第12話 出先機関
客は一人もおらず、中年男は
「オスダ豚の
アマリはそう中年男に尋ねた。この世にオスダ豚などといったものはいない、これは王都から派遣されてきた者の
「もちろんございます。では奥へ」
中年男は
この男は痩せ型で背が高いものの、顔つきは平凡でどこにでもいるような特徴のない
「第二騎士団のアマリです。ウルバン殿下の命で、エダの探索をすることになりました」
そうアマリは二人の男にそう告げた。
「偵察係のヤズミと申します。隣は現地
互いに名乗り合い、ヤズミとコバシはアマリが女騎士であることに少し驚いた顔をしたが、直接ウルバンの命で派遣されてきたことを知り、急に態度が
その事を伝えようかと考えている所へ、少女のような娘が盆に茶碗を載せて現れ、無表情に三人の前へ茶碗を置くと、無言のまま戻っていった。ヤズミとコバシはそう言った態度に
「さて、同道されているモロー殿は、いかがですかな」
ヤズミが早速、モローの動静を訊ねてきた。アマリにはウルバンや偵察係がモローを気にすることが不思議でならない。モローは危機に
「
そうアマリが言うと、ヤズミは
「そのためです。モロー殿はハンの人間。……われらオスダは呂之国と
「モロー殿は
「アマリ殿の
ヤズミは目の前に置かれた茶を一口
「それは分かる。あなた達の
とアマリは食い下がった。
「アマリ殿。我らはモロー殿をどうこうするつもりはございません。アマリ殿とともに、ウルバン殿下の
ゆっくりと
「モロー殿には殿下の命を
そうアマリは断言した。そうとしか言いようがない、誰も
「そうですか。……エダにはいつ
今までアマリとヤズミのやり取りをこれまで黙って聞いていたコバシが初めて自分から口を開いた。
「
やっとアマリが聞き出したい
アマリは出先機関の
「ご存知とは思いますが、あそこは危険ですぞ。アマリ殿の前で失礼かもしれませんが、命の保証はありません」
とヤズミが
「それは、覚悟しています」
アマリはそう頷いた。
「……そうですか」
ヤズミはアマリが頷くの見て、言葉を続けた。
「
「呂之国の軍……、ナウカワの兵ではないのですか」
アマリはそう疑問を
「はい、ご存じの通り、ここら一帯は
「軍が全滅……」
「まあ、全滅に近いのは王都を護る部隊ですが、国境などの各地から部隊を引き抜いて増強したにも関わらず大敗を喫したわけで、今やナウカワの軍は弱体してしまい、王都とエダと
ヤズミの話を引き
「兵士たちの死体をですか」
「
ヤズミは
「
コバシがアマリの言葉に頷き、口を開いた。
「奴らは思った以上に組織立っております。それに
「我らの国は、幸運だったのか……」
そうアマリが呟いた。確かにオスダも三つある騎士団の内、一つは
「はい、幸運としか言いようがありませんな。あやつらには
とヤズミは頷いた。
「で、二つ目は」
「これが一番の問題です」
ヤズミはコバシに視線をやり、コバシが口を開いた。
「エダに通ずる洞窟を半分ほど行ったところで『山の者』が待ち構えております。それも十数体はいると聞きます」
「つまり、先も行ったとおり、奴らは組織だった行動で、こちら側を待ち構えているということです。洞窟が発見された当初は、洞窟に奴らが侵入することは無かったらしいのですが、こちら側の人間が盛んに侵入を繰り返すようになると、奴らも知ったのですな。洞窟を抜けると
と再びコバシの話を引き取ったヤズミが付け加えてきた。
アマリはしばらく黙っていたが、こう切り出した。
「我々二人を案内することは可能でしょか」
「可能です。このようなことに
「入口までですか」
「はい、申し訳ありませんが。呂之国も我々のような組織があり優秀ですので、その目を
そうヤズミが最後まで案内できない理由を説明したが、アマリにはそれが言いわけにしか聞こえなかった。だが、偵察係の言い分も分かる、このタカキでは
「洞窟の周辺の状況はどうでしょう」
とアマリは気持ちを切り替えるように、そう訊ねた。
「両国の兵が、洞窟から出てきた奴らを阻止するために、三層の
「それですと、洞窟には入る事ができないのでは……」
「はい、ですから探索者として入る事をお勧めします。こんな状況になっても、この国は探索者ならば洞窟に入る許可を与える
とヤズミが答えた。
「探索者など聞いたことはないが」
「そうでしょうとも、洞窟が発見され、エダに向かおうとする者達をナウカワでは探索者と呼ぶようになったのです。今でも、エダに行こうと思えば、書類さへ
「探索者の書類を
