第14話 エグ

 洞窟に差し込んでくる陽の光は穏やかなものだったが、長い時間暗闇くらやみの中にいた二人には耐えがたいまでにまぶしく感じた。モローとアマリはしばらく洞窟の出口近くに身をかがめ、光に目が慣れるのを待った。こういった状況で「山の者」にでも襲われたらどうしようもない。

 次第に目が慣れてきた。洞窟の出口は地表から少し高い地点に四角い口を開けていて、本来は橋のような物があったらしいのだが、今はそれが崩れて洞窟の幅のまま深い森の中に落ち込んでいた。

 洞窟の外は緑が濃く、みっしりと樹木じゅもくおおわれていた。その植生しょくせいもアマツとは大きく変わっている。木々きぎの一本一本がアマツの物よりもはるかに大きいのだ。樹木の巨大さはもちろんだが、それ以外にも違和感いわかんを二人はいだいていた。静かなのである。吹き渡る風に葉が立てる音以外、鳥や虫の声が聞こえないのだ。

 入ってきたアマツではうるさいくらい鳥や虫の声が聞けたし、この季節ならこちらでも同じように虫が鳴ききそっているはずだ。しかし、辺りは不気味なほどに静まり返っていている。

「……やけに静か」

 目の慣れたアマリが洞窟の入り口から辺りを眺めてぼそりと呟いた。

 太陽は南西に傾き始めている。右手にはその陽光を反射してきらめく川が流れ、その岸辺に平地が僅かに見えている部分もあるが、それ以外は濃密な緑である。地形的にはアマツ側とそう変わっておらず、うねる様に流れる川をはさんで高山が続く谷間で、川は左右に山を伴って右にれ、山の向こうに隠れていた。谷の幅はアマツ側のそれの半分くらいなだけだ。人の手が加わったと思わせる箇所かしょは見当たらなかった。

 再びモローの顔に緊張の色が現れ始めている。

「こちらをうかがっている」

 モローの言葉にアマリは矢筒を握りなおした。

「どうしても奴らの巣を見つけねばなりませんね」

 洞窟の両端りょうたんが開いた今、盛んに「山の者」が侵入を繰り返してくるということは、近くに奴らの巣があると考えた方が良い。巣を捜し、できれば破壊せよというのもウルバンの命には含まれていた。たった二人でウルバンの指令全てをこなすのは無理である事は彼自身も分かっているはずだ。今の状況では、「山の者」の巣を見つけ、その生態せいたい一端いったんを知れれば任務は成功と言えた。

「うまく、見つかるといいが」

 そう言いながら、モローは洞窟の入り口から下へ踏み分けられた獣道を川に向かって降り始め、慌ててアマリは矢筒を背負うと後に従った。

「矢筒はすぐに撃てるようにしておいてくれ」

 後ろも見ずにモローが言ったので、アマリは背に回したばかりの矢筒を再び元の位置に戻し、引き金に指をかけた。

 「山の者」の気配が濃くなったような気がアマリはした。

 巨木に占められた巨大な幹と幹の連なりで、空を覆う枝葉で火の光がさえぎられたいるせいか、植物同士の相互作用のせいか、下草したくさ灌木かんぼくなどは生えておらず薄暗いほどだった。それらがないため、身を隠す場所が少なくなっていることにモローは気にくわないようだ。

 地の利は「山の者」にあった。彼らはこの地を知り尽くしている。二人とも矢を粗方あらかた撃ちくしてしまったことを二人はくややむことになる。

 襲撃は突然始まった。密集というほどではないが巨木の幹が視界を遮るに十分なほどに林立りんりつしていた。「山の者」の強い体臭が感じられ、すぐ間近にひそんでいることは確かだが、その姿を見極めることは難しかしい。モローとアマリは、「山の者」の濃密な気配に動けなくなりつつあった。進むことも引くことも、迂回うかいすることもできず、互いに背を合わせ襲い掛かってこられるのを待つしかなくなっていた。

「……取り囲まれました」

 矢筒を構えながらアマリが囁いた。

「自分の事だけを考えろ、俺の事は気にするな、くるぞ」

 そうモローが彼女に告げた瞬間、左右の巨木の裏から、突然「山の者」四体が飛び出してきた。中型の「山の者」で、彼らは驚くほど敏捷びんしょうに動くことができる。その動きに負けずアマリは矢筒で三体まで撃ち倒した。撃ちそんじた一体は素早く身をひるがえし、するすると大木の幹を昇り逃げた。続いて左手から二体の「山の者」が現れたのを、モローは抜く手を見せずに二体に殺到さとうすると首筋を切り裂いている。その地をうような素早い動作と鮮やかな手練しゅれんは、いつものことだがアマリを驚嘆きょうたんさせた。

