第2話 再会
―発見―
姉の
その手段は
毎日のように前王と近い王族、貴族、親戚、そしてクド王を支持していた者たちが処刑され、王都であるタカキの
宮中の不安材料を排除したナウカワ公爵は鉱業で
そうする内に幾つかの新たな
王に
入ってみると洞窟内は広く、長大なものであった。暫くは真っすぐに延びていた洞内は、やがで小さく左に折れたが、すぐさま直線に戻る。そこからはどこまでも奥へと延び続けていた。
洞窟の形は見たこと無いような筒状で、硬質で滑らかな人工の石で壁は組み上げられており、
何かが洞窟を通っていたのではないかと思われた。
奥へと進んだところでさらに思わぬものを発見した。巨大な金属製の人工物が横転したように洞窟をふさぎかけていた。そして、その人工物の周りには二百体を超える人骨が
白骨の数十体はまだ衣装を身に着けていた。衣装は
新しい洞窟の発見の知らせを受け、ナウカワ公爵は本格的な洞窟探査の命を発した。
その洞窟は「
どうやら鉱物は発見できなさそうであったが、長い長い洞窟の先に僅かな明かりを見つけた山師たちと同じく洞窟調査に派遣された公国軍の先遣部隊は我先にエグと呼ばれる土地に足を踏み出した。
それが誤りであったことを、ナウカワ公国は後日嫌というほど思い知ることになる。
ナウカワ公国が送り込んだ探索部隊は二度と国に戻ってはこなかった。そして、探索部隊が戻らなかった代わりに、血に飢えた「山の者」がナカツに侵入するようになったのである。
―殺しの余韻―
巨大な灰色の馬であった。
足は太く、胴体も大きい。その馬は、モローの武器や家財道具を
馬車はナウカワ公国と亥之国を繋ぐ街道ではなく、山賊が
今居る所より東側を通る街道沿いには、小国のオスダ王国があり、このオスダ王国の街道と重なる国境は
それが
うねうねとした丘陵が続く土地だが、草原と森が延々と重なっており、治安も悪いためか人家は見当たらない。
モローが進む西側は山脈が横たわっていて、季節は
三十を超えたモローは殺しの
十三年前に
ガタガタとした荒れた道を進み、丘と丘の谷間で馬の休憩場所を見つけ、馬車を停めた。馬は疲れた様子は見せていないが、喉が渇いたのか泡を
「喉が渇いたか」
モローは汗をかいた馬の首を軽く叩いてやりながらそう話しかけた。
巨大な馬は優し気な瞳でモローを見つめ、叩いてくれた事が嬉しいのか、首を小さく上下させ、大きく鼻を鳴らした。
馬車から馬を外してやり、近くに流れる小川まで馬を連れて行った。
馬が小川の水を静かに飲み始め、その横でモローは同じように
数が増えたら悪さをして潜んでいる
馬を自由にさせたまま、日当たりのよい草地に横になると、モローは小川のせせらぎを聞きながらまどろみ始めた。
日が暮れた。辺りの枯れ枝を集めて火を起こし、干し肉と干し果物で簡単な夕食をモローは済ませた。春とはいえ暗くなるとさすがに寒い、彼は早々に馬車に乗り込むと毛布にくるまった。
馬が時折足踏みして草を
馬車の外では馬が同じように聞き耳を立てているようだ。静かにモローは馬車の床板をずらし、細身で片刃の剣を手にすると
気配が濃くなり始めていた。
少なくとも三人ほどの気配があった。気配は西の方から漂ってきている。そしてゆっくりと確実に近づいてきていた。馬車の
(三人ではなく六人か)
最初に感じた三人の気配の後ろに、もう三人ほどの気配が加わっている。
(
モローはそう思いながらも
辺りの
「それ以上、俺に近づくな」
身を
「……おめえ、一人か」
闇の底から、なんとも
「一人だが」
賊は自分たちの姿が見えないと思っている。そして多分、賊達はこの自分が見えているのだろうとモローは思っていた。奴らも
「馬車ごと荷物を置いていけば、見逃してやるぞ」
もちろん賊達はそんな気は持ち合わせてはいない、モローを八つ裂きにする気なのだ。
「馬鹿じゃないのか、それで俺が荷物をほいほいと渡すと思っているんじゃないだろうな」
と、モローは
それが誘いだとは感づかない賊の短弓がうなり、夜を走った。モローは刀を抜きざま、弓を両断し大きく
考えられない距離を跳躍し、着地した所は賊達の背後で弓を構えている男の前であった。着地しながら、弓の男を刀を切り下げた。
