第3話

「痛い!痛い!」

「じっとして!」

クスクスと笑い声が聞こえる。周囲にいる看護婦たちの笑い声だ。


白石は偶然、ある病室の前を通りかかり、声が聞こえて病室を覗くと瀧田医師が笑いながら患者らしき人物の頭を縫っていた。

頭を縫い終わった瀧田医師が患者を揶揄っている。

「お母さんに晴子ちゃんは頑張っていたと報告しておくから」

笑いながら言っているのは看護婦の真鍋だ。

白石は見てはいけないものを見たと感じて恐ろしくなり、急いで自分の病室に戻った。

この病院は異常だと思う。

県内の大学病院の医師、寺田は華園病院の瀧田理事長の案内で病院内を確認している。

上司である大学病院の部長に言われて調べにきていたのだ。

花園病院から転院してきた患者の体内から不自然な病原菌が見つかったのだ。

本来ならあるはずのない菌が見つかり、大学病院では花園病院内での感染を疑っていた。しかし花園病院の医師、瀧田は自分たちがその菌を見つけたと言ってきた。その為の調査だ。

さっきから看護婦の一人と何度も目が合う。

瀧田医師もこちらを気にしている。

何かあるのかはなんとなくわかるが詳しい内容までは分からない。寺田医師は苛立ちを隠せなかった。

寺田医師は該当患者のカルテを見せて欲しいと頼んだが、個人情報だと言われて見せてはもらえなかった。

その時点で何か隠しているようだと思ったがのらりくらりと躱されている。

瀧田理事長が看護婦に何か合図をしていた。

不思議に思い寺田医師は看護婦の後をつける。

看護婦が入って行ったのは処置室だ。

寺田医師は処置室に入って行き驚く。壁一面にホルマリン漬けの臓器が並んでいる。

通常ではあり得ないくらいの数だ。

寺田医師がいる大学病院でもこれだけの数はない。

「何かありましたか?」

いつの間にか瀧田理事長が背後にいた。

「これだけの量、どうするのですか?」

寺田医師はあまりの光景を目にしてやっとの思いで聞いた。

「実験ですよ」

瀧田理事長は問題無いとでも言うように簡単に答える。

「ですが、これだけの量を集めるには大変だったのでは?」

棚に置かれたホルマリン漬けの状態を見てまだ新しいものだと分かる。

「亡くなった方から譲り受けたものです」

「それにしても多くないですか?」

寺田医師は納得出来なかった。

しかし、瀧田理事長は何食わぬ顔で寺田医師の横を通り過ぎる。

「先生は苦学生で苦労されていたと聞いています。今も研究に使う資金繰りに苦労されているようで」

瀧田理事長が厚みのある封筒を寺田医師の胸の前に差し出す。

寺田医師の視線は封筒に注がれる。寺田医師は封筒に手を伸ばした。

「よろしくお願いしますね」

瀧田理事長はその一言だけ言ってその場を立ち去った。いつの間にか瀧田医師や看護婦はいなくなっていた。

後に残された寺田医師は封筒の中を見る。

数百万円は入っているだろう。これだけあれば学費の借金返済に充てる事ができる。寺田医師は周囲を見渡す。処置室には誰もいない。寺田医師は封筒をジャケットの中に隠した。