「上だ」

 モローが叫んだ。次に殺到してくる十体ほどの「山の者」と対峙たいじしつつ、先ほど巨木に逃げた一体がアマリめがけて飛び降りてくるのに気付いたのだ。

 矢筒を向ける余裕はなかったアマリは地をころがるようにして「山の者」の足の爪と牙を避けた。しかし、咄嗟とっさに避けたため、矢筒を構えなおすこともできずいた。飛び降りてきた「山の者」は、アマリが態勢たいせいを整えられていないところへ、咆哮ほうこうを挙げながら跳躍ちょうやくしてきた。彼女は矢筒を両手に支え、「山の者」の爪と牙を防いでいるが、力の差は明らかだった。

「アマリ」

 立て続けに二体の「山の者」を倒し、モローは組み伏せさせられているアマリのもとへ向かおうとしようとしたが、モローはモローで抜き差しならない状況に陥ってしまっていた。倒した後から後へと新手あらてが襲い掛かってくるのだ。かろうじて、気の力をのしかかり今にもアマリの首を爪で引き裂こうとしている「山の者」にはなったが、咄嗟とっさはなったため、圧し掛かる「山の者」かられ、すぐ横の地面をえぐってただけだった。

 しかし、アマリを引き裂こうとしていた「山の者」を驚かすことには成功したらしく、憎々にくにくし気な表情を浮べ、モローをにらんできた。だが、その時モローは自分に向かってくる「山の者」をさばくのに精一杯せいいっぱいになっており、アマリに向けて次の手を打てずにいる。アマリに襲い掛かっていた「山の者」はどうやら木の上で始末しようと考えたらしい、大きく腕を振るいアマリの腕から矢筒をもぎ取り、それを両手で持ち、見せつける様にいとも易々と折り曲げてしまった。

 折れ曲がった矢筒をほうり捨てた「山の者」はアマリが身に着けていた胴の襟足えりあしの部分にある取っ手のようなものを掴むみ、再び木の上に登り始めた。

 両足と片手だけで「山の者」は器用きように幹を昇っていく。アマリは登らせまいと手と足を使って樹の幹に張り付こうとしたが、指の爪を何本ががすだけだった。それだけ、「山の者」が素早く木に登っているのだ。指から噴き出る血を気にせず、アマリは剣を抜き放つと逆手さかてに持ち、不安定な中、自分を捕えている者を突き刺した。脇腹辺りを突き刺したのであろう、山の者が苦痛の咆哮ほうこうを上げ始めた。

 痛みのためか「山の者」がアマリを離した。その時点でかなりの高さまで引き上げられていた彼女は地上へと落下を始めた。二度ほど太い枝に身体を打ち付けられた時は息がつまっただけで済んだが、次に待ち構えていた太い枝には、葉を持たず丁度槍やり穂先ほさきのようになっている枯れた枝が何本か突き出ていた。その一つに、アマリの身体はぶつかり、背中の左肩甲骨ひだりけんこうこつの上部から入った枝が彼女を串刺くしざしにした。身体を突き通った枝は剣のつかほどの太さだったが、それがアマリの左胸上部に突き出ている。

 そのような状況になっても、アマリの意識は保っていた。彼女は身体に突き出る血に濡れた枝を見つめ、自分がどのようなことになっているかを理解したようだ。動揺どうようしながらも、アマリは懸命けんめいに叫び声をあげるのをこらえた。下ではモローが多数の「山の者」と闘っているはずだ、もし、ここで自分が悲鳴を上げたなら、モローの集中力が途切とぎれ、「山の者」に倒されてしまうかもしれないと思った。

 次第に彼女の神経は、自分の身体が大きく損傷そんしょうした事を認識したらしい、じわりと重い痛みが始まった。

(これは致命傷ちめいしょう……)

