暁月の太陽
小手毬
第1話
「わぁ、待て待て!」
一人の男が騒いでる。その周辺には白衣を着た男たちと看護婦たちがいた。
晴子は立ち尽くす。
先程の男性は何を騒いでいたのか?
「橘花さんどうかされましたか?」
後ろから声をかけられて驚き振り返る。
「先程の男性は何を騒いでいたの?」
声をかけてきた看護婦に聞いた。
「手術で邪魔だから髪の毛を切るって言うと急に騒ぎだしてね」
医師だろうか。後ろから来た白衣の男性が、説明してくれた。
「格好を、気にして切られたくないそうです」
看護婦も教えてくれた。
「格好ね」
晴子はなんだと思った。
自分は先日手術をして坊主になった。格好なんか気にする時間さえ無かった。
緊急手術なのに妹夫婦は手術代が払えないとか、家のローンが払えなくなるからと手術の同意書にサインをしなかったらしい。その為、年金生活をしている母がサインをして、手術がしてもらえた。そうでなければ今頃私は死んでいたらしい。
母親には感謝しかない。
妹夫婦は御見舞いすら来ない。そういうやつだと納得する。アイツたちの目的は金しかない。
私の命が残りわずかと分かると私の貯金を調べて全額下ろしていたらしい。
更には私の部屋からパソコンや服などを持ち出して行ったと聞いた。
ダンナは半年前に仕事を辞めたらしい。その退職金は自分の趣味の車に使って家のローンが残ったままで、今はそのローンすら返済出来ない状況だと聞く。
一人息子の大学の学費は息子に払わせると言っているらしい。
だからか、家を出ないといけない状況なのだ。
あの夫婦に関わると碌なことがない。
旦那は今までお金が無くなると自分の両親にせびって生きてきた。その為、お金はあればあるだけ使ってきた。その生活は子供が産まれても家を買っても変わらなかった。あの旦那は恐らく一生変わらないだろう。
歩く練習の為病棟内を歩いているとこの間騒いでいた人がいた。
脚を引きずっている。どんな病気なのか?頭の髪を切るって言うことは私と同じ脳の病だろうか?
その人も歩く練習をしているようだった。
私は無言で歩く練習をしているとその人も、黙々と歩いていた。
時々辛そうな表情をしている。恐らく思うように足を動かせないようだ。気の毒に思うがこればかりは自分で乗り越えなければいけない事だ。晴子も左目が半盲で左横が見えない。でも正面は見えるのでそれで良いと思っている。
あの人も全然歩けない訳ではないみたいだ。晴子は心のなかで頑張れと呟く。
「いらしゃいませ」
「ホットとモーニングつけて貰える?」
「かしこまりました」
「だから、あの病院はなにかしているんじゃないか?」
「朝方黒いワンボックスカーが出ていくのを何度か見たぞ」
「救急車もよく入って来るよな」
「それほど大きな病院でもないのに救急車の出入りが多すぎないか?」
「まぁ、あそこは死ぬ人が行く病院だからな」
「そうだな。あの息子が医者だなんてわらわせるぞ」
「落ちこぼれって話だからな」
「そうだよ、息子の同級生は近づきもしないぞ」
「そんなにか?」
「やぶもやぶ、病気を治せないみたいだ」
「病気を治せないって?」
「元々それ程成績も良くなかったらしいからな」
「よくそれで病院経営ができるな」
「市民病院から指導医が来ているらしい。それで何とか回っているらしいが」
「じゃ、その指導医が来なくなったらお終いってことか?」
「そうなるだろうな」
近くに座る男性たちから聞こえる会話は何か恐ろしさを感じた。
会話に出ている病院はこの近くの高台にある病院のことだ。
昔からある病院で、その前は細々と病院をやっていたが最近建て直して新しく病院が出来た。
鬱蒼とした高台に立つ病院と言うことであまりいい噂は聞こえてこない。
なんでも、戦争で一儲けした人が息子の為に作った病院だと噂だ。
それだからか、金儲けの為に病院を作ったとか、病気を治せないとかの噂に死ぬ人がいく病院とまで噂話が広まっている。
喫茶店の片隅に陣取っていた白髪の男性は噂話に耳を傾けながら目の前の男に聞く。
「準備は大丈夫か?」
「薬剤師は先週から、看護士は今週から、加藤さんは今日からです」
「わかった。気をつけるように言っておけ」
白髪の男性は運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ。噂どおりの病院なら大問題だ。
あの病院で何かが起きている。既に数人から被害届けが出されていた。
それも、老衰で亡くなったはずなのに手術跡があったとか、腕の骨がないとかの遺体に異常が見つかったというものだ。
今回の捜査は大掛かりになる。早く解決することを祈祈った。
晴子は立ち尽くす。
晴子は踵を返して病室に戻る事にした。
深く考えるのはやめよう。考えても良くなるものでもない。妹夫婦には関わらないのが一番だ。
「あの夫婦は使えるんじゃないか?」
年配の男性が白衣の男に囁く。
「ですが…」
