第4話 初めての原宿

電車を乗り換えると今までとは変わって、一気に人が増え、都会の満員電車を思わせる。スマホを見ると、時刻は午後6時帰宅ラッシュ真っ只中だ。礼衣をちらりとみると、人の多さに困惑しているようだった。


「礼衣、大丈夫か? 俺から離れないようにしろよ。」


「うん…不安だから手繋いで。」


そう言って礼衣は手を差出してくる。少し恥ずかしがりながらも優しく、それでいてしっかりと礼衣の手を握りしめる。そしてそのまま何駅か乗っていると最初の目的地に着いたため、電車を降りた。


「やっとあの狭い場所から解放された。ここは…?」


電車を降りた礼衣はそう言って必死に周りを見渡している。


「ここは原宿だよ。聞いたことくらいあるでしょ?」


そう、ここは原宿。まずは礼衣の服を買う場所としてここを選んだ。ここであれば、服類の大抵のものは揃うと考えた。


「原宿ってあれだ! 若者の町ってやつ!」


「いや、俺達も十分若者だから…」


とついついツッコミを入れたが、実際に俺も来たのは初めてなので、礼衣と認識は同じだった。


「最初はどこに向かうの?」


「色々調べたけど、竹下通りじゃないかな。なんでも揃ってそうだし。」


そう言って改札を出て歩き出す。平日の夕方の原宿はさっきまでの電車ほどではないにしろ、人混みと呼ぶには十分なほどの人で溢れかえっていた。


「ん」


そう言って礼衣は恥ずかしがりながら再び手を差し出してくる。確かにこの人数ならば迷子になるのを防ぐためにも手を繋ぐなどの方法を取った方がいい。仮に礼衣とはぐれようものなら、礼衣はスマホを持っていないため、この人数から見つけ出すのはほぼ不可能だ。などと考えながら先程と同じように礼衣の手を握る。


「わぁー、いい香り」


竹下通りに入った直後、そう言って礼衣はまた周りをキョロキョロと見渡す。周りには服や雑貨、アクセサリーのお店はもちろんのこと、いくつか出店のようなものも見える。ぱっと見た感じ、韓国の食べ物が多いように感じた。韓国ブームの影響だろうか。アイドルなどのポップアップストアもいくつかある。屋台で他の人が買っている食べ物の大きさと料金を見比べ驚いていると、


「ねぇねぇ竜之介、あれ食べたい!」


そう言って礼衣が指さしたのは、韓国のチヂミという料理だった。お金には余裕があったが、原宿には服を買いに来たのだし、この後別の場所に焼肉を食べに行く予定がある。


「あれ食べたら焼肉入らなくならない?」


「確かに。」


そう言って少し落ち込みつつも、我慢我慢…と礼衣は呟く。


「意外と海外の人多くて、日本じゃないみたいだね。」


そう礼衣に言われると確かに、日本人と同じくらい外国人がいることに気づく。観光客はもちろん、お店の店員の人にも外国人っぽい人が何人かいるようだ。日本にいるはずなのに、海外にいるような錯覚に陥りそうだ。


「あ、あそこのお店みたいだよ」


そう言ってあらかじめ電車内で調べておいた洋服店を見つけ入る。

コンビニと同じくらいの広さの店内には、何組かのカップルと女子高生くらいの若い女性の客が10人ほどいてそこそこ混んでいた。はぐれないように手は繋いだままにしておく。礼衣も同じことを考えていたのか、握っている手の力が少し強くなる。店内を見て回りつつ、スマホの画像と同じ服を探す。


「これ、可愛い。」


歩きながら見つけたマネキンの方へ近づいて礼衣が呟いた。マネキンは白いシャツの上に黒いワンピースを着てバケットハットをかぶっている少し大人っぽい服装だった。ワンピースなど少し可愛い雰囲気の洋服をイメージしていたが、こんな感じの少しクールなのも確かに礼衣に似合いそうだ。


「調べていたやつに加えて、これと同じ服も探して試着してみようか。きっと似合うよ。」


そう伝えると礼衣は少し照れくさそうに頷き、上機嫌で服を取りに行った。そこそこの量になると考えたためカゴを取りに行き、何着か持ってきた礼衣と合流し試着室へ向かう。

試着室の前に着くと、店員に少し不思議そうな顔をされた後案内された。確かに礼衣の服装はこの季節にしては少し季節外れと言えるものなので、洋服のプロからしたら不思議だろう。そんなことを考えながら礼衣が着替えるのを待っていると、試着室のカーテンがゆっくりと開く。