 彼女は自分の死を確信した。それならばモローだけでも生き延びてほしい。

 串刺くししとなり太い幹にのけ反るようにぶら下がったアマリは目を閉じて、すぐにでもやってくるであろう死を待った。

 そう覚悟した時、背中辺あたりから引き裂かれるようなきしむ音がし、アマリの体重を支えきれなくなった枯れ枝が根元近くから折れた。再び彼女は石のように落下を始めた。

 高い木の枝からアマリが落ち始めるのをモローは視界のすみとらえた。彼女は頭を下に落ちてくる。

 相対あいたいしていた「山の者」の心臓辺りにモローは刀を深く根本まで突きさし、胴体を蹴りつけて仰向あおむけに倒した。刀は「山の者」に刺さったままだ。それを取り戻すことなく、気の力を借りモローは跳躍ちょうやくした。

 風が耳朶じだを斬るなか、頭から落ちてくるアマリを辛うじて空中で受け止めたが、それだけでは勢いががれず何本かの巨木の枝に打ち当りながら、無様ぶざまな格好で地面に接地せっちし、大きな崖のような段差を転がり落ちた。

 落ちた所が「山の者」が集結しているど真ん中だったようだ。突然、転がり落ちてきた二人に、さすがの「山の者」も驚いたらしい。銘銘めいめいえたり叫んだりしながら「山の者」達は数歩後あとずさった。丁度ちょうど、モローとアマリを中心に「山の者」のができた。

 モローの刀は先ほどの「山の者」に残したままであり、彼が持っているのは肩にななけをした大きな頭陀袋ずだぶくろ一つとなっていた。アマリからの出血は激しく、二人は血まみれになりつつあった。そしてこの状況である。

 数えきれない程の「山の者」に囲まれ、奴らは今にも二人に襲い掛かり八つ裂きにしそうな中、アマリを抱えながらモローは意を決め、頭陀袋ずだぶくろに手を入れた。金属製の感触があり、モローはそれを三つつかみ出した。

 取り出したものの二つは、青く拳大こぶしだいの果実のようなもので、もう一つは均等な穴が穿うがたれた短い筒状の物だった。これら使い方はハンで習得している。丸い果実のような物は爆裂ばくれつし人を殺すものだが、短い筒状の物は人をおどすだけである。

 拳大の果実は、爆発するとかなりの範囲で被害を生じさせる。いまの状況で使うならば、相手も倒せるが、こちらも怪我をするか、死ぬ。

 しかし、これらを使って今の死線しせんをこじ開けられなければ命はないだろうし、自分の体力もわずかになりつつある。果実の形状をしたものは残して、とくに筒状の物にけようとモローは考えた。

 使い方はどちらも、取手とってを握り、取手とっての近くに刺さっている輪のついた細い針金を引き抜き五つ数えて敵に向けて放るだけである。

 果実のような物二つを地面に置き、モローは筒状の物の輪っかを引き抜いた。何も起こらないが、五つ数えてそれを投げた。筒は「山の者」の中に落ち、眩しい閃光せんこうと煙ともに耳をつんざく轟音ごうおんが彼らの足元からき起こった。

 閃光せんこうと音に驚愕し「山の者」が散りぢりに逃走するか、目や耳を抑えてうずくまるのを、こちらもまた耳が聞こえなくなっているモローは見た。全てではないが、多くの「山の者」の戦意を一時喪失させたように思えた。

 彼は使用しなかった果実のような武器を頭陀袋に放り込むとアマリを抱えて無力化した「山の者」を踏み越えるよう彼らのからだっすることができた。それは思いのほかあっけなく、拍子抜ひょうしぬけなほど抵抗がない。「山の者」は呆然ぼうぜんとこちらを見るだけで、襲い掛かっても来なかった。

 しかし、いくら筒の影響で「山の者」がほうけたといっても、それが永遠に続く訳ではないようだ。ずっしりと重さの感じられるアマリをかかえながら疾走するモローに疲労の色が激しくなっている中、次々に我に返った「山の者」から再び追われ始めていた。


 ―待つもの―

 音を察知した。永らく感知したことない、それでいて良く知っている爆発音であった。

 日没に近づいているものの、ここのところ太陽がよく照っている。充電は十分である。斜面に設置したカメラを起動きどうさせ、続いて自分の体内に備わっているのとは違う、家自体が備える高感度の音感おんかんセンサーも起動きどうした。定期的に襲ってくる「山の者」が立てる音は排除はいじょし、そうではない音だけを拾うよう調整する。微弱びじゃくだが、こちらに接近してくる足者が一つあった。


 ―籠城―

 森が切れ急に視界が開けた。アマリを抱きかかえたモローは蛇行する川のほとりに出ていた。本来の川筋かわすじは反対側に見える山側を流れていたようだが、洪水などの影響で大きく蛇行だこうしたようだ。

