第7話 戦闘2

 単体となったモローとアマリを乗せた馬車はさらにぬかるんだ悪路を走った。

 馬が何かの気配を察知さっちしたのか、頭を激しく上下に振り、そして「どうする」というように手綱を握るモローに視線をやってきた。

 モローは急制動きゅうせいどうを掛け馬車をとめた。辺りは草原で、雨が降っていなければ草原の背後にそびえる山の峰々みねみねが望める筈だが、今は全てが霧のように降りしきる雨に隠れてしまっている。

 いきなり前方からかなりの速度で近づいてくる集団が霧のような雨を割るように姿を現した。

「来た」

 アマリが叫けび、反射的に大剣につかに手を添えた。彼女には「山の者」が、まだ黒い塊のようにしか見えていない。馬車を反転させるようモローは手綱を引き、馬がそれにこたえ始めたところで、左の車輪が悪路あくろを踏み外し、沼のように変わっていた泥と草の上に車輪を落とすと大きく傾いて停止した。馬が懸命に馬車を動かそうとしているのだが、がっしりと泥濘でいねい状態になった草地が左の両輪をくわえこんでしまっている。

 獣臭けものしゅうが急速に強くなり始めていた。馬車は獣臭けものしゅうの元となる物に横腹を見せて動けなくなっていた。

「荷台に来てくれ」

 握っていた手綱を馬車を止めるための棒に引っ掛け、モローはそう言い放ち荷台に移った。そして金属製の蜘蛛のような物の上を覆っていた毛布をぎ、六つの筒の集合体のようなずっしりとした短弓たんきゅうを、彼に続いて荷台に移ってきたアマリに手渡した。

「これを持っててくれ。馬車が道に戻るまで何もするな」

 いきなり得体えたいの知れぬ物を手渡され、何か言いかけているアマリを無視し、モローは荷台の後部から外へ飛び降りた。不気味なうなり声とともに、「山の者」達が迫っていた。巨大で醜悪しゅうあく図体ずうたいをした物を先頭に、見た限りで五百体はいるように思えた。

 それを確認し、モローは左に大きく傾いている馬車の荷台に肩を当て、あし泥濘でいねいに沈み込むのもかまわず馬車を押し上げ始めた。重い武器もあり、さらにアマリも乗っているので、かなりの重量となっているであろう馬車だが、ゆっくりと傾きがなおり始めた。負荷が少なくなったため、馬が再び馬車を曳き始め、大きく揺れながら道に戻ると、モローを残して馬は元来もときた道を駆け戻り始めた。

「モロー殿」

 とアマリが叫んでいる。モローはぬかるんだ泥から足を抜こうとしていた。

 「山の者」の集団は、馬車を追い速度を上げたようだ。モローがうように泥濘から脱出し、道の上に這い上がる頃には、集団はもう目の前だった。

 急速に馬車から引き離されていくモローを見つめていたアマリは自分も馬車から降り、彼を助けようと荷台から身体を乗り出し始めた。

「降りるな。すぐに追いつく」

 思いのほか大きな声だった。それでアマリは飛び降りるのをとどまった。

 アマリに向かって叫んだモローは、接近してくる「山の者」に顔を向けた。醜悪しゅうあくな連中であった。そして知能もそれほど高くないようだ、容易たやす得物えものと思ったのだろう一人立っているモローを八つ裂きにしようと、各々が響き渡るような雄叫おたけびを上げ始めた。

 その姿を見つめ、モローはニヤリと笑った。そして大分だいぶ先へ行ってしまった馬車を追って地をすべるように走り出した。

「モロー殿、早く」

 そうアマリが叫んでいる馬車に向かって、下半身まで泥に汚れたモローが疾駆しっくしてくる。彼女は、片手に重い短弓を抱え、もう一方の手で荷台の幌の枠を掴みながら、彼女はモローの速さを信じられないように見つめていた。

 モローが走りながらアマリにもっと脇に寄れと合図しているが、彼女は気づいていない。ある程度追いついたモローが勢いそのままで荷台へと跳躍ちょうやくしてきたため、脇に寄れなかったアマリとモローの身体がぶつかり、二人は荷台の奥へ盛大せいだいな音を立てて転がってしまった。