何が起こったのか分からぬ内に、男の身体が頭から二つに割れ、血がしぶく。
賊達が背後の弓の男が斬られたのに驚き一斉に振り向いたところを、モローはその間を
すべてを斬り終えた時、最後から二人目に斬った男が崩れ落ち、そして最後の男も変な唸り声を上げて転がった。その声から、男がモローに呼び掛けてきた奴だと分かった。
刀を構えたまま賊達の
(いかん、身体が
なかなか息は治まらない。足元から濃密な血の匂いが吹き上がっている。
賊達が皆息絶えているのを確認すると、モローは最後に斬った男が身に着けていた帷子のような衣装で、血に濡れた刃を拭い鞘に納めた。
馬の所に戻り、傷つけたであろう後ろ足の大きな筋肉の箇所を見ると、僅かに血が
「痛かったか、少し待っていろ」
そう馬に話しかけ、モローは馬車の中から薬などが入っている
「
馬はそうされても痛くないようで、モローの頭に鼻面をこすりつけて甘えてきた。
「髪はやめろよ、最近、少し薄くなってきたからな」
モローの長い髪に
死体が転がっているところで夜が明けるのを待つ気もしないので、少し早いが亥之国国境に向かうつもりにモローはなっていた。
馬を馬車につなぎ、手綱を軽く馬に当てると、元気よく歩き出した。傷が悪くなるのを気にし、モローは休み休み進むつもりだ。それでも夕刻には亥之国国境の街であるオクタに着けるだろうと思っていた。
賊の死体はそのままである。奴らを
無性に女を抱きたくなっていた。
―オクタ―
亥之国の北に位置する都市オクタは、国境防衛の最前線でもあり、かなり大きな街である。
人口は二万人ほどで、その約半数が兵士だ。そのため、街は酒場や売春宿が
厚く頑丈に造られた城壁を見上げながら、城門の番所で通行札を提示し、モローはその足で外からやってきた馬車などを管理する溜まり場で馬と馬車を預けた。
手近の酒場で酒と夕食を採ることにした。三日ぶりの文化的な食事である。
国境警備の兵士や各地からか流れてきたモローと同類のような男たちに
金を払い、のんびりと売春街に足を踏み入れた。木造で二階建ての宿が連なる道を歩き、客寄せの女たちの声を聴きながら、モローはどこに入ろうか迷っていた。
女なら誰でもいいのだが、病気を移されては
飾り窓に並ぶ女達の衣装も質素で、あからさまに
何かの
「お泊りでしょうか、
と男が
「泊りだ、水を浴びられる部屋はあるか」
「ええ、ございます。水ではなく湯でございまして。女はどういたしましょう」
「誰でもいい、あんたが
そう答えながら、モローは男に銀貨一枚を握らせた。銀貨一枚で女が数人買える、それを
「はいはい、では、可愛い女を向かわせますので、まずはお部屋でご休憩なさってくださいませ」
そして他の者に部屋を案内させるのかと思ったが、男が自ら案内してくれるようだった。
男について二階に登り、磨き抜かれた廊下の奥の部屋を案内された。部屋は意外に広く清潔で、部屋の四隅に油の充たされた
「お客様、湯はオクタの町はずれから
男が自慢げに説明した。
「分かった。先に湯に入るから、女は少し間を置いて寄こしてくれ。……ああ、それと酒も頼む」
「はいはい、承知いたしました。では、ごゆっくり」
そう言い残し、男は部屋を出ていった。
三日ぶりに身体と髪を洗うことができた。湯につかっているうちに身体の凝りがほぐれたのを感じながら、身体を拭いた布を腰に巻いたまま部屋に戻ってみると、まだ女は来ていなかった。
寝台に湯で温まった身体を横たえ女が来るのを待っていると、モローが湯から上がるのを
薄暗い明かりの中で、地味な顔つきで髪の長い娘だと分かる。
「お待たせ」
明るく張りのある声で、ぺたぺたと近づいてくるはだしの娘はベッド脇の小机の上に盆を置いた。彼女は胸と下の部分を小さな布きれで隠し、それを背中で結んであるだけで、ほぼ全裸である。
良く見ると布だと思っていたものが、白いごわごわした紙であることも分かった。
「サフランです。……お客さん、どこからいらしたの」
と注ぎ口の付いた壺から盃に白い酒を注ぎながら、女は自分の名を告げ、酒に満たされた盃をモローに手渡した。
「……ナウカワだ」
