第2話

「あの夫婦は使えるんじゃないか?」

理事長が白衣の男に囁く。

「ですが…」

入院患者の関係者を引き込むのはリスクがある。できれば避けたい。

白衣の男はすこし困惑気味だ。

「こちらに任せておけ」

理事長はそれだけ言うと立ち去った。

白衣の男性の不安を勘違いした理事長は張り切って行く。金儲けに余念がない。理事長の頭の中は常に金儲けの事しか考えていない。病院経営なのに人命より金儲けが優先しているのを見ると嫌気がさしてくる。手術もそうだ。手術が必要でない患者にも手術を進めて大金を請求している。

どこまですればいいのか?

白衣の男性はその場に立ち尽くす。


「先生!」

看護婦に声をかけられて手術の時間が迫っていることに気がつく。

「今行く」

白衣の男性はそれだけ告げ歩きだす。

白衣の男性は肩を落とした。

逃げることも出来ない自分の状況に呆れる。

雇われ医師の宿命だ。理事長の息子、脇田隆夫は手術すらまともに出来なくて、手術の失敗もよくあり、その後始末をしなければいけない。理事長の息子で無ければとっくに辞めさせられている人物だ。毎日ナースステーションの前で踏ん反り返っている。その脇田が急にソワソワし出した。指導医の市民病院の医師がやってきたのだ。

駆け寄って必死になにかを聞いている。毎回の光景に冷めた視線を送るのは自分だけではない。看護師や薬剤師も同様の視線を送っている。

みんなわかっているのだ。あの医師には医者の資格などないことを。しかし、理事長の息子なので声を大にして言えないことも。あの医師の失敗の後始末は自分だけではない。看護婦も薬剤師もだ。先月はあの医師の失敗の責任を取らされて看護婦と薬剤師がクビになった。

だがここで止める訳にはいかない。医師は仕方なく重い足取りで担当患者の病室へ向かった。

病室に行くと患者はベッドで起きて座っていた。

「先日行った検査結果が出ました」

医師の言葉に肩を落とす患者は末期のガン患者だ。既に助からないと宣告されている。その患者に検査結果を伝えても気休めにしかならない。

それでも医師は結果を伝える。

「先生、私は後、どれだけ生きられるでしょうか?」

患者の質問に少し考えた。

「検査結果からでも特に悪化していませんので、先日お伝えした通りです」

医師の言葉に患者はため息をついた。

それ以上の質問は無かったので医師は部屋を出た。

看護婦が医師を待っていた。

手術の時間が迫っているのだ。

失敗したら責任を取らされるのはわかっているが、手術を待っている患者がいる。せっかく難関大学を卒業して医師免許を取得したのに何処で間違えたのか。後悔ばかりが出てくる。

医師は重い足取りで手術室に行く。


「夜運び出された遺体は無かったか?」

「昨日はありませんでした。先日、隣町で葬儀がありましたが、遺体は鑑識に回したら内臓の一部が無かったそうです」

「先日運び出された遺体の身元がわかりました。病院の入院履歴も確認済です」

白髪混じりの武藤は次々とくる報告を受けて手帳に書き込んでいく。

「警部、噂を小耳に挟んだんですが」

「なんだ?」

「月が真っ赤に染まる次の日、太陽が昇ると同時に黒いワンボックスカーが病院から出て行くのを何人かの近隣住民が目撃しています」

「車か。何処に行ったか分かるか?引き続き調べるように」

言うと喫茶店から出る。

残された人たちはそれぞれ喫茶店から出て行動をする。

武藤は高台の病院を見た。

病院の建物の奥にある焼却炉で何か燃やされているのか、煙が上がっていた。


「それにしても不気味な病院だな」

誰に聞かせるともなく紡いだ言葉だが、恐しくなってきたのでこれ以上考えるのをやめた。


「やはり、あの病院は何か隠していますね」

部下の言葉に気になる事があった。その為、部下に数人の政治家の名前を告げる。部下はすぐに察して動いた。

その政治家たちは少し前に病いで倒れたが奇跡的に生還したと話題の人物たちだ。知り合いの医師に聞いたが移植しないと治らない病だと言っていた。何あると刑事の勘が騒ぐ。

武藤は病院の地図を広げる。

先程、報告があった場所に印をつける。

関連しそうな場所にも印を付けてから地図を仕舞う。

次の捜査会議迄に考えをまとめておかなければいけない。手帳をもう一度見る。臓器がない遺体が増えている。それと臓器はあるが死因不明の遺体も増えている。武藤はため息をついた。