「どけと言っただろうが」

 素早く起き上がったモローが、背中からひっくり返り、まだじたばたしているアマリを軽々と引き起こし、かろうじて彼女が取り落とさなかった短弓をポンと叩いた。

「大丈夫か」

「……ええ」

 まだ少し、息が詰まっているアマリが答えた。

「いいか、これをあの集団に撃ち込め。そこに指を掛ける爪があるだろう、奴らに向けて爪を引くんだ」

 そう言い、モローは蜘蛛くものような三本の足で立っている矢筒の後ろに座り込んだ。左側のつまみをいじりふたを空け、同じく筒の左側に装着してある濃緑色の箱のふたも空けた。開けた箱の中には黒いひもで連なる金色の指に似た形状をした物が入っていた。その端を蜘蛛くも本体の上部に押し込み、蓋を閉じた。続けざまに、今度は右側に突き出ている取手を金属の触れ合う音を立てながらぐいと手前に引く。矢筒の後ろ側には両手でつかむための取手が付いており、モローはそれを掴み、アマリに大声で伝えた。

「それは六発ほど連射れんしゃできる。それを奴らに向けて撃ってくれ、……ああ、水平にかまえるな、少し上をねらって撃てばいい。命中させようなどとは考えるなよ」

 矢継やつばやにモローはアマリへ指示を出し、彼女はそれがどのような機能を持っているか全く分からないまま、言われた通り「山の者」の頭上を狙って爪を引いた。

 酒のせんを抜いたような乾いた音とともに一発目が発射された。同時に結構な反動があったらしく、アマリは小さな悲鳴を挙げ、そのまま尻餅しりもちをついてしまった。

「ああ、すまない。反動があることを言い忘れた」

 モローは迫ってくる「山の者」を見つめながらそう言い添えた。破裂音とともにアマリが放った矢は「山の者」達の中に撃ち込まれ、白い白煙が上がったが、先頭の方ではなくかなり後方に着弾ちゃくだんしたようだ。

「残りはもっと上に向けて撃ってくれ」

 表情を変えず淡々と言ってくるモローの言葉を聞き、アマリは起き上がり、今度は足を踏ん張るようにして残りの五発を連続して放った。五つの白煙と破裂音がし、その度に「山の者」の集団から悲鳴が上がった。

「アマリ殿、馬車の手綱を頼む。それと、弓兵への命令も。一射いっしゃだけでいいのだぞ」

 そう言い終わりモローは矢筒の先を「山の者」に向けた。アマリが御者台ぎょしゃだいに移ったのを見て、モローは取っ手の下に付いている円筒状のつまみを回し、爪を下に押した。

 耳をろうするばかりの轟音ごうおんが矢筒から発せられ、「山の者」達が音と共に撃ち倒れていく。モローは五発連続して撃っては一拍休みを繰り返す。それと共に、先が欠け空洞化した指状の物が金属音を立てながら次々に筒から吐き出されていた。荷台の中は火薬の臭いが充満している。

 僅かな間に、三百発ほど撃ち、矢筒は急に沈黙した。放つ矢が無くなったのだ。

 アマリの短弓とモローの矢筒のような武器に、「山の者」の半分は倒れ伏しており、残りの者達の勢いも衰え始めている。

「矢を放て」

 モローが御者台に叫ぶとアマリは赤い布を振った。二人が伴ってきた弓兵は強弓ごうきゅう兵で矢の射程しゃていは短いが、威力は絶大である。二人の攻撃に加え強弓兵が放った五十本の矢で「山の者」の勢力はさらにがれた。

 アマリが弓兵に退避命令の為の黒い布を振り、馬車は彼らとともに丘陵と丘陵の間の切通を抜けた。同時に丘陵の頂上から雄叫びとともにオスダの騎兵二百五十騎が駆け下り、「山の者」の集団に突入していく。

 そこからは血で血を洗うような混戦で、モローもアマリも剣を持って混戦に加わっていった。


 ―戦闘3―

 敵である「山の者」の中に飛び込んで行ったモローは、あっと言う間にアマリを見失ってしまった。彼女を案じながら彼は首筋を狙う刀法を使い、次々と「山の者」を斬って回った。

 やがて「山の者」との混戦を制して、オスダ軍の勝利が見えてきた。「山の者」をほぼ全滅させる勢いである。だが、オスダ軍の被害も甚大じんだいで、生存できた兵は百も満たなかったのである。また、生き残った者の多くが、どこかしら傷を負っており、無傷だったのは数えるほどであった。

