃない? と答えようと思ったけど、ふと考えて、リスクはおかしたくないかも、と感じてしまった。


 恋愛とか無縁すぎて、自分から告白するという選択肢がでなかったのだ。


「んー、そうだね。告白して振られたくはないから、あたしも自分から言わないことにするよ」


「…なに? どうゆう結論?

 もうフラれるとか、やめてよぉ。

 とにかく私は20までは待つから。

 それでなにもなかったら、諦める」


「なんで20?」


「え? だって、私、今付き合いたいとかないから。

 仕事を覚えたいし、いろいろ新しいことも学びたいし」


「ジャンくんが告白してきたら」


「付き合う。

 けど、優先順位は仕事かな。

 向こうもきっと将来の夢に向かってがんばる方を優先すると思うし」


「ほほ~なるほどなるほど」


 エルサは、恋に焦がれる乙女ちゃんじゃなかったのね。


 あたし、ちょっと彼女を見直した。


 前世の頃の、あたしの学生時代の知っている女子たちは恋バナばかりだった。

 将来の夢とか語る子は、まわりにはいなかった。


 でも、この異世界の年頃の女の子は違うみたい。

 

 そりゃそうか…

 16で働くことを選ぶことが堂々とできる世界だものね。

 もちろん、あたしもだ。

 16になって、働くために都に来たんだもん。


「エルサ、がんばろうね、お互いに。

 夢に向かって、ゴーゴーっ」


 あたしは元気よく拳を振り上げて、エルサに気持ちを伝えた。


「うん、がんばる。

 マーリンの夢の実現をお手伝いするのも、私の夢のひとつになったから。

 よろしくね」


 先をゆくエルサは振り向いて、ほほ笑んだ。

 なのであたしも、ほほ笑みかえした。


「でもさ、マーリン。

 ここ狭い道だから、あまり暴れないでね。

 ほら、人が通りづらそうにしてるよ」


 エルサがそういって、道の脇によったので、あたしもとんがり帽子のつばを掴んでしぼめながら慌ててそうした。


「すみません」


 あたしとエルサは、すれ違う人に頭をさげた。


「いやいや、お気になさらずに」

 

 ちょび髭の丸顔の男性が、かぶっていた上等な帽子をちょっとあげて、にこやかに通りすぎた。


「…暴れたわけじゃないんだけど、狭い道ではしゃいだことは反省する」


 あたしはつかんでいたつばを離して、肩を落とした。


「冗談だって。

 誰もマーリンが暴れたとか思ってないから。

 元気に拳振り上げるとか、男の子みたいで可愛いな、て。

 だからからかったの。

 まぁ、人がやってきたのは、たまたまかな。

 あはは」


 エルサは笑いながら、あたしのとんがり帽子を整えてくれた。

 ちょっと曲がっていたようだ。


「もう、いじわるっ」


「ごめんね、マーリン。

 さー、もうそこだよ、ラーダさんの工芸工房。

 私も久しぶりに来たからさ、ここ。

 こんな道狭かったっけかな~と思って――」


「おーい、二人とも。

 座る場所作ったから、早く追いで」


 前方の左の塀の隙間から、ひょっこりとリリーさんが顔をだして、あたしたちに手招きをした。


 どうやらあそこに入り口があるようだ。


 ずっと細い道の迷路が続かなくて良かったぁ~


 なんだか、まわりが背の高い塀で、風景が変わらな過ぎて、不思議の世界に迷い込んだらどうしようか? と、思っていたから。


「ここ? ですか?」


 リリーさんが待つ場所まで行くと、2枚分抜けた塀の向こうに小さな庭があって、すぐ近くに丸い、というか…半球の、というか…お椀を伏せた形? のような建物が建っていた。


「そそ、ここが工房だよ」


「可愛い形だよね。

 私も初めて見たときは、面白いと思ったよ。

 ここの工房は個性的だな~て。

 まぁ、建物だけが個性的じゃないんだけど…」


 エルサは「おじゃましまーす」と、庭に入って行った。 

 あたしもそれにしたがって、「おじゃまします」と路地から中に進んだ。


 庭に入ると、”トンカントンカン”という、わりと大きな音が響いていた。

 

「あれ? こんな大きな音、聞こえてなかったのに…」


「塀に防音の魔法陣を施した魔導プレートがつけられているからね、騒音対策で。

 なにせラーダねぇたちは朝晩関係なく大きな音だしまくるから」


「防音! それって、すごく高い魔導プレートじゃないですかっ。

 それをこの周辺の塀全部につけてるんですか!?

 どんだけお金かかってる――」


「マーリンちゃん、マーリンちゃん、大丈夫だって。

 そんな興奮しないで。

 ラーダねぇたち、防音の魔導プレートも自前で作ってるから。

 相場より、かなり安くできるんだよ。

 だから、落ち着いて、ね?」


 リリーさんがあたしの鞄の紐をくいくいっと小刻みにひっぱって、冷静になるようにうながした。


「…すみません、つい。

 あたしを育ててくれた方が…というか、母なんですけど、けっこう質素に生きることを美学としていたので、物の値段とか、高い物に反応しちゃうんです」


「そのわりには、お店一括で買うとか言ってなかった?」


「あ、必要なものはケチらないの、あたし」


「なにそれ」

 

 エルサは、クスクスと笑った。

 リリーさんも、「そかそか」と笑った。


「でも防音の魔導プレートを作成できるとか――すごい腕前なんですね、リリーさんのおねぇさんは」


「ううん、ラーダねぇじゃないよ。

 他の職人さん。

 ここはね、腕利きぞろいなの。

 紹介するから、とりあえず、工房にはいろう」


 リリーさんは半球型の建物のドアを開けて、あたしとエルサを招いた。


 ドアを開けたら、さらに大きな音が庭に響いてきた。

 しかも”トンカンっトンカンっ”という一定のリズムが心地よい。


 そもそも話しができないほどの大音量ではないかな。

 音は多きけど、あたしには心地よい音楽にもきこえる。


 なにを作っているんだろう?


「さ、行こう。

 音がすごいけど、たぶん、慣れるよ」


 エルサは先に工房へ入って行った。

 なので、あたしもそれに続いた。


 そしてドア近くの外の壁に付いていた看板に気がついた。


 ん? ”なんでも作る工芸工房”…て、名前なの?


 あたしはそれを横目にしながら、リリーさんが開けてくれているドアの中へと入った。


 

 



 

 

 

 



 


 

 


 



 

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