第14話 エグ
洞窟に差し込んでくる陽の光は穏やかなものだったが、長い時間
次第に目が慣れてきた。洞窟の出口は地表から少し高い地点に四角い口を開けていて、本来は橋のような物があったらしいのだが、今はそれが崩れて洞窟の幅のまま深い森の中に落ち込んでいた。
洞窟の外は緑が濃く、みっしりと
入ってきたアマツでは
「……やけに静か」
目の慣れたアマリが洞窟の入り口から辺りを眺めてぼそりと呟いた。
太陽は南西に傾き始めている。右手にはその陽光を反射してきらめく川が流れ、その岸辺に平地が僅かに見えている部分もあるが、それ以外は濃密な緑である。地形的にはアマツ側とそう変わっておらず、うねる様に流れる川を
再びモローの顔に緊張の色が現れ始めている。
「こちらを
モローの言葉にアマリは矢筒を握りなおした。
「どうしても奴らの巣を見つけねばなりませんね」
洞窟の
「うまく、見つかるといいが」
そう言いながら、モローは洞窟の入り口から下へ踏み分けられた獣道を川に向かって降り始め、慌ててアマリは矢筒を背負うと後に従った。
「矢筒はすぐに撃てるようにしておいてくれ」
後ろも見ずにモローが言ったので、アマリは背に回したばかりの矢筒を再び元の位置に戻し、引き金に指をかけた。
「山の者」の気配が濃くなったような気がアマリはした。
巨木に占められた巨大な幹と幹の連なりで、空を覆う枝葉で火の光が
地の利は「山の者」にあった。彼らはこの地を知り尽くしている。二人とも矢を
襲撃は突然始まった。密集というほどではないが巨木の幹が視界を遮るに十分なほどに
「……取り囲まれました」
矢筒を構えながらアマリが囁いた。
「自分の事だけを考えろ、俺の事は気にするな、くるぞ」
そうモローが彼女に告げた瞬間、左右の巨木の裏から、突然「山の者」四体が飛び出してきた。中型の「山の者」で、彼らは驚くほど
「上だ」
モローが叫んだ。次に殺到してくる十体ほどの「山の者」と
矢筒を向ける余裕はなかったアマリは地を
「アマリ」
立て続けに二体の「山の者」を倒し、モローは組み伏せさせられているアマリの
しかし、アマリを引き裂こうとしていた「山の者」を驚かすことには成功したらしく、
折れ曲がった矢筒を
両足と片手だけで「山の者」は
痛みのためか「山の者」がアマリを離した。その時点でかなりの高さまで引き上げられていた彼女は地上へと落下を始めた。二度ほど太い枝に身体を打ち付けられた時は息がつまっただけで済んだが、次に待ち構えていた太い枝には、葉を持たず
そのような状況になっても、アマリの意識は保っていた。彼女は身体に突き出る血に濡れた枝を見つめ、自分がどのようなことになっているかを理解したようだ。
次第に彼女の神経は、自分の身体が大きく
(これは
彼女は自分の死を確信した。それならばモローだけでも生き延びてほしい。
そう覚悟した時、
高い木の枝からアマリが落ち始めるのをモローは視界の
風が
落ちた所が「山の者」が集結しているど真ん中だったようだ。突然、転がり落ちてきた二人に、さすがの「山の者」も驚いたらしい。
モローの刀は先ほどの「山の者」に残したままであり、彼が持っているのは肩に
数えきれない程の「山の者」に囲まれ、奴らは今にも二人に襲い掛かり八つ裂きにしそうな中、アマリを抱えながらモローは意を決め、
取り出したものの二つは、青く
拳大の果実は、爆発するとかなりの範囲で被害を生じさせる。いまの状況で使うならば、相手も倒せるが、こちらも怪我をするか、死ぬ。
しかし、これらを使って今の
使い方はどちらも、
果実のような物二つを地面に置き、モローは筒状の物の輪っかを引き抜いた。何も起こらないが、五つ数えてそれを投げた。筒は「山の者」の中に落ち、眩しい
彼は使用しなかった果実のような武器を頭陀袋に放り込むとアマリを抱えて無力化した「山の者」を踏み越えるよう彼らの
しかし、いくら筒の影響で「山の者」が
―待つもの―
音を察知した。永らく感知したことない、それでいて良く知っている爆発音であった。
日没に近づいているものの、ここのところ太陽がよく照っている。充電は十分である。斜面に設置したカメラを
―籠城―
森が切れ急に視界が開けた。アマリを抱きかかえたモローは蛇行する川のほとりに出ていた。本来の
疲れているが足を止める余裕などない、川の流れに沿って走った。背後に「山の者」が
(追いつかれる)
モローは両手で抱えていたアマリを左手一本で支えると、右手を腰の辺りで激しく