上司への報告は何もなかったと言えばわからないだろ。寺田医師は帰り支度をして花園病院を後にした。


「父に何をしたんだ!」

病院の入口で叫んでいる男がいた。

偶然歩く練習をしていた白石はその様子を見ていた。

警備員に取り押さえられてもそれを振り払って入ってこようとしていた男をそばで見ていた瀧田理事長がいた。

「うるさいな、黙らせろ」

瀧田理事長は近くにいた息子の瀧田医師に告げた。

瀧田医師は迷った。どうしようかと。あまり自分の手はかけたくないがそうも言ってられない状況だ。

仕方なく近くにいた看護婦の松原寿子に声を掛けた。

「あの人たちを会議室に入れて誰も入らないようにしておいてほしい」

「分かりました」

松原は理事長の手下だから瀧田医師の意図を察したのかすぐに動いた。

瀧田医師は知り合いの薬剤師、橋本奈緒美のところに行く。

「例の物を用意してほしい」

橋本に頼むと橋本は一瞬瀧田医師を見たがすぐ察してくれた。

橋本の準備が終わるまで瀧田医師はパソコンでカルテを確認する。

あの男の父親には記憶があった。数日前に亡くなって病院を出たはずだ。

「男性が75キロ、女性は52キロです」

突然看護婦の松原に言われて驚く

「どうして?」

「さっき、ついでなのでと言って測ってもらいました」

「そうか、助かった」

瀧田医師はそういうと薬剤師の橋本のところに向った。

目的の橋本を探していると相手から近づいてきた。

「75と52だ」

それだけ伝えると橋本は薬剤室に籠った。

瀧田医師はもう一度カルテを見る。

理由になりそうな事を探すと丁度いい内容を見つけた。

その直後、橋本がやって来て瀧田医師の白衣のポケットにある物を忍ばせる。

「ありがとう」

瀧田医師は礼を言って歩いて目的の部屋に入る。

先程まで騒いでいた夫婦に説明を始めた。

静かに聞いていた夫婦に瀧田医師は説明を続ける。

妻のほうは納得する様子が見えて瀧田医師は少し安心する。

気をよくした瀧田医師は説明を続けた。

「では食事や点滴で栄養がとれないから直接体内に入れる処置をしたんですね」

男性から言われた。

「そうです。以前奥様にも説明しました」

それだけ言うと妻の方は考えこむ。おそらく記憶を思い出そうとしているのだろう。

手術の説明が妻で良かったと瀧田医師は思う。これが男性の方ならこうも簡単に信じてくれなかっただろう。瀧田医師は自分の運の良さに気をよくした。

男性は妻を見ていた。その妻はまだ考え込んでいる。

瀧田医師は妻の様子を再度確認して部屋を出た。

部屋を出た所で看護婦の松原がいた。

「誰も入れない様に」

松原に伝えると松原は心得た様子で部屋の前に移動式のパーティションを運んできた。

瀧田医師はナースステーションの前にあるいつもの椅子に座って待った。

白石は歩く練習をしながらナースステーションの周りを歩きながら様子を伺う。

どれだけの時間が経ったのか部屋の中から声がした。

瀧田医師が白衣の襟を直して部屋に入るのが見えた。

「わぁ〜」

瀧田医師が部屋に入った直後、女性の泣き声が響いてきた。

松原が部屋に入って行くのが見えてその後、松原は女性を連れて部屋を出てきた。

その後に別の看護婦たちがストレッチャーを持って入って行くのが見えた。

看護婦たちは手慣れた様子で部屋から出て来て移動して行く。

瀧田医師は会議室から出て来ない。

白石は看護婦たちの後をついて行く。

看護婦たちはストレッチャーをエレベーターに乗せて一階に向かったようだ。

白石は瀧田医師や看護婦の動きに不審な点が気になり武藤に伝えた。

翌日、笹木から電話があった。

「白石さん、花園病院はやはりおかしいです」

「なにがおかしいんだ?」

白石は笹木の言葉に疑問に思う。

「花園病院から転院した患者ですが、花園病院の瀧田医師からは末期のガンだと言われていたそうです。余命宣告もされていて、もって半年だと。しかし、転院先の担当医が調べたところ、ガン細胞は見つかっていないと」

「あぁ?」

白石は笹木の報告を聞いて更に疑問に思った。

「どの病院だ」

白石が聞くと意外な答えが返ってきた。

「県外の大学病院です」

「県外?どうしてそんな遠くに」

笹木の報告に疑問を感じた。

「父親の転勤で引越しをすることになって、近い病院にしたかったと言っていました。

「転勤か…」

白石はその理由なら仕方がないかと思ったが、笹木のその後の話で更に疑問に思う。

「実は親族が最初、転院の希望を伝えた時、断られたそうです。しかし、後日別の医師に再度、願い出るとあっさり許可が出たそうです」

「その医師の名前は?」

「転院を断ったのは瀧田高雄で、花園病院の経営者で理事長の瀧田正光の息子です。転院の許可を出したのは、花園病院の従業員の医師、高梨医師です」

「転院を断られた理由はわかるか?」

白石は同じ病院内で意見が分かれる理由が気になった。

花園病院はリハビリ病院だ。がん専門ではない。それなのに転院を拒む理由が見当たらない。

「瀧田医師からは患者の身体に負担がかかると言われたそうです」

白石は笹木の報告を聞いて更に疑問に思った。

白石はどうして患者に嘘を言ったのか疑問に思った。

それに先日みた瀧田医師や看護婦たちの様子も異常だ。

本当に病院なのかとさえ疑問に思う。

看護婦や医師の雰囲気もどこか冴えない。病室の雰囲気も暗くて気味が悪い。

同じ病室の患者とその家族の話し声が聞こえる。

その話を聞いていると近いうちに転院するらしい。転院先の病院は県内の北側に位置する病院でここから車で二時間くらいかかる病院だ。大きな病院で有名なので白石もよく耳にする病院だ。

耳を澄ましていると別の患者も転院するらしい話をしていた。

この病院は入院患者が入って来ても一ヶ月もしないうちに転院して行くのだとわかった。

最初はただの偶然だと思っていたが、どうやら違っていて治療が出来なくて転院して行く事がわかった。

確かに病院のパンフレットやHPの医師紹介で出ているのはざっくりと内科と外科しか出ていない。専門医ではないのだろ。

それに病棟内を歩いているといろんな噂話も耳にする。

先日は患者の診断を間違えていたと聞いたし、薬の処方が違っていたとも聞いた。

白石は呆れてきた。

花園病院は医師たち全てにその能力がないのだ。それを隠して隠蔽しているのだ。

白石は一日でも早く転院したいが刑事の勘が騒ぐ。この病院に隠されているものを突き止めたいと言う衝動に駆られた。

白石は歩行器を引きながら病棟内の病室すべての患者の名札を携帯で写真を撮っていく。

病室に戻り、患者の名前と噂話を書き込んでいった。




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暁月の太陽 小手毬 @aoide

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