そう答え、モローは手渡された酒を一気に飲み干した。するとサフランという娘はベッドの上に移り、身体をモローに寄せてくる。
普段は結っているだろう長い髪が彼の方に流れてきた。彼女の胸は隠している紙で見えなかったが、なかなか形良く張っている。触るだけで傷つけてしまいそうな柔らかな肌の感触と、下腹部を覆っている紙から覗いたスラリとした
「お客さん、今夜は泊まっていけるんでしょ。……たくさん、
呂之国の女王であるシュリとは、
嫌がるかと思ったが、サフランの胸を紙の下から探ると、柔らかで反発するような膨らみと固くとがった乳首が感じられる。
「ハッ」と彼女が息を止めた。そのまま寝台に押し倒し、身体を乗せていく。少し
寝台の枕に顔を埋め、甲高い
二人して寝台に横たわった形になり、サフランがモローの胸に頭を預けてくる。
その様が、何故か何年もの恋人同士のような関係が感じられ、普段はしないが、モローはサフランの頭に手を乗せたのである。小さな形良い頭だった。彼女の記憶が流れ込んできた、その中に気になる一場面があった。
そのまま、身を起こすと彼はサフランの顔を覗き込む。彼の瞳にサフランは下から引きつったような微笑み返してきた。
(……この娘)
本能的にサフランの思念をモローは読んだのである。そしてモローの脳裏に映し出された彼女の思念には、頭巾を被った巨大な者がいた。
目深に被った頭巾に隠れ見えない顔が、
殺さないで、と思ったのが最後だった。彼女の記憶がそこで途切れているからだ。
(この娘、モクレン王女ではないか)
そうモローは思った。サフランの記憶に映し出された頭巾の男は明らかに自分だった。彼女の記憶はナカツノ国の国王夫妻を殺害した時の光景と一致している。
やはり、
(やはり、殺すべきだった)
そう思い、甘やかな匂いをさせているサフランからモローは身体を離し、仰向けに横たわった。
このような衝撃は、初めて人を殺した時以来だった。混乱と欲望、
「……ねえ、……どうしたの」
と急に身体を離してしまったモローにサフランは、身体を起こし彼の胸に身体を預けてくる。
「何か、いけないこと、した……」
そう言いながらサフランの指が、モローの下半身に降りていく。
「もう、いい」
彼女の手が優しく彼を撫でるのを感じながら、そう答えた。
「あたしは、一夜の妻や想い人としてお客さんに
サフランの指使いが激しくなる。
「お客さん、……もう一回抱いて」
変化のないモローに痺れを切らしたのか、サフランは長い髪をかき上げ、モローの右の乳首に吸い付いた。
―オスダ―
サフランの素性を知ったモローはその三日後、彼女を
この日の彼は、いつもの
「……なんでですか、急に身請けだなんて」
訳も良く分からず、僅かな手荷物を持って二階から降りてきたサフランはモローに気づかないのか、太った宿の亭主に尋ねた。何事かと覗きに来た他の
「ばかだね、当り前じゃないか、お前を気に入ってくれたんだよ、
でっぷりと太った身体を番台の大きな椅子に沈ませている宿の亭主が、遊女を買いに来た者たちが待つ長椅子に座っているモローを手で指し示した。
その男がモローであることを知ると、彼女は目を
「……お客さん、本当にあたしを」
とサフランは、
宿の奥から男が一人、一枚の紙を持ってくると、亭主の前の机においた。太った亭主は
「その娘の
亭主は満面の笑みを浮かべている。どうやら、本来の身請け金額を大幅に水増ししたのに気付いているのかいないのか、モローはすんなりと支払っている。
手渡された身請書を
「いくぞ」
とそう言い残し、モローはまだ
サフランは
宿の外に出ると、すぐ近くに彼の幌付き馬車があり、大きな馬がつながれている。モローはその馬車に向かっていて、馬は飼い主の姿を認めたのか、彼をじっと見つめている。
馬に近づいたモローはその首を軽く叩いてやり、まだ宿の前で立ちすくんでいるサフランを見返した。サフランに
「……あたしで
サフランはモローを見上げて尋ねたが、彼はそれには答えず、軽々と彼女の身体を抱え
宿からは宿の人間がぞろぞろと店の前に出てきていた。車輪止めを足で外し、軽く馬に合図すると馬は歩き出した。
