第7話 戦闘2
単体となったモローとアマリを乗せた馬車はさらにぬかるんだ悪路を走った。
馬が何かの気配を
モローは
いきなり前方からかなりの速度で近づいてくる集団が霧のような雨を割るように姿を現した。
「来た」
アマリが叫けび、反射的に大剣に
「荷台に来てくれ」
握っていた手綱を馬車を止めるための棒に引っ掛け、モローはそう言い放ち荷台に移った。そして金属製の蜘蛛のような物の上を覆っていた毛布を
「これを持っててくれ。馬車が道に戻るまで何もするな」
いきなり
それを確認し、モローは左に大きく傾いている馬車の荷台に肩を当て、
「モロー殿」
とアマリが叫んでいる。モローはぬかるんだ泥から足を抜こうとしていた。
「山の者」の集団は、馬車を追い速度を上げたようだ。モローが
急速に馬車から引き離されていくモローを見つめていたアマリは自分も馬車から降り、彼を助けようと荷台から身体を乗り出し始めた。
「降りるな。すぐに追いつく」
思いの
アマリに向かって叫んだモローは、接近してくる「山の者」に顔を向けた。
その姿を見つめ、モローはニヤリと笑った。そして
「モロー殿、早く」
そうアマリが叫んでいる馬車に向かって、下半身まで泥に汚れたモローが
モローが走りながらアマリにもっと脇に寄れと合図しているが、彼女は気づいていない。ある程度追いついたモローが勢いそのままで荷台へと
「どけと言っただろうが」
素早く起き上がったモローが、背中からひっくり返り、まだじたばたしているアマリを軽々と引き起こし、
「大丈夫か」
「……ええ」
まだ少し、息が詰まっているアマリが答えた。
「いいか、これをあの集団に撃ち込め。そこに指を掛ける爪があるだろう、奴らに向けて爪を引くんだ」
そう言い、モローは
「それは六発ほど
酒の
「ああ、すまない。反動があることを言い忘れた」
モローは迫ってくる「山の者」を見つめながらそう言い添えた。破裂音とともにアマリが放った矢は「山の者」達の中に撃ち込まれ、白い白煙が上がったが、先頭の方ではなくかなり後方に
「残りはもっと上に向けて撃ってくれ」
表情を変えず淡々と言ってくるモローの言葉を聞き、アマリは起き上がり、今度は足を踏ん張るようにして残りの五発を連続して放った。五つの白煙と破裂音がし、その度に「山の者」の集団から悲鳴が上がった。
「アマリ殿、馬車の手綱を頼む。それと、弓兵への命令も。
そう言い終わりモローは矢筒の先を「山の者」に向けた。アマリが
耳を
僅かな間に、三百発ほど撃ち、矢筒は急に沈黙した。放つ矢が無くなったのだ。
アマリの短弓とモローの矢筒のような武器に、「山の者」の半分は倒れ伏しており、残りの者達の勢いも衰え始めている。
「矢を放て」
モローが御者台に叫ぶとアマリは赤い布を振った。二人が伴ってきた弓兵は
アマリが弓兵に退避命令の為の黒い布を振り、馬車は彼らとともに丘陵と丘陵の間の切通を抜けた。同時に丘陵の頂上から雄叫びとともにオスダの騎兵二百五十騎が駆け下り、「山の者」の集団に突入していく。
そこからは血で血を洗うような混戦で、モローもアマリも剣を持って混戦に加わっていった。
―戦闘3―
敵である「山の者」の中に飛び込んで行ったモローは、あっと言う間にアマリを見失ってしまった。彼女を案じながら彼は首筋を狙う刀法を使い、次々と「山の者」を斬って回った。
やがて「山の者」との混戦を制して、オスダ軍の勝利が見えてきた。「山の者」をほぼ全滅させる勢いである。だが、オスダ軍の被害も
兵の集結地点に戻るとアマリの姿があった。モローは無傷であったのだが、アマリはどこか傷ついているのか、動きがひどく鈍い。そして二人とも「山の者」達の血で、全身が
そうこうしている内に国境から大量の荷馬車が到着し、降り止みそうな雨の中、傷ついた兵を乗せて領内に戻り、再び戻ってくるを繰り返し始めた。傷ついた兵を収容し終えると、今度は戦死した兵を運び始めなければならない。
雨が
モローは荷台の上を片付け、疲れ果てたアマリは馬車の後輪に背中を預けながら、兵たちの作業を見つめていた。周囲は行き
