第5話 打ち解け

何駅か電車に乗り目的の焼肉屋に着いた。2人で顔を見合わせた後、唾を飲み込み階段を降りる。店内の席は前日個室で受付のあるロビーは明るすぎない照明に照らされ、クラシック音楽が流れており雰囲気からして高級そうだ。受付を済ませ、店員に個室へ案内される。途中の廊下には何やら高そうな絵画や壺などがいくつもあり、ほんとに自分たちがここに来てよかったのだろうかという気持ちになる。部屋に入り靴を脱いで2人で向かい合って座る。そしてメニュー表を見て2人で声が出ないくらい驚く。


「ねぇ、0が1つ多い気がするんだけど…」


「俺も同じことを思ったよ。これ夢じゃないよな?」


「…現実のはず」


部屋の雰囲気とメニュー表に書いてある値段のせいか、2人して緊張している。しかしこのまま何も頼まないわけにも行かないのでゆっくりと口を開く。


「飲み物から選ぼうか。」


「うん、竜之介は何にするの?」


「俺はこの高そうなウイスキーを使ってるハイボールにしようかな。礼衣は?」


「レモンサワーにしようと思ってたんだけど、見当たらないから私も竜之介と同じのにする。」


「わかった。苦手だったら俺が飲むよ。」


「ありがと。サラダとかはどうする?」


「せっかくだから高い肉をたくさん食べたいかな。」


「確かに。じゃあタンとカルビと…」


「あ、ハラミも食べたい。」


「分かった。とりあえずはこれくらいでいいんじゃない?食べきれなくても困るし」


礼衣の言葉に同意の意味を込めて頷き、注文用のタブレットに入力をしていく。


「キムチとかの副菜は欲しいな。」


と礼衣が向かい側から手を伸ばし入力をする。そして送信ボタンを押し、注文したものが届くのを待つ。

待っている間、礼衣が何かを話したそうにしているが、雰囲気のせいか言い出せないようだ。こちらから聞こうかとも思ったが、食べ始めれば緊張も解け、話し始めるだろうなどと考えていると飲み物とキムチが届いた。受け取りお互いの顔を見る。


「お肉はまだだけど飲もうか。」


礼衣がそう言ってグラスを掲げる。それに合わせ俺もグラスを掲げ


「「乾杯」」


2人で静かにそう言ってハイボールを飲む。そこそこな値段なだけあってすごく美味しい。緊張で味がしなくなるかと思ったが、美味しいものはやっぱり美味しい。そのまま何口か繰り返し飲んでいると


「竜之介…」


礼衣の一言で我に返る。そういえば礼衣はお酒を飲むのは初めてと言っていたが大丈夫だろうか。心配しながらゆっくりと礼衣の方を見る。すると彼女は


「これすっごく美味しい!」


と満面の笑みで言い放った。礼衣のその一言を聞き安心する。


「よかった。けど度数けっこう強いから飲み過ぎないようにね。」


「はーい」


俺の警告を無視して礼衣はかなりのペースで飲み、グラスの半分はもう無くなっている。まだ顔は赤くなっていないし、ふらついてもいないのでそこまで酔ってはいないようだ。などと考えながら自分も飲んでいると肉類が届く。

まずは2人で丁寧にタンを網の上に乗せていく。タンを並べ終わると、端の方の余ったスペースに付け合せの野菜を並べ、焼けるのを待つ。

待っている間も礼衣はハイボールを飲み続けついに1杯目を飲み干す。そしてすかさずタブレットで同じものを注文する。礼衣の2杯目のハイボールが届いたあたりで焼いていたタンがいい感じの色になっている。


「これ、そろそろ行けそうじゃない?」


待ちきれなさそうに箸を持ちながら礼衣が聞いてくる。


「それじゃあ食べようか。」


そうして2人でタンを口へ運ぶ。口に入れ1口噛んだ途端肉汁が溢れだし、コリコリとした食感が噛むスピードを緩めさせてはくれない。そしてあっという間に1枚目を食べ終わり、2枚目も口へ運ぶ。ちらりと前を見ると、礼衣もほぼ同じタイミングで2枚目を口に運んでいた。2枚目を食べ終わったタイミングでハイボールを口へ流し込む。ここまで来ると値段のことなどどうでも良くなっていた。おかわりのハイボールを注文してひと段落ついていると礼衣と目が合った。