宿の前を通るとき、遊女の何人かが「幸せになりなよ」とサフランに声を掛けてくれたが、余りの事で彼女はそれに応える余裕はないようである。まだ信じられぬ、不安げな表情を仲間たちに送るだけであった。
小刻みな振動とともに売春街を抜けると、サフランにも多少の余裕が出てきたらしく、見慣れた街並みであるはずなのに、ゆっくりと流れていく街の光景を珍し気に目をやるようになった。
「珍しいか」
宿を出て、初めてモローが口を開いた。
「いいえ、でも、こう高いところから見る街は初めて……です」
「そうか」
その声があまりにも優しかったので、サフランは思わずモローを見上げた。厳しい横顔に薄っすらと髭が生え始めていて、瞳は様々な方向に向けられているようだった。
やはり、それほど怖い人ではないようだとサフランは感じた。モローに抱かれた時も、行為自体は激しかったが、彼女の身体に加えてきた
「どうして、あたしなんですか……」
そう
「気に入ったからだ」
サフランは、そうか、これからこの人の
「……奥さんはいるんでしょ」
「いない。
彼はそうつまらなさそうに答えた。
(この人の奥さんになるのかな……)
そうサフランは思った。今まで人並みに女の幸せを望んでこなかった訳ではない、だが、自分の
けれども、こうして今、切れないと思っていた太い鎖から放たれたことで、何かが変わっていくのではと思ってしまう。
「わかった、……これからはお客さん一人だけを楽しませれば良いんでしょ」
「俺を楽しませる必要は、ないな」
そうモローが話した。
「……じゃあ、何をすれば」
「何もする必要はない、少なくとも今まで居た所でしてきた事はしなくて良い」
「そうなんですか……」
意味が分からない、自分に夜の務めを無くしたら、何も残らないとサフランは思った。
二人を乗せた馬車は城門を抜けた。この先、五陸里ほど街道を進むとオスダ王国の国境となる。サフランの記憶では、この城門を出たのは初めての気がした。
この日は良い天気で、緩やかな起伏のある道の左右には緑豊かな畑が延々と
畑の先には高い山々が望め、右手は海へと続く平地だが、少し高い所を街道が通っているため、僅かに海のきらめきが見えていた。
暫くの間、サフランは目の前の景色に気持ちを奪われていた。モローも馬を急がせる訳でもなく、ゆるゆると進んでいく。
「どこに行くんですか」
我に返り、サフランがそう訊ねた。
「オスダだ。そこに家を借りてある。そこで暮らす」
「あたしはそこで……」
「また、何をすれば良いかか聞くのか」
相変わらず厳しい表情をモローは崩さないが、口調に柔らかさが出てきていた。
「はい」
「そうだな、借りた家は畑付きだ、家に居る時は畑の世話とこの馬の世話をしてもらおうか」
すると飼い主が自分のことを話していると分かったのか、馬の左耳がこちらに向いた。
「……やれと言うなら一生懸命にやります。でも、したことないです、あたし」
「分かっている。何もしないよりした方が良いだろうということだ。したくなければ、しなくていい」
サフランを見つめるモローの目が、初めて笑みを湛えた。
「します、しますです。やらせてください」
彼女は両手を小刻みに左右に振りながらそう答えた。何だか変な
「これからは何をするのも自由だ。家に居たくなければ出て行けばいい、居たければいつまでも居るが良い」
久しぶりに自由と言う言葉をサフランは聞いた。なんて素敵な言葉なんだろうと彼女は自由と言う言葉を
「それで……」
サフランは言いよどんだ。
「なんだ」
「あたしはこれからあなた様を旦那様とお呼びすれば良いのでしょうか」
「
「はい……」
サフランは初めて彼がモローという名であることを知った。一体、どのような
やがて、丘の向こうに木製の柵が地形に沿って設けられ、木製の大門とこれまた木製で尖った屋根を持つ建物が見えてきた。オスダ王国の国境線と番所である。
大門では人や荷駄車が行ききしていて、大変な賑わいであった。王国は亥之国の領民に限ってほぼ自由に出入りするのを認めており、緩い同盟国といった間柄である。
国境の番所を通ると、再び
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