 兵の集結地点に戻るとアマリの姿があった。モローは無傷であったのだが、アマリはどこか傷ついているのか、動きがひどく鈍い。そして二人とも「山の者」達の血で、全身が蒼黒あおぐろく染まっている。戦場は凄惨せいさんな光景になっていた。オスダの兵、「山の者」の死体が至る所に転がり、無事に生き残った兵たちはまだ息のある兵を収容するのと同時に、息のある「山の者」にとどめをして回っている。

 そうこうしている内に国境から大量の荷馬車が到着し、降り止みそうな雨の中、傷ついた兵を乗せて領内に戻り、再び戻ってくるを繰り返し始めた。傷ついた兵を収容し終えると、今度は戦死した兵を運び始めなければならない。

 雨がみはじめた。

 モローは荷台の上を片付け、疲れ果てたアマリは馬車の後輪に背中を預けながら、兵たちの作業を見つめていた。周囲は行きう荷馬車や駆けまわる生き残った兵たちと後詰ごづめに配置されていた兵の姿が見え、生き延びた彼らのほとんどがモローやアマリと同じように敵味方の血に濡れている。

 矢筒と短弓を荷台の下に隠しえ、モローは身体からだを荷台から乗り出してアマリを覗き見た。いまだ後輪に背を持たれ掛けさせ、疲労のためかどこかを痛めた傷のためか、アマリは力ない瞳で傷ついた仲間たちが運ばれていくのを眺めている。

「そこでいつまで立っているんだ。荷台に上がってこないか」

 とモローはアマリに声を掛けた。

「……いえ、身体から奴らの血が匂いますから」

 かぶとを左の脇に抱えたまま、アマリはモローを見上げた。さすがに顔の汚れはぬぐったらしいが、よろいは血に汚れたままである。

「俺からも同じ匂いがしている。気にはならんよ」

 そう答え、彼はアマリに手を差し伸べた。構わず上がれという事である。

 アマリは少し逡巡しゅんじゅんしていたが、こうがたい力に引き寄せられるように、兜を荷台に乗せ、左手をモローに差し出した。アマリを引っ張り上げる動作は、彼女にとって激痛をともなうものだったらしく、顔をゆがませ、短くうめき声を上げた。刀傷はないようだが、右わき腹の上あたりを痛めているようだった。そのせいでアマリは右腕が使えないのかもしれない。

「アマリ殿、剣はどうした」

 モローはアマリの傷には触れず、自慢の大剣が無いことに触れた。

「それが……戦っている最中に失くしてしまって、後は戦死している仲間の剣を使う羽目はめになりました」

 そう言い、彼女は自嘲的じちょうてきな笑みを浮かべた。

「よく無事だったな」

 アマリがどのように戦ったのか、モローは分かった。彼女にとって騎士の誇りなど吹き飛ばすほどの戦いだったのだろう。

「ええ、まことに……。どうして死ななかったのか自分でも不思議です……」

 アマリ自慢の剣は彼女の身体に合わない大剣で、重量もばかにならない。ああいった乱戦では、重い剣は邪魔でしかない。彼女にとって早々に失くしたことが生き残った理由だろうとモローは思った。

「生き残ったのだ。それはおたくの力量だと思うぞ」

 とモローは言いながら、竹筒の水筒を取り出すとアマリに手渡した。

「モロー殿は何者なのです。ただの助教とは思えないのですが。あの武器もこの世のものではないような威力を持っていましたし……」

 そう言い、アマリはモローから水筒を受け取り、綺麗な喉を見せながら一気に飲み干したのである。よほど喉がかわいていたのだろう。

「誰もがそう言うな。自分でも良く分からんのだよ。ハンで生まれたせいかな」

「……ハン。あのハンですか」

 モローの故郷であるハンは北東の辺境にある。昔からどこの国にも属さず「まつろわぬ者たち」と呼ばれていた。

「俺がハンの出身だという事は、内密ないみつにな。知っているのは教練所の所長だけだから」

「今分かったような気がします。なぜ所長があなたを雇い入れたかを……」

 モローはそれには答えなかった。まわりではまだ傷を負った者の搬送はんそうが続いている。

 失礼します、とどこからか伝令が二人のいる馬車に姿を現した。

「ウルバン殿下が、エレンの離宮でお待ちです。ただちに来られたしということです」

 そう勢いづいた口調でウルバンが会いたいと伝えに来た伝令に、アマリが「承知した」と答える。それを聞いた伝令は去っていった。

 エレンというのはオスダ王国で唯一の保養所がある西の国境近くにある小さな街で、そこには王家の離宮もある。離宮と言っても、陣屋といった方が正確なほどの、質素な建物だが、それなりの規模はある。

