第2話
高梨医師が病室に行くと患者の村瀬尚樹はベッドで起きて座っていた。
「先日行った検査結果が出ました」
高梨医師の言葉に肩を落とす村瀬は末期のガン患者だ。瀧田医師から既に助からないと宣告されている。その村瀬に検査結果を伝えても気休めにしかならないだろう。
それでも高梨医師は結果を伝える。
「先生、私は後どれだけ生きられるでしょうか?」
村瀬の質問に少し考えた。
「検査結果からでも特に悪化していませんので、先日瀧田医師がお伝えした通りです」
高梨医師の言葉に村瀬はため息をついた。
先日、村瀬の家族から転院希望が出された。瀧田理事長からは転院させるなと言われている。しかし、高梨医師は転院を許可した。
それが自分が出来る精一杯のことだ。
村瀬尚樹は今、適切な治療をすれば助かる患者だった。
自分では治せないと高梨医師に丸投げして担当医である瀧田医師は逃げたのだ。
ほんの少しだけ生命が永らえるだけかもしれないが可能性があるのなら治療した方が良いに決まっている。高梨医師はそう考えた。それにこの病院は回復期と呼ばれるリハビリ病院でガン患者に必要な治療設備も整っていない。転院の許可を出さない方が間違っている。
患者からそれ以上の質問は無かったので高梨医師は部屋を出た。
高梨医師は重い足取りで手術室に向かう。
今夜の手術の執刀医は瀧田医師だ。それだけでも憂鬱になる。何事もなく手術が終わるだろうかと不安になってきた。
白石は病室の窓際に座り笹木から定期的に送られてくる捜査資料を見ていた。
深夜、またしても病棟から車が出てきている。
病院の敷地から出た車は猛スピードで走り去って行くのを白石は見ていた。
数日後、白石はリハビリ担当者と一緒に歩いていた。
脚を引きずっりながら歩く練習をしていた。 病棟の廊下をゆっくり歩いている。
時々リハビリ担当者に慰めの様な言葉をかけられる。
一体いつになったらまともに歩けるようになるのか白石は疑問に思う。
それでも少しでも早く仕事復帰をしたくて練習を重ねた。
深夜、白石は愚痴を言いながら歩いていた。
「皆んな手術しろって煩いんだよ。俺は元気だ!」
先日、手術の準備で髪の毛を剃ると言われた。
担当医の瀧田医師からは切るではなく剃ると言われたのだ。
白石は到底受け入れるはずもなく、逃げ出そうとしたが看護婦に捕まり失敗した。
その後、瀧田医師からこんこんと手術の必要性を説教された。
前の病院ではそんな事言われなかったのにどうしてかと疑問に思う。
白石は病室に戻り、すぐに親戚に連絡した。
今すぐ病院を変わりたいと。
親戚は納得してくれて、近日中に転院の手続きを取ってくれると言ってくれた。
白石は一日も早く退院出来るよう願う。
少しだけ心が軽くなって足取りも軽快になったような気がする。歩く速度も少し早くなった気がしてきた時、ガラガラと音が聞こえてきた。
白石はわざと人気のいない深夜に歩いていたが、不思議に思って近くの部屋に隠れた。
ストレッチャーで患者が運ばれて行く。
患者は同じ病室の男で村瀬だ。
村瀬は夕食までは元気だった。食事内容に文句を言っていたのを白石は聞いていた。村瀬は急に体調が悪くなったのだろうか?
ストレッチャーが入って行く部屋を陰から見ていた白石はその部屋に看護婦の出入が落ち着いてから廊下を歩きエレベーターの隣りにある非常階段を使って三階の病室に戻った。
ベッドに座り笹木から送られてきた捜査資料を見る。
入院している間に遅れないようしたいと思っていて内心焦りがあった。
窓際で椅子に座ると真っ赤に染まる月が見えた。不気味だと思うが明かりは月明かりしか無かった為、白石は紅く染まった月明かりで資料を読み込んでいると、朝方病棟から車が出て行くのが見えた。
白石は不思議に思う。
こんな時間に病棟から何を運び出そうとしているのか?
少し気になったが捜査資料が気になり白石はその後も捜査資料を読み込んでいるうちに眠ってしまった。
翌朝、目が覚めると太陽が昨夜の月のように紅く染まっていて少し怖くなった。
それに椅子に座って眠っていた為、身体の節々が痛い。
白石は立ち上がり大きく伸びをした。
ふと目にして村瀬のベッドを見るが村瀬はいなかった。
病室が変わったのか不思議に思ったが、村瀬の荷物は残っていた。
その日、看護婦がベッド周りを片付けていた。
村瀬は転院すると看護婦が話していた。その後、親族がやって来て村瀬の荷物を片付けていた。
白石はその様子を眺めながら羨ましく思った。自分はいつになったら退院出来るのか?