白衣の男はすこし困惑気味だ。余り手を広げたくないと言う思いだが、この病院の経営者でもある理事長には逆らえない。金儲けの為に今回はあの夫婦を使うつもりだろ。
「こちらに任せておけ」
理事長はそれだけ言うと立ち去った。
どこまですればいいのか。
白衣の男性はその場に立ち尽くす。
「先生!」
看護婦に声をかけられて手術の時間が迫っていることに気がつく。
「今行く」
白衣の男性はそれだけ告げ歩きだす。
逃げることも出来ない自分の状況に呆れる。
同期で入った医師は既に別の病院に転職してしている。
「大事になる前にお前も逃げ出したほうがいいぞ」
同期に言われた言葉を思い出す。
既に逃げ出せない状況だ。
理事長の息子も医師だが手術もまともに出来なくて何時も酒を飲んで赤ら顔で座っているだけだ。その代わりに自分が手術や患者の対応に追われている。
息子の為の病院だと噂は案外嘘ではない。医師免許はかろうじてとれたが知識も経験もまともにないので緊急手術は任せる事が出来ない。
その為、自分に全てまわってくる。逃げ出したいが、担当している患者のことを考えると安易にはやめられない。それが抜け出せない原因でもある。医師は重い足取りで手術室に向かった。
「夜運び出された遺体は無かったか?」
「今調べています。先日、隣町で葬儀がありましたが遺体は鑑識に回したら内臓の一部が無かったそうです」
白髪混じりの武藤はその報告を受けて少し考えた。
手元の手帳に書いてある病状と先程の報告を照らし合わせる。幾つかが一致する内容があった。
その前にも市内の葬儀社から身元不明の遺体が見つかっている。その捜査も進んでいない。どこからきた遺体なのかも分からずじまいだ。
それの捜査を急がせる。証拠が消される前に手に入れなければと焦る。
「警部、噂を小耳に挟んだんですが」
「なんだ?」
「月が真っ赤に染まる次の日、太陽が昇ると同時に黒いワンボックスカーが病院から出て行くのを何人かの近隣住民が目撃しています」
「何かあるな、車の行方を調べるように」
「警部、昨夜運び出された遺体は身元不明で引取り者がいない遺体だったそうです。それと今、鑑識から連絡がありましたが、やはり内蔵の一部が、無かったそうです」
「中に連絡していつ頃運び込まれたのか確認するように」
警部と呼ばれていた男性はそう言うと喫茶店から出る。
残された人たちはそれぞれ喫茶店から出て行動をする。
その内の一人は高台の病院を見た。
「それにしても不気味な病院だな」
誰に聞かせるともなく紡いだ言葉だが、恐しくなってきたのかこれ以上考えるのをやめた。
「やはり、あの病院は何か隠していますね」
部下の言葉に気になる事があった。先程、手帳を見ていて気がついた事だ。その為、部下に数人の政治家の名前を告げる。部下はすぐに察して動いた。
その政治家たちは少し前に病いで倒れたが奇跡的に生還したと話題の人物たちだ。何あると刑事の勘が騒ぐ。
なんでもいい、捜査の糸口になればと少しの期待をした。
操作本部はいつにも増して慌ただしかった。
先日見つかった、葬儀屋の遺体は華園病院から運び込まれた遺体だとわかった。
救急車で運ばれた証拠もあり、調べていくと華園病院で手術をしたが亡くなって、保証人がいなかった為、病院が葬儀屋に依頼をして保証人が見つかるまで預けたと言った。葬儀屋は預かっていたのを忘れてそのままになっていた。
その遺体も臓器の一部が無かった。捜査員たちはなくなった臓器の行方を探しているがまだ見つけられていない。
武藤は手帳から1枚の紙を出した。
華園病院の内部の図面だ。幾つか怪しい場所に印を付けてある。先程の報告にあった早朝の車の件から可能性のある病院内に印を付ける。
その場所は潜入調査に入っている人物にも伝えてある。これからどれだけの情報が集まるかは潜入調査員たちにかかっている。
あまり呑気なことも言ってられない。捜査本部にはまだ何件か、同様の話しがきている。
華園病院に何かあるのは分かるが証拠がない。今はその証拠を集めている。
「警部。昨夜運び込まれた患者は亡くなったそうです」
「病名はなんだったんだ?」
「脳梗塞だったそうです」
警部と呼ばれた武藤は手帳に書き込む。
「手術をする前に亡くなったと言う事か?」
「そうです」
「遺体はどうなった?」
「家族が葬儀の手続をしていて今頃葬儀社に運ばれる予定です」
「遺体を調べられないか、確認しておいてくれ」
武藤は指示を出した。
その後、潜入捜査の看護婦から連絡が入った。
昨夜運び込まれた患者の情報を聞き出した。
それでわかった事は運び込まれた患者は緊急手術中に亡くなった事がわかった。
それも遺体の一部が無かったそうだ。
武藤は手帳を見る。
無くなった遺体の一部に関わりのありそうな人物を探す。
数人が関わりがありそうだった。
捜査員たちに伝えて調べてもらう。
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