「しかたない、では、行くか」

 モローが御者台に移動するため立ち上がった。アマリは身体が動かないのか、そのままの恰好かっこうで力なく頷いた。


 ―エレン―

 エレンの街はなだらかな小高い山の裾に張り付くように、三方を城壁で巡らせ、残る一方は小高い山を自然の城壁に利用している。山の中腹辺ちゅうふくあたりには木々の生える山肌を切り崩し、離宮を含め貴族や富裕層の別荘が建ち並んでいた。保養施設を有する街中は、街路樹がいろじゅと季節ごとに花を咲かせる花壇が整備され、店の看板なども意匠いしょうった造りで街をにぎやかさせていた。

 街の最も奥まった一画に建つ離宮にモローとアマリが到着すると、ガラムが迎えに出てきた。彼は敵の血にまみれた二人を見て驚いたようだが、そのまま離宮に入るよう誘った。

「身体が汚れております。この姿でお目見えするのは失礼と思われますが」

 とアマリが申し訳なさそうに言うと、ガラムが「それもあるな」というように離宮に二人を招き入れるのを少し迷ったようだ。

「構わぬ。二人とも入ってまいれ」

 どうやらウルバン自身も二人を待っていたらしく、ガラムの背後から姿を現した。この時もアマリは騎士らしい礼をしたのに対し、モローは頭を下げただけである。

「よう働いてくれた。さっ、中に参れ」

「いえ、身体が敵の血糊ちのりで汚れております。ここでお会いするだけで光栄でございます」

 とアマリが答えた。

「気にするな。汚れれば清掃すればよいのだ。わしはちと他の業務が残っておる。相手はできぬが、お主たちにエレンの湯でも浴びてもらおうと思うてな」

 ウルバンはそう言い放つと、自分はさっさと離宮の中に入っていった。

「殿下のお言葉だ。うけたまわるが良いです。湯殿の場所を案内しましょう」

 と、主のウルバンの背中を見つめ、珍しく笑みを浮かべてガラムが言った。

 離宮の外れには山の中腹から湧き出る湯を引いた浴場がある。普段は王族しか使えぬそこを、二人に使えというのだ。オスダの王室では、客人に湯を進めることが最高の持成もてなしの一つとされている。王族がモローのような庶民に湯をうことなど破格はかくあつかいとも言える。

「激戦だったと聞いています。ご活躍何よりです。お父上もお喜びでしょう」

 と磨き上げられた板の廊下を渡りながら、ガラムがはアマリの親を持ち出した。アマリの父親は王の弟にあたり、国では有力な貴族の一人である。その娘であるアマリが騎士となり、いくさに出るなど父親としてはどうしても止めたいのだ。だが、頑固なアマリに対して、それを持ち出すと彼女が余計よけいに反発しかねない。

 そこで、アマリの父親はウルバンに、娘を後方任務に就かせてくれと言ったとか言わなかったとか。

「痛み入ります」

 アマリがやっとのことで言葉を絞り出すように答えた。傷がさらに痛んできたようだ。

「モロー殿もサフラン殿がお喜びでしょう」

「そうですかな」

 とサフランのことを話題にしてきたガラムの意図いとはかりかねてそう答えた。

此度こたびもかなりの死傷者が出たと聞いています。私も第一騎士団の騎士です。本来なら戦場に出るはずだったのですが、殿下の護衛ですのでかないませんでした。しかし、戦場に出たのならひょっとすると倒れていたかも知れません」

 彼も騎士である、戦場で戦うのが本分ほんぶんであるので、ウルバンの身近に勤めていることが、多少とも他の騎士たちに引け目を感じているのかもしれない。

「そうは思わない。おたくなら易々やすやすと生き延びていると思うがな」

 どんどん具合が悪くなっていると思えるアマリの代わりに、モローはそう答えた。ガラムの騎士としての力量をモローは理解しているようだった。

「そうだと良いのですが」

 カラムはモローにそう言ってもらったことが嬉しかったのか、かすかに照れたような笑みを浮かべている。

「着きました。この扉の奥が湯殿です」

 そう言い、ガラムは二人と中に入ろうとしない。

「浴衣もそろえてありますので、お使いください。部屋に呼び鈴がありますので、呼んでいただきますと、戦勝せんしょうぜんを出すようにとウルバン殿下から申し付かっています」

