第19話 巣別れ
―待ち人たち―
モクレンとガラムが宿にしているサヌダの屋敷は、
サヌダからモクレンは「今年は収穫ができそうだ」という話を聞いたばかりである。どちらかと言えばこの国は農作物があまり採れない土地だと聞いていた。険しい山々が国土の七割以上を占めているからだが、その代わりに林業と
モクレンとガラムは、ラッツ達旧ナカツノ国の兵士の
平穏はラッツの部下がもたらした一報で終わりを迎えた。
屋敷からの景色を眺めていたモクレンに、ガラムとサヌダから慌ただしい
「王女、駐屯所が
ガラムが彼女の部屋に入ってくるや、そう伝えた。彼はすでに剣を
「まもなく、
「ラッツ殿の軍勢が我々を護るために引返して参るそうです」
ガラムが一歩モクレンに足を踏み出し、彼女に触れんばかりに近づいてきた。モクレンは二人の言葉を受けながら、不思議に恐怖は湧かなかった。「そうなったか」と思ったに過ぎない。
「私はここに
「しかし……」
とサヌダの言葉が
「モクレン様、それはなりません」
ガラムが口を
「逃げるつもりはありません」
モクレンが静かな表情で答えた。
「いけません。
とガラムがさらに説得しようと一歩モクレンに近づいた。
「そうです、モクレン様。どうか、お逃げください」
サヌダも再度、彼女に逃げるよう
「お気持ちは
「それはそうでしょうが」
ガラムが
「私が王女だと言うなら、そうしなければなりません。……違いますか」
「モクレン様、本当に
とガラムがモクレンの顔を覗き込んだ。
「……ガラム様、私の
モクレンは長身のガラムを見上げた。その瞳は
「
素早くそしてモクレンに安心感を与えるために力強く答えた。すると彼女は自分からガラムの腕に触れると、ふっと穏やかな笑みを見せてきた。ガラムもそれに応えるよう、笑みを返した。
「サヌダ殿、屋敷近所の方はどうされているのでしょうか」
ガラムの腕に手を置いたまま、モクレンは頭を巡らせてサヌダの方を見た。
「逃げる用意はしているようですが、良くは分かりません」
「では、あの人たちは何です」
まだ太陽が高く昇る
モクレンに指摘され、窓を見下ろしたサヌダは「あっ」と驚いたような声を上げた。
「近所の
「あの方達を受け入れて
そう言い、モクレンは静かにサヌダに要望した。
「承知いたしました。……すぐさま、そのように屋敷の者に申し付け、受け入れの準備をいたしたいと存じます」
「ありがとう。よろしくお願いします」
冷静で落ち着いた声だった。サヌダが部屋を去るのを見送ると、モクレンは緊張を解いたように一つ溜息を
「これで良かったの、
そう言った。彼女はガラムに意見か
「人は
ガラムはモクレンに答えながら、ウルバンがガラムに漏らした「彼女は王になるべきだ」という言葉と
―襲来―
山の者は夕刻近くにサヌダの屋敷近くまで押し寄せてきた。前線を
モクレンが留まっているサヌダの屋敷には、近隣の農民五十人ほどが逃げ込んできており、サヌダはその彼らにも手伝ってもらい、屋敷の窓という窓を板で
駆けつけてきたラッツ達兵士の多くは、すでに「山の者」と一戦を交えてきていて、怪我をしている者も多かったが、思いの
「なぜ、現場を離れたのですか」
モクレンは前線を離れ、この屋敷にやってきたラッツに声をかけた。
「はっ、殿下の警護に
「軍の命を無視してですか」
「お言葉ですが、我々ナカツノの兵士は、ナカツノの領土と王ならびに
ラッツの返答は
「……分かりました。ありがとう」
「とんでもございません。むしろ我々こそ光栄であります。これで、本来の任務となり、
「頼みます」
とモクレンが頭を下げた。
「モクレン様の身は、我々が死を
ラッツは素早く立ち上がり、胸に
そのラッツが「王女のお許しを得た」とでも言ったのだろう、辺りを
この時ナカツに侵入してきた「山の者」は二千を超えている。最前線の駐屯所を
ちょうどその頃、遅ればせながら第二、第三駐屯所に詰めていた部隊が北上してきて「山の者」の主力と激突した。ラッツの
屋敷のところまで、兵士と「山の者」の流す血の匂いが漂ってくる。モクレンは屋敷内にいるのではなく、大扉の外にガラムと共に立って
一度サヌダの屋敷を襲うことを
「私も
ガラムがモクレンを止めるのも待たずに、戦闘の渦の中に飛び込んでいく。ガラムの
日が暮れたころ、どうやら「山の者」の襲撃は一旦終わった様である。ラッツの部隊だけで損害を見ても、その半数は戦死し、生き残った兵士の四割ほどは何らかの傷をおっており、サヌダの屋敷にいた農民たちは傷ついた兵士を屋敷内に収容し治療に当たった。
だが治療と言っても
間もなく息を引き取ると思われる兵士には、その手を握ってやり「よう
もう、どれくらいの兵士をこうして見送ったのだろう。五体満足の状態で亡くなる兵士の方が少ない、皆、どこかしこが欠けている。それは無残なものであった。そんな兵士を見送っていると血の匂いも苦痛に身をよじらせながら叫び声を上げる兵士の姿も恐ろしいとかおぞましいなどと思わなくなっているモクレンだった。
兵士たちが自分のために死んでいったことをモクレンは痛いほどわかっていた。
アマリが二体の「山の者」を葬り、モローが
「山の者」八体と兵士四体の死体を見下ろし、巣別れの第一陣がすでにアマツへ侵入した事は間違いだろうと思った。二人は始末した六体に出くわす前に、数百もの「山の者」がアマツ側から戻ってきたのを確認している。しかし戻ってきた「山の者」の数は意外に少ない。
アマツから戻ってきた個体が少ないということは、呂之国軍とナウカワ公国軍が「山の者」に
「モロー殿」
とアマリが彼に近づいてきた。
モローはアマリの無事を確認すると洞窟の入り口を
「今が良いかもしれない。入口近くで様子を
斜面を登るにつれ、至る所で腐敗臭がし、「山の者」とも兵士の者とも分からぬ
二人は洞窟の入口脇にある低木が密集している中に身を潜め、「山の者」が洞窟から抜け出てくるのを監視し始めた。
とりあえず洞窟内にも「山の者」の気配はない。
「行きましょう」
アマリは気がはやるのか、モローを促してきた。
「傷の具合はどうだ」
とモローが訊ねた。
「大丈夫です。思った以上に動けます」
二人は低木の陰から
初め洞窟の入口を爆破で
「来た時より、水が多いですね」
アマリも足元を濡らす水の量に気づいたようだった。二人はまだ洞窟の入口に立っていた。水と共に噴き出してくるひんやりとした風には、血と
違和感は相変わらず消えない。洞窟内に「山の者」等がいなければ、向こう側のアマツまでは半日の行程だ。その半日が
アマリはその生々しい匂いに閉口し、鼻を手で押さえていた。洞窟の外からか地響きにも似た音と振動が伝わってきた。
洞窟入り口から斜面越しに望める森が
「……何てこと、あれは」
アマリが信じられぬものを見たかのように呟いた。
「二陣か三陣かは分からないが、巣別れだ」
二人は蟻の大群のように進軍してくる「山の者」が斜面を登り洞窟に
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