本当に解決するのかと不安になってきた。

医師は入院患者のカルテを見ている。

理事長からさっき言われた。

入院患者の親族から手術の同意が取れたらしい。今回の手術は腎臓摘出。移植する入院患者も既に準備している。

今度はどうなるか?医師は不安を感じる。先月は脇田隆夫が間違えて患者の動脈を傷つけてしまい。出血多量で死亡する事故が起きている。

後、どれだけこんな手術をしなければいけないのか?そんな考えが頭から離れない。

早く逃げ出さないと自分の人生もツム。しかし、動けない自分もいる。

理事長からあの夫婦から協力の同意を得たと連絡が入った。医師は驚く。あの夫婦は他の患者の手術後の後始末まで買って出たと言う。あの夫婦も金儲けに惑わされているのか?自分たちが何をさせられるのかわかっているのかと聞きたい。金儲けの為ならなんでもするってか?吐き気がする。やはり早くこの病院から抜け出さないと自分が、おかしくなる。

その頃、加藤は同じく潜入捜査員の看護婦から近日中に手術が行われるはずだと連絡を受けた。加藤は院内の地図を確認する。

一階の一番奥にある部屋。そこが問題の場所だ。中からは薬剤師一人と看護婦二人と自分。病院の外には十人の捜査員が待機している。


手術後の状況に応じてすぐ動けるように準備を進める。

加藤は外の捜査員と連絡を取り合って手術の日程を再度確認する。

看護婦は手術の準備に余念が無い。今までも色々あったといっていた。そのため準備を怠らない。

その色々あったと言うのは手術中や手術後に起こったことだ、人が亡くなることもあれば無事手術が終わる事もあるが大抵手術中に亡くなるらしい。

その原因も突き止めたいと加藤は思っている。その為にも手術室に入りたいが、それは他の捜査員からも危険だと言われ、いまのところ断念しているが、捜査に行き詰まり他に手が無くなれば加藤はそうするつもりだ。

念の為今回の手術もその方向で準備しておく。

病院内から運び出された物は袋に入っていて中身は分からなかった。

病棟の入り口で待っていたのは先日、手術の同意書にサインが出来ないと騒いでいた夫婦だ。

夫の方が病棟から運び出された袋を抱えて病棟の裏手に歩き出す。

その様子を息を潜めて見ていたのは捜査員たちだ。

袋を抱えて病棟の裏手までくると焼却炉に袋ごと入れた。

焼却炉の扉が閉められて火がつけられる。

焼却炉の煙突から白い煙が上がる。

暫くして夫婦はその場を離れた。

夫婦は病院の駐車場に止めてある車に乗り込んで病院を後にした。

捜査員たちは焼却炉の中から袋を取り出す。

火が着いているのをタオルや、もっていたペットボトルの水をかけて消す。

「早く鑑識に回せ!」

捜査員の一人が叫ぶ。

袋を開けて中身を確認すると、なんとか中までは燃えていなかった。捜査員たちは急いで待機させていた車まで運ぶ。

車が動きだすのを見送り、捜査員たちはため息をついた。

「あの夫婦はどういう事でしょうか?」

一人の捜査員が疑問を口にする。周囲の捜査員たちも同様の疑問を持っていた。

「中の捜査員に聞くしかないな」

一人の捜査員が言うがそれでも分からないだろ。捜査員は後日、あの夫婦を調べることにした。

「警部!昨夜の遺体はやはり内蔵が無かったそうです」

昨夜の捜査にあたった捜査員から報告を聞いて武藤は疑問にに思う。

あの夫婦はなんだ?

武藤は病院内にいる看護婦と薬剤師に調べるよう指示をだした。

別の捜査員たちがあの夫婦の周辺を調べているとある疑惑が出てきた。

頻繁に花園病院の理事長と会っていたのだ。

更に調べていくと金銭の受授も確認がとれた。





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