 浴衣は湯船に浸すときに身に着ける衣で、戦勝の膳は、戦で疲れた身体を思って出す消化に良く滋養に効く食事のことである。

「ああそれと、ここの湯は、混浴ですので、気兼きがねなく」

 とそう言い添えて、がっしりとした巨躯きょくの背中を見せてガラムは去っていった。

「混浴だそうだ」

 モローは湯屋の扉を開けた。小王国ではあるが、さすがに王国の離宮である、湯屋は豪華な造りだった。調度品も一級品で揃えられ、踏めば沈むような敷物や湯上りの身体を休ませる板張りの部屋などもしつらえてある。

 モローの後に続いて湯屋に入ったアマリは、備え付けの椅子へよろめくように身体を運ぶと、崩れるように椅子に身を沈めた。そして、左手で具足ぐそくを外そうとし始めたが、右手はやはり使えないようである。

「腕をやられた様には見えなかったが、傷を負っているのか」

 アマリは苦痛に顔をゆがませ、左手で脱ごうとしているが力が入らないようだ。

「腕は……、大丈夫です。……胸の脇をいささか」

「それで右の腕を使えないのか。どれ、やずすのを手伝おう」

 そう言い、アマリに近づいたモローに、彼女は左手を重たげに動かし遠慮するという仕草を見せた。

「……大丈夫です。自分でできます」

「身体を動かすだけで右脇と胸や腕が痛むのだろう。無理はするな」

 そう言い、アマリの返事も聞かず、モローは手早く彼女の具足を外しはじめている。観念かんねんしたのかアマリはじっと下を向いたまま耳を赤くし、モローにされるがままになった。胴の下にアマリは鎖帷子くさりかたびらを着けており、それを静かに外すと戦いの前は白かったはずの肌着にまで、「山の者」の血が染みついていた。

「あの、……もう、大丈夫です」

 鎖帷子くさりかたびらをそろそろと脱がしていくモローにアマリは恥じらうように左手で胸を隠した。

「怪我の状態を見るぞ」

 そう言い、モローはアマリの肌着をめくった。彼女は裸の胸を見られまいとしている。モローは荒々しい感情の高ぶりを覚え、それを無理やり抑えていた。

 胸を覆っている骨をモローが探ると、アマリが苦痛の声を上げた。滑らかな肌の感触と同時に胸の骨が二本ほど折れていることが分かった。痛がるはずだ、恐らく「山の者」の打撃を真面まともに受けたのだろう、鎧を身に着けていたからこの程度で済んだのであるが、肌の下で血管が打撃で内出血し、やがて真っ青になるはずだ。

「骨が折れている。だが、折れた骨が肺に食い込んでいるように思えない。たぶん、大丈夫だが、暫くは痛みが続く」

 モローは捲り上げていたアマリの肌着を元の状態に戻し、まだ外していない脛当てといった具足を外しにかかっていた。

 自分ではひどい怪我だと思っていたらしい、胸の骨二、三本の怪我と聞き、アマリは安堵し、男の手で具足といえども脱がされている状態を恥じらいながらも、なぜかモローに身をゆだねね始めている。彼女の奥底から陶然とうぜんとした気持ちが湧き上がっていた。

「このような姿を、サフランという方がご覧になれば、何んと言うでしょうか」

 ガラムが言っていたサフランと言う女性の名をアマリは挙げた。彼女はサフランがモローの妻か恋人かと思っている。

「何と言うかな、気分は悪くするだろうが」

「奥様ですものね」

「いや、サフランは俺の娘だ、前に言わなかったかな」

 と事も無げにモローが答えた。

「お弁当をいつも持たせてくれるという娘さんですか」

「ああ、そうだ」

「そうなのですか」

 アマリの声が幾分、疑う調子を含み、血の気が失せていた顔にも赤みが加わったようだ。

「やはり、奥様は」

「今はいない、貰う予定もない」

 そう聞き、アマリは顔をさらに紅潮させ下を向いている。

「さて、先に湯を使うが良い」

 モローがそう言った。

「……一緒に入りませんか」

 上目使いで胸元を左手で隠したまま、アマリはそう誘った。

 アマリの乳房は人のこぶしよりも小さく控えめな物だが、細身ほそみの身体には、それが均整きんせいが取れて見え魅力的である。

「残念だが、それはアマリ殿の骨が治った時にしよう」

 モローは平然へいぜんとそう答えた。

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