「ど、どうかな…?」


照れくさそうに頬を赤くし、少し俯きがちに礼衣が聞いてくる。礼衣が着ているのは写真で調べていた服装と同じものだった。実際に目の当たりにすると、想像以上に似合っていて言葉が出てこない。そんな俺を見て礼衣が少し不安そうな表情を浮かべる。


「似合ってなかったかな…?」


その声で我に返り、慌てて訂正をする。


「い、いや!すごい似合ってる!ただ、似合いすぎてて言葉が見つからなくて…」


あたふたしながら一生懸命訂正する俺を見て礼衣は嬉しそうに笑う。


「ふふ、ありがとう。それじゃこれ買ってもらってもいいかな?」


「もちろんいいよ。他のも着てみたら?」


「うん、そうさせてもらうね。」


そう言って礼衣は更衣室のカーテンを再び閉める。礼衣がカーテンを閉め切ったのを確認してからしゃがみこむ。


「あれは、反則だろ。」


手で顔を隠し、閉じたまぶたの裏には先程の礼衣の姿が焼き付いている。写真の時点で似合うと思ってはいたが、想像以上だった。可愛い雰囲気の服は礼衣と相性がいいようだ。気分を落ち着かせるため少し店内を歩き回る。

夜7時と夕飯時になったからか、店内にいる人は少なくなっている。更衣室に戻ると着替え終わった礼衣が待っていた。


「どこいってたの?」


「いや、ちょっとね。」


少しはぐらかすようにして伝えた。


「ふーん、まぁいいや。ねぇねぇこっちはどうかな?」


「それもすごく似合ってるよ。こっちは大人っぽい感じがする。」


「えへへ」


正直な感想を伝えると礼衣は嬉しそうにしている。礼衣が着ているのはマネキンが着ていたものと同じ服だ。さっき着替えていた服に比べ、黒いワンピースが大人っぽく感じさせ、可愛いというよりは綺麗という印象だった。


「満足した?」


「うん、ありがとう。」


そう言って礼衣は再びカーテンを閉める。会計に進むために、元々着ていた白いワンピースに着替えるためだろう。


そうして着替え終わった礼衣とレジに向かう。


「ねぇねぇ、せっかくだからこれお揃いで買おうよ。」


レジに向かう途中でブレスレットを持ちながら礼衣が言い出した。もちろん、お金に余裕はまだあるし断る理由はない。


「いいね。色は少し違うのにする?」


「ううん、同じのがいい。」


「わかった。ならそうしよう。」


と、礼衣が試着した服にブレスレットを2つ加えレジへ向かい会計を済ませた。店を出て礼衣に問いかける。


「どこかで買った服に着替える?」


礼衣は少し考え込んだあと、


「うん、せっかくだから駅のトイレとかで着替えようかな。どっちを来て欲しい?」


意地悪そうな顔で礼衣が聞いてくる。正直どっちも似合っていたのでどちらも見たいというのが本音だ。だがどちらか選ばないと行けない空気だったので、渋々ワンピースを選択する。


「焼肉でいっぱい食べるだろうから、ワンピースでいいんじゃないかな。」


そう伝えると礼衣は少し不満そうな顔をした。


「そんな合理的な理由じゃなくて、私は竜之介の気分を聞いてるの。」


なるほど、女心というのは難しい。


「どっちも似合ってるから五分五分だったんだよ。だから理由のあるワンピースの方をリクエストしたんだ。」


結局全て話すことになってしまった。


「そう、ならいいけど。」


なんとか許して貰えたらしい。

駅に着き、礼衣が着替えて出てくる。礼衣が何かを言ってほしそうに上目遣いでこちらを見てくる。


「すごく綺麗だよ。」


照れながら伝えると、礼衣も顔を真っ赤にして小さくありがとう、と呟いた。2人して気まずそうに顔を逸らしたあと、はぐれないようにと手を繋ぐ。そんなことをしていると電車が来て、最初で最後の原宿を後にした。電車の中で繋いだままの2人の腕には同じブレスレットが着いていた。


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