 疲れているが足を止める余裕などない、川の流れに沿って走った。背後に「山の者」がせまってくるのが分かる。それが距離を縮めてきていた。後ろを振り返ると、大小の醜悪な姿をした「山の者」が数十体追ってきていた。

(追いつかれる)

 モローは両手で抱えていたアマリを左手一本で支えると、右手を腰の辺りで激しくれながらぶら下がっている頭陀袋に中に突っ込んだ。先ほど使わなかった果実大の武器を握ると、すぐさま輪になった針金を歯でくわえ引き抜き、五つ数える間、全力疾走で前へ進み、振り向きざまに後方へ放った。

 それはうまい具合に「山の者」が密集している直前のところに落ち爆発した。今度は音と閃光せんこうではない、爆発音ともに破片を周囲にまき散らし、「山の者」をなぎ倒した。爆発の威力に驚いた彼らの足が再び止まるのを見て、モローはアマリを両手てかかなおして走った。馬車の中で裸のアマリを自分の上に乗せた時には羽のように軽かった彼女の身体が、ずっしりと重く感じられる。それだけ、モローも体力をぎ続けていた。

 それにしてもアマリの出血がひどい、身体に枝が刺さったままであるため、多少は出血を抑えられているようだが、傷は大きく、絶えず彼女の身体から血が流れ落ちている。アマリに残された時間は僅かだ。彼女の顔は出血のために青白く、力なく目を閉じ続けていたが、微かに「置いて逃げて」と言っている声が聞こえていた。こんな状態でも自分を捨てて逃げろと彼女は言っている。モローはそれを無視した。

 川の支流しりゅうとの合流地点にぶつかった。支流しりゅうはさほど幅の広いものではなかったが、盛大な川音を立てる水は豊富で流れが速い。モロー一人なら、このくらいの川を飛び越えることは何でもないが、アマリを抱える今、それは無理そうだった。遺された道は、流れ込んでいる支流をさかのぼるしかないようだ。少し強い勾配こうばいとなるのだが、さいわいなことに川岸はそれほど荒れてはおらず走りやすい状態にある。そちらを進むしかなかった。

 「山の者」の追跡が収まったのに気づいた。遠巻きに二人を監視し続けているだけである。なぜかは分からぬ、この川まで彼らは来たがらないようだ。モローは走り続けた。

 やがて、二人が出てきた洞窟の下に近いところを辿たどっているのにモローは気づいた。なnことはない、密集した森の木々の間を駆けるうちに戻ってきたようである。あの時、右手に川の姿を見たため、そちらの方向に進んだのだが、まっすぐにこちらの方向に進んだ方が良かったことにモローは気づいた。そうすれば、アマリが傷を負うことはなかったかもしれないと、モローはやんだ。

 川に沿って出来た獣道を登っていくに従い、「山の者」の気配はとおのき、鳥と虫の声が聞こえるようになった。「山の者」からの危機はとりあえず収まったらしいが、「山の者」ではない何かから見られている気がしてならない。

 アマリの出血は続き、彼女は息絶えようとしていた。

 アマリの出血でモローの上半身から下半身にかけて濡れそぼり始めている。このまま彼女と洞窟に戻りアマツ側に帰る事も考えたが、出血の状態を考えるとそんな余裕はない。どこかもっと安全な所で死を迎えさせなくてはならなかった。アマリは意識の朦朧もうろうとする中で、苦悶くもんの声を上げ続けている。

 では、どこでそうすべきか、アマリの体力が尽きるまで抱きかかえている事はできるだろうし、そうしていたいのだが、彼女の苦しみを考えると早々に決断すべきだとモローは思った。

 進んできた谷が狭くなってきたのに彼は気づいた。周囲はあいも変わらず巨木に覆われている。しかし、よく観察すると狭くなっているそこは、人の手でわざと狭くしたように見え、そこを前にしたモローは何となくだが、わなのような気がしていた。だが、たとえそれがわなだとしても、今のモローにこうすべき力は残っていない。そのまま進むしかなかった。

 関所のように狭まった箇所を二人は通り過ぎようとした。すると、それを待っていたかのように金属音と音階の狂った楽器のような音が鳴り響き、黄色く激しく点滅する明かりがモローとアマリを照らし出した。点滅する光は、先ほどモローが使った筒状の武器がもたらした閃光せんこうに似ている。

