第3話 道すがら

礼衣に手を引かれるまま、数十分歩いた。その間特に会話をする訳でもなく、礼衣はずっと聞いたことがあるようなそうでないような歌を口ずさんでいた。そして来る時に降りてもう来ることは無いと思った駅に着いた。歩いている人も駅員すらも見当たらないような田舎の駅だった。ここまで歩いて来る中で浮かんだ質問を礼衣に投げる。


「ねえ、礼衣って何も持っていないように見えるけど交通費は持ってるの?」


そう、カバンはおろかポーチすら持っておらず、白いワンピースを着ているだけの少女だったことに気がついた。


「持ってないよ。でも竜之介が持ってるから。もしかして、今持ってるだけじゃお店まで行くのに足りないの?」


礼衣は少し不安そうに聞き返してきた。


「2人で都内に行くくらいは足りると思う。もし、足りなそうな場合は途中で降りてコンビニとかでお金を下ろせば大丈夫。」


「そう、ならよかった。」


礼衣がほっとしたように息をつく。別にこの辺りにも探せばコンビニくらいあるだろうからお金に関してはどうとでもなる。ただ、都内まで行く道のりが分からなかった。というのも、人生を終わらせるために出かけたため、家を出る前に行先を決めていた訳でもなく、ただ適当に来た電車に乗っていたらこの駅に辿り着いていた。なのでまずは行き方を調べるために自分のスマホでアプリを開き、銀座への行き方を調べる。調べている間、礼衣は俺の金で自動販売機で買ったジュースを飲みながらまた同じ歌を口ずさんでいる。

そしてひとしきり調べ、お金が足りることと、乗り換え駅の確認を済ませると礼衣と2人分の切符を買った後、2人で改札をくぐりホームの椅子に腰掛ける。電光掲示板がないので、壁に貼りつけてある時刻表で次にくる電車の時間を確認すると残り30分もあるらしい。

虫の声と風の音、そして礼衣の口ずさんでいる歌だけが聞こえる。どこかで聞いたことがあるような気がするのだが思い出せない。

そんな空間が5分ほど続いた後、礼衣が口を開いた。


「焼肉だったらどの部位が1番好き?」


真剣な声色でくだらない質問をされ、思わず笑みがこぼれる。


「タンかホルモンかな。どっちもお酒に合うから好き。」


と本心で答える。


「私もタン好き。でもお酒は飲んだことがないから分からない。」


確かに見た目は18歳くらいでお酒を飲んだことがなくても不思議ではない。


「だから、今日は竜之介が私にお酒の味を教えてね。」


と少し意味を含んだように言った。


「教えてって言われても、お酒ってすごい種類があるから難しいよ? 好みのお酒を見つける前に酔って潰れちゃうんじゃないかな。」


「なら竜之介が普段飲んでるものを私も飲みたい。」


「俺が飲んでるのは結構好き嫌いが別れるからあまりおすすめはしないよ。」


そう、自分ではウイスキーをよく飲むが、友人には苦手な人も多く、お酒は特に好みが別れることをよく知っている。


「なら、何がおすすめ?」


「初めてお酒を飲む人におすすめなのは、レモンサワーとかのサワー系かな。ジュースの延長線上って感じでそこまでアルコールが強くないものが多いし。」


「じゃあ最初はそれがいいな。他にお肉に合うお酒とかあるの?」


「タンだとさっきのレモンサワーとかが特に合うよ。ホルモンとか脂が多いものにも合うね。」


「レモンサワーって万能なんだね。」


「そうだね。癖が少なくてさっぱりしてるから合う料理は多いかな。」


そんなことを話していると2両編成の電車が来た。思ったより時間が経つの早かったな、と思いながら電車に乗る。電車内の同じ車両には人はおらず、隣の車両に3人ほど乗客がいた。


「ここから東京までは3回くらい乗り換えて大体2時間くらいかな。」


「結構遠いね。」


「まずはどこに行こうか。その服だと夜は寒いだろうし服でも買いに行く?」


礼衣の半袖のワンピースを見ながら問いかける。まだ暑さが残っているとはいえ、夜は少し冷えるだろう。


「買ってくれるの?」

と上目遣いで礼衣が聞いてくる。


「別にいいよ。どっちにしろお金は全部使うんだろ?」


「ならお言葉に甘えて。ありがとう。」


礼衣はにこりと笑うと再びあの歌を口ずさんだ。

そして何分か経った頃、礼衣が嬉しそうに聞いてきた。


「ねぇねぇ、私に似合う服ってどんなのかな?」


「礼衣に似合う服…」


少し考え込む。礼衣は顔に幼さは残るとはいえ、身長は165cmほどあり服装次第では大人っぽく見せることも出来るだろう。自分で考えても埒が明かないと思い、スマホを取り出しいくつかの画像を調べる。


「これなんかどうかな。」


礼衣が目を輝かせながらスマホの画面を覗き込む。


「結構大人っぽくない?」


そうかな…と呟きながら他の画像を礼衣と一緒に探す。


「これ私に似合うと思わない?」


と礼衣が言い出したのは、白い長袖のワンピースの上にカーディガンを羽織ったコーディネートだった。


「確かに似合うと思う。」


少し照れながら、正直な感想を伝える。そんな俺の姿を見た礼衣がニヤニヤしながら追い打ちをかけてくる。


「こういう服装、竜之介は好み?」


好みと言われても、自分の服装ならともかく女性の服装の好みは考えたことが無かった。髪型なら友人と話したことはあるが。そこで、自分なりの考えを伝える。


「好みって言われても、着る人によって変わると思う。でも、この服装は礼衣に間違いなく似合うよ。」


「えへへ、ありがと。」


と今度は礼衣が照れくさそうに答えた。

気づけば周りには他の乗客が何人か乗っており、徐々に人がたくさんいる方へ近づいていることを感じさせる。


「次の駅で乗り換えるよ。」


そう伝えると礼衣は頷き、


「最初に1度見ただけなのによく覚えていられるね。」


確かに、最初に調べた以来もう一度調べたりはしていない。ただ、今までもそうだったため言われて初めて気がついた。


「割と記憶力はいい方なのかも。昔のこととかも結構覚えてるし。」


「昔の竜之介!? 知りたい!」


と食い気味に礼衣が身体を寄せてくる。

しかし、


「残念、乗り換え駅に着いたからまた今度ね。」


と話をはぐらかす。自分自身でも昔のことはなるべく思い返したくは無いというのと、礼衣に昔の自分を話して幻滅されるのが少し怖かったからだ。

そして電車を降り、次に乗る電車が来る別のホームへ向かった。


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