「ごめん、美味しすぎて喋るのを忘れてた。」


「ううん、私も同じだから大丈夫。それよりもすごいね、これ。」


「うん、最初届いたときはあの値段で4枚だけ?って思ったけど食べてみて納得したよ。」


「私こんなに美味しいもの食べたの初めてかも。」


2人で感想を言い合いながら空いた網の上へカルビとハラミを半分ずつ並べていく。


「野菜もそろそろ良さそうだよ。」


「ほんとだ、しいたけもらうね。」


「なら俺はピーマンもらうよ。」


礼衣がしいたけを、俺がピーマンを口に運ぶ。肉ほどの衝撃はないが、野菜もかなり美味しい。新しく届いたハイボールを飲んで落ち着いていると


「竜之介って、嫌いな食べ物とかあるの?」


定番の質問を礼衣がしてきた。少し考え込み


「これだけは絶対食べれないっていうのはないけど、生の魚が少し苦手かな。」


「そうなんだ。少し以外かも。」


「どうして?」


「お酒好きな人ってお刺身とかも好きなイメージが強いから。」


なるほど、確かに刺身を食べながらビールや日本酒などを飲んでいる動画は見たことがある。


「焼いてある魚とかは食べること多いよ。生特有の臭みとかが苦手だから。」


「生魚って独特の風味あるもんね。」


礼衣もそう言って同意する。


「礼衣は嫌いな食べ物あるの?」


自分だけ話すのも何か違う気がしたので聞き返す。


「うーん、すごく嫌いっていうのはないかも。強いて言うなら…トマトかなぁ。」


「結構苦手な人多いよね。ケチャップとかもダメなの?」


「ケチャップとか加工してあるものなら平気。ピザとかは大好きだよ。」


「ピザの他に好きな食べ物とかあるの?」



そんな他愛ない話を何度か繰り返す。かなりの時間が経った。俺も礼衣も何杯飲んだか分からないほど飲んでおり、顔には出ていないがかなり酔っている。俺も礼衣も酔うと口数が減るタイプのようで、静かな空間になっている。肉もかなりの量を食べお腹いっぱいなので、そろそろ店を出てもいいのかもしれない。


「そろそろ出ようか。」


「うん…」


そう言って立ち上がると、2人してふらついていた。おぼつかない足取りで受付へ向かい、会計をする。


「は、85000円…」


注文している時礼衣が「合計金額は最後のお楽しみにしようよ。」と言っていたので、途中の金額等は一切見ないようにしていた。予想以上の金額に驚く俺の横で、お楽しみと言い出した本人はぼーっとしている。


焼肉店を出てまずはコンビニへ向かう。水とお金を下ろすためだ。二日酔いを防ぐために買った水を礼衣に飲ませ、少し休める場所を探しながら歩いていく。夜になると10月ということもありかなり涼しく風が心地よい。出会った頃とは違い、長袖の服を着ている礼衣も風が吹くたび気持ちよさそうにしている。半袖だと少し肌寒いだろうから長袖を買っておいて正解だったようだ。


気がつくと、歩き始めた場所にたくさんあったビルや飲食店は見当たらず、民家ばかりの住宅街にいた。小さい公園を見つけベンチに腰掛ける。スマホを見ると時刻は夜9時を過ぎており人通りはほぼなく静かだ。そういえば、礼衣はどこに住んでいるのだろうか。もし出会った場所の近くに住んでいるのなら終電がなくなり帰れなくなってしまう。ご両親も心配するだろう。この心地よい空間が終わるのは名残惜しいが、礼衣に問いかける。


「もう夜も遅いけど、帰らなくて大丈夫?」


礼衣が少し悲しそうな顔を浮かべ考え込む。

少し時間が経った頃、礼衣が口を開く。


「うん、今日は帰らなくて大丈夫。竜之介と一緒にいるよ。」


「ご両親に連絡しなくていいの?」


「何も言ってないけど大丈夫。竜之介こそ大丈夫なの?」


一人暮らしとかをしているのだろうか。大学生にも見えなくは無いので、もし一人暮らししていたとしても不思議ではない。


「俺はしばらく旅行に行くって言ってあるからしばらくいなくても怪しまれないよ。」


本当は何も言わずに家を出てきた。正確には起きた時には両親は仕事に行っており、何も聞かれなかっただけだが。


「そう、ならこの後行く場所を見つけないとね。」


そう言って礼衣は立ち上がり、ほら行くよ…とでも言うように手を差し出す。礼衣の手を掴み立ち上がる。そして2人で今よりも騒がしい場所を目指して歩き出した。









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空の晴天 たっつー @nyatora58

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