矢筒と短弓を荷台の下に隠し
「そこでいつまで立っているんだ。荷台に上がってこないか」
とモローはアマリに声を掛けた。
「……いえ、身体から奴らの血が匂いますから」
「俺からも同じ匂いがしている。気にはならんよ」
そう答え、彼はアマリに手を差し伸べた。構わず上がれという事である。
アマリは少し
「アマリ殿、剣はどうした」
モローはアマリの傷には触れず、自慢の大剣が無いことに触れた。
「それが……戦っている最中に失くしてしまって、後は戦死している仲間の剣を使う
そう言い、彼女は
「よく無事だったな」
アマリがどのように戦ったのか、モローは分かった。彼女にとって騎士の誇りなど吹き飛ばすほどの戦いだったのだろう。
「ええ、
アマリ自慢の剣は彼女の身体に合わない大剣で、重量もばかにならない。ああいった乱戦では、重い剣は邪魔でしかない。彼女にとって早々に失くしたことが生き残った理由だろうとモローは思った。
「生き残ったのだ。それはおたくの力量だと思うぞ」
とモローは言いながら、竹筒の水筒を取り出すとアマリに手渡した。
「モロー殿は何者なのです。ただの助教とは思えないのですが。あの武器もこの世のものではないような威力を持っていましたし……」
そう言い、アマリはモローから水筒を受け取り、綺麗な喉を見せながら一気に飲み干したのである。よほど喉が
「誰もがそう言うな。自分でも良く分からんのだよ。ハンで生まれたせいかな」
「……ハン。あのハンですか」
モローの故郷であるハンは北東の辺境にある。昔からどこの国にも属さず「まつろわぬ者たち」と呼ばれていた。
「俺がハンの出身だという事は、
「今分かったような気がします。なぜ所長があなたを雇い入れたかを……」
モローはそれには答えなかった。
失礼します、とどこからか伝令が二人のいる馬車に姿を現した。
「ウルバン殿下が、エレンの離宮でお待ちです。
そう勢いづいた口調でウルバンが会いたいと伝えに来た伝令に、アマリが「承知した」と答える。それを聞いた伝令は去っていった。
エレンというのはオスダ王国で唯一の保養所がある西の国境近くにある小さな街で、そこには王家の離宮もある。離宮と言っても、陣屋といった方が正確なほどの、質素な建物だが、それなりの規模はある。
「しかたない、では、行くか」
モローが御者台に移動するため立ち上がった。アマリは身体が動かないのか、そのままの
―エレン―
エレンの街はなだらかな小高い山の裾に張り付くように、三方を城壁で巡らせ、残る一方は小高い山を自然の城壁に利用している。山の
街の最も奥まった一画に建つ離宮にモローとアマリが到着すると、ガラムが迎えに出てきた。彼は敵の血にまみれた二人を見て驚いたようだが、そのまま離宮に入るよう誘った。
「身体が汚れております。この姿でお目見えするのは失礼と思われますが」
とアマリが申し訳なさそうに言うと、ガラムが「それもあるな」というように離宮に二人を招き入れるのを少し迷ったようだ。
「構わぬ。二人とも入ってまいれ」
どうやらウルバン自身も二人を待っていたらしく、ガラムの背後から姿を現した。この時もアマリは騎士らしい礼をしたのに対し、モローは頭を下げただけである。
「よう働いてくれた。さっ、中に参れ」
「いえ、身体が敵の
とアマリが答えた。
「気にするな。汚れれば清掃すればよいのだ。わしはちと他の業務が残っておる。相手はできぬが、お主たちにエレンの湯でも浴びてもらおうと思うてな」
ウルバンはそう言い放つと、自分はさっさと離宮の中に入っていった。
「殿下のお言葉だ。
と、主のウルバンの背中を見つめ、珍しく笑みを浮かべてガラムが言った。
離宮の外れには山の中腹から湧き出る湯を引いた浴場がある。普段は王族しか使えぬそこを、二人に使えというのだ。オスダの王室では、客人に湯を進めることが最高の
「激戦だったと聞いています。ご活躍何よりです。お父上もお喜びでしょう」
