あなたは、いつ巣立つ。
ヒトの巣
日の暮れた頃、帰路をともにした友人と別れる。話題もほどよく燃え尽き、別れの挨拶に手をあげた。そうして彼は帰っていく。私と同じ時間から離れ、自分の生活へ帰っていく。私の知らない、彼の世界へ。
ふと疑問に思うことがある。なぜ、私以外の人間が生きているのか。一度分からなくなると、私の思考はそれに奪われ、私は私の知らない世界に生きる人間を思考せずにはいられなくなる。私が平々凡々と時間を生きている裏で、誰かもまた私とは違う時間を生きているのが気持ち悪いのだ。
時に私は、人間をロボットに錯覚する。あるいは、ごちゃごちゃした赤の臓物が詰め込まれた、粘土の芸術。目の前に存在する人間に“中身”はなく、私以外のこの人間を象った存在は、神に操られていると。だから私が起こした行動に、予想外の反応をされると動揺してしまう。それと同時に、そこで初めて、目の前の人間が空っぽでないことを知る。
ある日どこかで、こんな文言を見た。
「今この瞬間も、どこかで人が死に、どこかで人が生まれている」
確かに、そうだ。私の知らない所で、知らない子供は飢えて死に、知らない大人が戦に死する。平和を生きる老人は老衰で死に、嫌気がさした若者は世間に中指を立て空を飛ぶ。そしてまた知らない所で赤子が泣く。何も普通のことだ。だがそれが、私は酷く恐ろしい。
信号が青く灯り、プログラムされたように彼らが動き出した。彼らは今、何を考えているのだろう。私は今、彼らの目にどう映っているのだろう。すれ違った、濃い香水が混ざり合う匂いに、遂に私は発狂した。彼らの流れに歯向かい、不格好に走る。彼らの、視線。刺すような、それでいてどこか心地よい。
この世界は、巨大な巣だ。神に操られたヒトビトが詰め込まれ、〝中身〟が完成すると外界へ巣立っていく、ヒトの巣。
私も巣立ちの頃である。
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