不安が襲い掛かる。
白石は歩く練習を兼ねてこの間の廊下に来ていた。
あの時は分からなかったが売店を見つけた。
缶コーヒーを買って売店の営業時間を確認していたら、側に病棟の案内図があった。
白石は何気にそれを見ていたらある事に気づいた。
周囲を見渡し、もう一度案内図を見る。
先日村瀬が運び込まれた場所は手術室ではなく処置室だとわかった。
どうして処置室に村瀬は運び込まれたのかと歩きながらぼんやり考えていると処置室から瀧田医師が出てきた。
瀧田医師の手には小さな瓶を隠すように持っていたのが気になった。
白石は処置室をもう一度見る。
近くまで行くと瀧田理事長が来た。
「白石さん、何かありましたか?」
「あっ、なんでもないです」
白石はエレベーターを使って病室に戻った。
病室で缶コーヒーを飲みながらどうして村瀬は手術室で手術しなかったのかと疑問に思う。それも転院が数日後に決まっているのに急いで手術をしないといけない事でもあったのか疑問に思った。
手術室なら別棟にある。そこに行くのは、2階と3階には別棟へ繋がる連絡通路があるのでいけないことはないはずだ。
白石はもう一度、一階の処置室まで行くと正面玄関が騒がしくなった。救急搬送された患者がいるようだ。
看護婦と救急隊員が患者を運んでいる。少し離れたところから眺めているとリハビリ担当の堀井から声をかけられた。
「白石さん、リハビリの時間です」
堀井につれられてリハビリ室に行く。
「白石さん歩く練習もほどほどにしてくださいね。脚の筋肉が固まっていますから」
堀井は脚先から腰まで念入りにマッサージをしてくれる。
確かに最近、暇さえあればよく病棟内を歩いていた。
それというのも1日でも早く職場復帰したかった。白石は周囲から取り残される不安を抱えていた。
白石は申し訳なく思えてくる。
自分の欲求のままに歩いてたが身体に負担が掛かっていたらしい。かなり長時間に及ぶマッサージの後は身体が楽になったのがハッキリ分かる。
「ありがとうございます。身体が軽くなったのがわかります」
「ところで何を探っているのですか?」
堀井に言われ白石は一瞬ドキリとした。
「何も探っていませんよ。少しでも早く職場復帰をしたいだけです」
白石が誤魔化すと堀井はニヤリと笑い、そうですかと言ってそれ以上追求してこなかった。
白石はつい癖で捜査の行動をしていたようだ。気をつけないといけないと思う。
白石はエレベーターで3階の病室に戻る事にした。
エレベーターが来るまで待っていると緊急搬送された患者の一人に蘇生治療が続いていた。
もう一人は処置室に運び込まれて行くのが見えた。
3階に着いてエレベーターを降りて病室に戻る途中、別の病室の前が慌しく看護婦がストレッチャーを運んでいくのが見えた。
白石は柱に隠れて様子を伺う。
ふと、考えた。
この行動が怪しく見られているのだと。周囲を見渡す。
こちらをみている人物はいない。
安心していると看護婦が患者を乗せたストレッチャーをエレベーターに乗せた。
行先階を見ると1階だった。
白石は気になったが自分の病室に行く。
夕食後、白石は窓際の椅子に座り、考えていた。気になる事は幾つかあるが確証は無かった。
考え事をしながら窓の外を見ていた。
どれくらいの時間がたったのかわからないが消灯時間がすぎて病室内も病室の外も薄暗く静かになっていた。
窓の外で灯りが見えた。
病棟から車が出てきた。
その車を見ていると病院の敷地を出ると猛スピードで走り去って行くのが見えた。
先日と同じ光景に不思議と思う。
翌日、白石が病棟内を歩いていると同じフロアーの別の病室から荷物が運び出されていた。
同じ病室の患者達が、会話をしているのが聞こえていた。
「昨日の夜、ベッドで運ばれていったけど、どうしたのかな?」
「体調が悪くなった様子もなかったよね」
「そうだよ、少し前まで話し声が聞こえていたから」
白石はその様子を眺めながら歩いていた。
そういえば、昨夜、運び込まれた患者はどうなったのかと考えていると別の病室の入り口の前で話している人がいた。
話の内容から昨夜の患者の親族だとわかった。
どうやら運ばれて行った患者は亡くなったようだ。
そういえば、昨日、救急搬送された人達はどうなったのか気になった。
病棟内を見て回ってみたがそれらしき新しい患者はいなかった。
体温と血圧を測りにきた看護婦に昨夜の救急搬送されて来た患者を聞いてみたら亡くなったと言われた。
二人とも亡くなったのかと思ったが看護婦からは昨夜の患者は一人だけだと言われた。
そんなはずはない。確かに咲夜見たのは二人だった。
白石は隣の病棟にも脚を伸ばしてみたが新規の入院患者はいなかった。
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