と磨き上げられた板の廊下を渡りながら、ガラムがはアマリの親を持ち出した。アマリの父親は王の弟にあたり、国では有力な貴族の一人である。その娘であるアマリが騎士となり、あまつさえ
そこで、アマリの父親はウルバンに、娘を後方任務に就かせてくれと言ったとか言わなかったとか。
「痛み入ります」
アマリがやっとのことで言葉を絞り出すように答えた。傷がさらに痛んできたようだ。
「モロー殿もサフラン殿がお喜びでしょう」
「そうですかな」
とサフランのことを話題にしてきたガラムの
「
彼も騎士である、戦場で戦うのが
「そうは思わない。おたくなら
どんどん具合が悪くなっていると思えるアマリの代わりに、モローはそう答えた。ガラムの騎士としての力量をモローは理解しているようだった。
「そうだと良いのですが」
カラムはモローにそう言ってもらったことが嬉しかったのか、
「着きました。この扉の奥が湯殿です」
そう言い、ガラムは二人と中に入ろうとしない。
「浴衣もそろえてありますので、お使いください。部屋に呼び鈴がありますので、呼んでいただきますと、
浴衣は湯船に浸すときに身に着ける衣で、戦勝の膳は、戦で疲れた身体を思って出す消化に良く滋養に効く食事のことである。
「ああそれと、ここの湯は、混浴ですので、
とそう言い添えて、がっしりとした
「混浴だそうだ」
モローは湯屋の扉を開けた。小王国ではあるが、さすがに王国の離宮である、湯屋は豪華な造りだった。調度品も一級品で揃えられ、踏めば沈むような敷物や湯上りの身体を休ませる板張りの部屋などもしつらえてある。
モローの後に続いて湯屋に入ったアマリは、備え付けの椅子へよろめくように身体を運ぶと、崩れるように椅子に身を沈めた。そして、左手で
「腕をやられた様には見えなかったが、傷を負っているのか」
アマリは苦痛に顔を
「腕は……、大丈夫です。……胸の脇をいささか」
「それで右の腕を使えないのか。どれ、
そう言い、アマリに近づいたモローに、彼女は左手を重たげに動かし遠慮するという仕草を見せた。
「……大丈夫です。自分でできます」
「身体を動かすだけで右脇と胸や腕が痛むのだろう。無理はするな」
そう言い、アマリの返事も聞かず、モローは手早く彼女の具足を外しはじめている。
「あの、……もう、大丈夫です」
「怪我の状態を見るぞ」
そう言い、モローはアマリの肌着をめくった。彼女は裸の胸を見られまいとしている。モローは荒々しい感情の高ぶりを覚え、それを無理やり抑えていた。
胸を覆っている骨をモローが探ると、アマリが苦痛の声を上げた。滑らかな肌の感触と同時に胸の骨が二本ほど折れていることが分かった。痛がるはずだ、恐らく「山の者」の打撃を
「骨が折れている。だが、折れた骨が肺に食い込んでいるように思えない。たぶん、大丈夫だが、暫くは痛みが続く」
モローは捲り上げていたアマリの肌着を元の状態に戻し、まだ外していない脛当てといった具足を外しにかかっていた。
自分では
「このような姿を、サフランという方がご覧になれば、何んと言うでしょうか」
ガラムが言っていたサフランと言う女性の名をアマリは挙げた。彼女はサフランがモローの妻か恋人かと思っている。
「何と言うかな、気分は悪くするだろうが」
「奥様ですものね」
「いや、サフランは俺の娘だ、前に言わなかったかな」
と事も無げにモローが答えた。
「お弁当をいつも持たせてくれるという娘さんですか」
「ああ、そうだ」
「そうなのですか」
アマリの声が幾分、疑う調子を含み、血の気が失せていた顔にも赤みが加わったようだ。
「やはり、奥様は」
「今はいない、貰う予定もない」
そう聞き、アマリは顔をさらに紅潮させ下を向いている。
「さて、先に湯を使うが良い」
モローがそう言った。
「……一緒に入りませんか」
上目使いで胸元を左手で隠したまま、アマリはそう誘った。
アマリの乳房は人の
「残念だが、それはアマリ殿の骨が治った時にしよう」
モローは
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