 完全に罠にはまった、そうモローは死を覚悟した。

 その彼の目に赤く塗られた箱のような物が三つの軸に帯を渡した車輪とも足とも思える物を使って移動してくるのを見た。それほど大きな身体では無く、精々せいぜいモローの腰位の背丈せたけで、モロー達の少し前までやってくるとそれはぴたりと停止する。何となくだが敵意は感じられない。

 それは何か言いたげに身体をらせ、箱の上部から胴体と同じ赤で塗られた丸い頭のような物が出てきた。出てきた頭の真ん中には穴が一つ開いており、そこに瞳のように動く硝子がらすがはめ込んであった。

「けが」

 箱が唐突とうとつにそう言った。金属を引っ掻いたような声だった。

 モローには「けが」としか分からなかったが、怪我けがをしているのかと聞かれたように思えた。

「そうだ」

 とモローは答えると、赤い箱の目が、モローに抱きかかえられているアマリにそそがれ、すぐにモローと視線を会わせてきた。

「ついて」

 そう言い、くるりと頭は二人に向けたまま身体だけ来た方向に向け、三角の形に帯を渡した足で進み始めた。「付いてこい」と言ってるようだった。

 箱状の物は「みち」、「はずれる」、「危険」とゆっくりと進みながら言い、モローが分かる単語だけで判断するに、自分の通る後を歩け、外れると危険だと言っているらしい。

 たどたどしく話すの後に付いて歩きながら、敵意はないようだとは思ったものの、がどうするつもりなのかモローは判断できなかった。みちびく先に何が待っているのか、モローはあたりを油断ゆだんなくうかがうのをめなかった。点滅していた明かりが消えている。それが何を意味するのかも分からず、彼は不安にさせている。

 少し進むと、かなりの面積を持つ庭園が広がり、そこへ色を濃くした陽光が注がれていた。谷間の斜面には相変わらず巨木が生えているが、その庭園は様々な色をたたえた花が咲きほこっており、花々の間を細かい石を敷きめた白な小道が続いている。なぜか、その光景をみてモクレンの事を思い浮かべた。

 花が好きなモクレンは、殺風景さっぷうけいだった家の前庭に、野山に咲いている草花を移し替えて豊かな色合いのある庭に変えてしまった。今頃、あの娘は何をしているのだろうと考えていた。

 色鮮やかな庭の中を小道の先にはそれと同じ白い卵型の建物がある。結構けっこう大きな建物で、オスダの住い二つ分の広さがありそうだった。建物の背後には、黒ずんだつる草のようなものに覆われた壁が見え、その何処どこかから水の落ちる音がしていた。

 先導され卵型の家に近づくと、右側にこんもりとした背の低い像のようなものが見えた。よく見ると、今自分達を先導している赤いと同じ形状の物が、つる草を身にまとい、少し前に屈んだ状態で立っていた。

 前を行くが首だけを真後ろに回し、モローが動かないを見つめているのに気づいたらしい。

「うごかなくなった、むかし」

 どたどしく、自分と同じがここで動かなくなりそのままになっていることを説明してきた。家の外壁がいへきめ込まれていたらしい扉が音もなく開いた。そのようなものは見えなかったのに、突然つるりとした外壁の一部が消え去り現れた戸口にモローは驚き、足を止めた。誰かが出てくると思ったのだ。

「はいって」

 金属をこするような声でが言った。何も出てこない、家の住人はどうやらこのだけのようだった。

 家の中は清潔で整頓され、そして蒸し蒸しとする外と違って涼しかった。部屋の中は、天井から差し込む陽光を取り入れて、それを全体に反射させているのか、もしくは白い壁自体から光を発っしているのか、とても明るかった。

 が何かをしていた。すると壁の一画が開き、ちょっと見はひつぎに似た物がすべりりでてきた。棺はため息のような音をたてながらふたをせり上げさせ、蓋の下に隠れていた寝台のような形をした床を照らした。

 は棺の右側に近づくと、三角形の足に繋がる胴体を伸ばし、続いて彼の両脇から金属でできた十本の指を持つ腕が現れた。

 同時に棺の右側から黄色く透明な液体が満たされた袋がせり出してくる。

「きず、うえ、ここにおく」

 寝台を金属の指でモローに指し示して見せた。傷口を上にしてアマリをこの寝台にせろということだろう。彼女を治療ちりょうするつもりなのだと彼は理解した。

 枝に貫かれ、傷つき意識を失っているアマリの左肩を上にして彼女を寝台に横たえた。アマリはずっくりと全身を血で染まっている。どうみても助からないとモローは思っていた。

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