「私どもにお任せください、お二人分の書類を揃えるなど
ヤズミはそう請け合った。
「よろしい、探索者の書類と我らの道案内を頼みます」
「承知いたしました」
その答えを聞いたアマリは席を立とうとした。
「ああ、お待ちを。アマリ殿は
そうヤズミが尋ねた。
「まあ、適当に」
「では、
ヤズミがそう言った。
「いや、我らは
アマリは断ろうとそう言った。
「隠密でしたら、我々も同じです。別に騎士殿を正式に招待というわけではないのです。街の商人が得意先を食事にお誘いするだけですので」
そうヤズミはどうしても食事に招待したいようだ。アマリも社交的な場に出るのが嫌いではない。迷ったが、
―宿―
アマリはその夜、かなり酔った。
長い
とりあえず自分の部屋に戻ろうと思ったことは覚えている。暗い階段を昇り、僅かな
それでもこんな
「モロー殿、……どうされました」
自分でも間抜けな問いだとアマリは思った。
「約束を果たしにきた」
何を果たしに来たのは明白だった。
酔いも手伝い全身を
眠りから目覚めると、酔いが薄れており、頭痛に加え、下腹部には
アマリは、自分が素裸で毛布にくるまれている事を知った。窓から差しこむ月明かりの中、自分の隣にモローが左を下にして横たわっている。彼の伸ばした右腕をアマリは
自分が彼の
覆い被さるモローに回した腕で感じた背中の感触や、手を下に
(また抱きついたら、馴れ馴れしいと思われるかもしれない)
モローに目を向けられず、素早く毛布の下から滑り出ようとすると、アマリの左腕をモローが掴んできた。
「どうした」
驚いて振り向くとモローが自分を見つめていた。
「……」
「
「……はい」
モローに背中を向け、アマリは頷いた。その欲求は確かにあった。
「俺は、ここにまだ居て良いかな」
とモローは言った。
「はい、……居てください」
寝台から立ち上がったアマリはそう答え、モローが裸の後姿を見つめてくれることを期待しながら、言葉を続けた。後姿には少し自信があるのだ。
「……明日の昼前、偵察係の者が抜け道まで案内するとのことです」
「分かった」
モローが答えた。
用を
「……用を足してきたばかりです」
羞恥のあまりそう言ったアマリの首筋をモローの唇が強く吸った。
「構わん」
モローの手がアマリの小ぶりな乳房を
―エダへ―
結局コバシは、本当に抜け道の入口までしか案内してくれなかった。
「では、お気をつけて」
と一礼し、一人
二人は山深い、荒れた道を進んだ。山道は馬車の
馬車を曳く馬は、疲れた様子を見せず、一定の速度で山道を進んでいく。
(このまま、エダには行かず、どっか知らない所に行けたら……)
アマリは馬車の揺れに乗じて、身体をモローに寄せた。モローの肩に自分の肩が触れ、知らず身体が熱くなる。
「コバシ殿は、この先で道が
甘えるように、モローに身体を預けながらアマリがコバシから二つ目の峠の先は崩れており、馬車などは通れないかも知れない、と聞いた事を告げた。
「そうなれば馬車は置いていくしかないな」
モローは身体を寄せてきたアマリに目をやりながら答えた。
(このまま、知らぬ土地で暮らしたい)
と思わず
「馬はどうするのです」
そう訊ねた彼女に、モローは事も無げに言った。
「放す。自由にしてやる。たぶん行きたい所に行くだろう」
「この子が行きたい所って……、分かってるんですの」
「娘の所だ、こいつはあれが好きで仕方がないようだ。ずっと一緒だった俺によりも
薄くモローは笑いを含んだ表情を見せた。
うねうねと山道は続き、左手に裾野の広い三角形の山の脇を進んだ。山はその頂きから白い
やがて日が
「ここまでだな」
モローはそう
アマリは今日の行程はここまでという意味で聞いていたが、薄暗くなった前方をよく見ると、道の端を切り崩し家二軒ほどの空き地が出来ており、その先の道が土砂で
「明日からは徒歩だ」
そうアマリに伝えモローは馬車を降り、馬を馬車から離した。幸いなことに、少し戻ったところに山側の
水を飲んでいる馬を残し、馬車の所へモローが戻ると空き地の奥まった
「火を
何をしてきたのかは問わず、モローはそうアマリに声を掛けた。アマリはこっくりと頷いた。
翌朝、アマリは裸の身体を一枚の毛布に包まれた状態で目を覚ました。一緒に眠っていた筈のモローは見えず、彼女は置いて行かれたのかと、裸のまま馬車の後部から身体を乗り出し、焦りと薄暗い早朝の冷たさを感じながら
「早いですね」
モローは焚火の後に残った消し炭と灰を足で地面に
「よく眠れたか」
狭い馬車で肌を合わせ、モローの