それはうまい具合に「山の者」が密集している直前のところに落ち爆発した。今度は音と
それにしてもアマリの出血がひどい、身体に枝が刺さったままであるため、多少は出血を抑えられているようだが、傷は大きく、絶えず彼女の身体から血が流れ落ちている。アマリに残された時間は僅かだ。彼女の顔は出血のために青白く、力なく目を閉じ続けていたが、微かに「置いて逃げて」と言っている声が聞こえていた。こんな状態でも自分を捨てて逃げろと彼女は言っている。モローはそれを無視した。
川の
「山の者」の追跡が収まったのに気づいた。遠巻きに二人を監視し続けているだけである。なぜかは分からぬ、この川まで彼らは来たがらないようだ。モローは走り続けた。
やがて、二人が出てきた洞窟の下に近いところを
川に沿って出来た獣道を登っていくに従い、「山の者」の気配は
アマリの出血は続き、彼女は息絶えようとしていた。
アマリの出血でモローの上半身から下半身にかけて濡れそぼり始めている。このまま彼女と洞窟に戻りアマツ側に帰る事も考えたが、出血の状態を考えるとそんな余裕はない。どこかもっと安全な所で死を迎えさせなくてはならなかった。アマリは意識の
では、どこでそうすべきか、アマリの体力が尽きるまで抱きかかえている事はできるだろうし、そうしていたいのだが、彼女の苦しみを考えると早々に決断すべきだとモローは思った。
進んできた谷が狭くなってきたのに彼は気づいた。周囲は
関所のように狭まった箇所を二人は通り過ぎようとした。すると、それを待っていたかのように金属音と音階の狂った楽器のような音が鳴り響き、黄色く激しく点滅する明かりがモローとアマリを照らし出した。点滅する光は、先ほどモローが使った筒状の武器がもたらした
完全に罠に
その彼の目に赤く塗られた箱のような物が三つの軸に帯を渡した車輪とも足とも思える物を使って移動してくるのを見た。それほど大きな身体では無く、
それは何か言いたげに身体を
「けが」
箱が
モローには「けが」としか分からなかったが、
「そうだ」
とモローは答えると、赤い箱の目が、モローに抱きかかえられているアマリに
「ついて」
そう言い、くるりと頭は二人に向けたまま身体だけ来た方向に向け、三角の形に帯を渡した足で進み始めた。「付いてこい」と言ってるようだった。
箱状の物は「みち」、「はずれる」、「危険」とゆっくりと進みながら言い、モローが分かる単語だけで判断するに、自分の通る後を歩け、外れると危険だと言っているらしい。
たどたどしく話す箱の後に付いて歩きながら、敵意はないようだとは思ったものの、箱がどうするつもりなのかモローは判断できなかった。箱が
少し進むと、かなりの面積を持つ庭園が広がり、そこへ色を濃くした陽光が注がれていた。谷間の斜面には相変わらず巨木が生えているが、その庭園は様々な色を
花が好きなモクレンは、
色鮮やかな庭の中を小道の先にはそれと同じ白い卵型の建物がある。
先導され卵型の家に近づくと、右側にこんもりとした背の低い像のようなものが見えた。よく見ると、今自分達を先導している赤い箱と同じ形状の物が、つる草を身に
前を行く箱が首だけを真後ろに回し、モローが動かない箱を見つめているのに気づいたらしい。
「うごかなくなった、むかし」
どたどしく、自分と同じ箱がここで動かなくなりそのままになっていることを説明してきた。家の
「はいって」
金属をこするような声で箱が言った。何も出てこない、家の住人はどうやらこの箱だけのようだった。
家の中は清潔で整頓され、そして蒸し蒸しとする外と違って涼しかった。部屋の中は、天井から差し込む陽光を取り入れて、それを全体に反射させているのか、もしくは白い壁自体から光を発っしているのか、とても明るかった。
箱が何かをしていた。すると壁の一画が開き、ちょっと見は
箱は棺の右側に近づくと、三角形の足に繋がる胴体を伸ばし、続いて彼の両脇から金属でできた十本の指を持つ腕が現れた。
同時に棺の右側から黄色く透明な液体が満たされた袋がせり出してくる。
「きず、うえ、ここにおく」
寝台を金属の指でモローに指し示して見せた。傷口を上にしてアマリをこの寝台に
枝に貫かれ、傷つき意識を失っているアマリの左肩を上にして彼女を寝台に横たえた。アマリはずっくりと全身を血で染まっている。どうみても助からないとモローは思っていた。
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