人の死が香ってきた

線香

季夏の帰路、懐かしい匂いが鼻腔を掠めた。線香の、ツンと煙る独特な、人の死の匂い。不思議なことにその匂いは、私にしつこくまとわりついた後、急に興味をなくしたように離れていってしまう。なんとも、猫のような匂いだ。

私が初めて人の死を見たのは、高三の夏だった。それも噎せ返るような暑さに、蝉すらも痛々しく泣き喚いていた盛夏。質素な田舎の葬儀場の一室、割れそうなほど白く清潔で狭いその部屋は遺体の保持のため酷く寒かった。その時の線香の匂いを、私ははっきりと記憶している。冷気に混ざるそれのずっと奥に、故人の匂いを感じたのだ。使用したものは、ごく普通の線香。だが確かに、あの時私は匂いの中に故人を見た。甘く懐かしい、哀愁の匂い。それに私は、深い安堵を覚えたのだ。見守ってくれていると、らしくも無いがそう錯覚した。

またどこかで線香が香った。哀しくも、心安らぐ匂いだ。腕に止まった蚊を潰すと、仄かな鉄臭さが涼しげな爽籟にさらわれていった。

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我が子 泣鬼 漱二郎 @Jiro-26

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