「起きたばかりで済まないが、昼までには洞窟を抜けたい」
腰を
「戻っても良いんだぞ」
「むろん……私も行きます」
アマリは反射的にそう答えていた。思いのほかに強い口調だった。
(なぜ、そんなことを言うの)
疑問に思いつつも怒りが湧いた。
「本当に良いんだな。互いに死ぬ確率は高いぞ」
「その
その
「では、俺に命を
「はい」
アマリはモローの瞳を見つめ頷いた。
「さてと、ならば準備をしよう」
見つめてくるアマリの視線を外し、モローは少し照れたように答えた。その言葉を聞いていたのか、そろそろ自分の仕事が始まると思ったのか、空き地で
二人のすぐ側で立ち止まり、大きな瞳を向け馬は鼻面をモローに近づけてくる。馬は明らかに撫でてくれと要求しているのだが、彼はスッと馬に背を向けると馬車の荷台に向かってしまい、当てが外れた馬が、寂し気にモローの背を追っているのが
荷台に昇り、何かをしていたモローが、
「ちょっとこっちに来てくれ」
そうアマリに声を掛けると、すぐに荷台の中に顔を引っ込めてしまった。呼ばれたアマリは、馬車に近づき、荷台の中を覗き込んだ。モローは荷台の
「それは……」
何とも
「これを着て欲しい、ハンではこの手の武器を使用するときに着るものだ」
モローが防具の胴に似た
「この袋はなんでしょう」
そう言い、アマリが洞に装着された袋の蓋を空けると、黒い板状の物が二つ入っており、その一部分から、以前モローが「山の者」に使用した物に似た指状の金属が、その板の中に仕舞われているようだった。
「予備の矢だ。それがこの二つの袋に二つ、こちらの袋には一つずつ入っている。それと、こちらには……」
モローが二つある槍のような武器の一つを手に持つと、アマリに手渡した。
「予備の矢と同じものが、これの、ここの部分に付いている。矢の数は三十本、それを放ち終えるとこの板を取り外し、胸の袋に入っている板と交換する」
モローは槍をアマリに持たせると、もう一つを手に取り、武器の構え方や、発射する場合は一本ずつ、三本ずつ、板に収まる矢が無くなるまで連続して発射するかを決めることができることを話した。そのためには「タ」、「3」、「レ」と
「百年前、ハンの者達が海沿いの崖でこれらが埋まっていた遺跡を見つけてな、我々はそれを利用する事にしたのだ」
モローは自分の武器を撫でながらそう言った。
ハンは亥之国、呂之国などが
彼らが発見した遺跡は厳重に
見た事もない、そして非常に発達した技術から生み出されたと思われる武器類をハンの者は使いこなそうとした。
ハンの土地
そのため、ハンの人々の多くは、過ごしやすい土地に流れて行き、残った一部の者は、各々小さな集落を形成し、集落の
モローらハンで生まれた者は武術を身に着け、周囲の国に雇われたり、または暗殺など影の仕事をこなすなどをし、その
「これも、ハンで見つかった
とごつごつした魚のような金属の矢筒が見た目以上に軽いのを驚きながら訊ねた。魚の尾びれの形状をした部分に「89式5.56mm小銃」と読めないものの文字らしきものが刻印されている。
「そのようだな。以前使った物と同じ頃見つかったと聞いている」
そう答え、モローもまた、アマリと同じように迷彩柄の服を頭から被った。
自分もそうだろうが、非情に似合わない
「誰が
「さあな、歴史が始まる前に存在していた何者かだろうな」
興味無さげにモローは答え、自分の持ち物を馬車から降ろすようアマリに伝えた。
馬車を降りたモローは、彼の指示を待っている馬に近づいていく。アマリもモローの後に付いて馬の所へ行くと、馬がじっとモローを見つめていた。
馬の首筋を軽く叩いたモローは、手綱を握ると空き地から道へと馬を曳きだした。進んできた方向に
馬を放つと、モローは次に馬車に火をかけた。
ようやく山の
そこへアマリが近づいてきた。
「さあ、行きましょう」
肩に下げたモローから渡された魚のような形をした矢筒を
炎を見つめていたモローがアマリに軽く頷き、焼けて崩れ出した馬車に背を向けた。彼は自分の刀に加え、アマリと同じ矢筒に、何が入っているのか分からぬ
「それは何です」
アマリはモローが下げている
「俺にも良く分からんが、火薬の一種だ。威力は強い」
「それが必要になるのでしょうか」
「なるかもしれない」
そう答え歩き始めたモローと肩を並べたアマリは、彼の横顔を見上げた。二人して
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