第20話 言葉を重ねて

「待ってましたよ夕陽さん」

 どうしてここに冬弥君がいるのか。

 私は確かに秋穂からこの公園に来るように言われた、そんな状況では誰もが秋穂が待っていると思うだろう。それがどうして冬弥君なの……。

「夕陽さん?」

 私が理解できない状況に硬直していると、冬弥君は心配したような声で私を呼ぶ。

「えっと、どうして冬弥君がここに?」

 まだ平静を保てる状況ではないが、とりあえずこの疑問だけはどうしても解消しておきたかった。

「あれ、秋穂さんから何も聞いてないんですか?」

「何も聞いてないけど……」

 そう伝えると冬弥君は驚きの表情を取っていた。

 聞くところによると急に秋穂から連絡が来て、ここの公園へ十時に来るようにと言われたらしく、学校があるからと言ったみたいだが私が来ると聞き学校をさぼって来たみたいだった。

「なんでさぼってまで来たの?」

 私が来ると聞いてからここに来ることを決めたみたいだが、なんであんなことを言った私にそこまでして会いたいのだろうか。

「それは、」

 そこで止まったので何かと心配するのだが、顔をキリっとさせ何かを決意したような感じで口を開く。

「春香さんに、会うためです」

 私に会うため……。

「今、なまえ」

 聞き間違えでなければ私の名前を呼んだ気がする。

 今まで苗字だったのがいきなり名前で呼ばれ、異性から呼ばれ慣れていない私は理解するのにちょっとしたタイムラグが発生した。

 私の動揺した顔とは裏腹に、ただ真っ直ぐと見つめる冬弥君。

 だがそれも次第に崩れていき、だんだんと年相応のテレ顔を見せ始める。

「その、いきなりすみません」

 恥ずかし気に呟く冬弥君を見た私は先ほどまでの動揺を忘れ、気持ちが整理されたように落ち着き始めた。

「全然気にしてないよ、そうだ飲み物あるけど、飲む?」

「……はい、いただきます」

 そうして私は秋穂用に買っていた缶コーヒーを冬弥君に渡した。

 苦悶に満ちた表情のまま受け取った冬弥君。

 私も自分用に買ったココアを取り出し、冬弥君が座っていたブランコの隣に座る。

 缶を開ける音が二つ私の耳に響く。

 そうして口に含んでから冬弥君が落ち着くのをただ待っていた。

「ありがとうございます、夕陽さん」

「ううん、それに春香でも大丈夫だよ」

「……ありがとうございます、春香、さん」

 まだ呼びなれていない感じが初々しく、再びかわいく思う。

 そこからお互い何か話すわけでもなく、灰色の空を眺める時間が流れる。

 そうしていくうちに先ほどまでの疑問が再びこみ上げてくる。

『なんで私に会おうと思ったんだろう』

 一週間と少し、私は冬弥君を傷つけた。いやあれは傷つけたで済まされるようなことではなかったはずだ。

 何かを隠すように作っていた顔、その顔に昔の自分を勝手に重ねて、何か苦しんでいると決めつけて、助けたいと思いあがった。

 そして理解する、私には冬弥君を救うことができないと。

 そうして投げ出した、冬弥君の友達ならと、もしかしたら秋穂が何とかしてくれると。

 また自分勝手に冬弥君から距離を取った。

 ……なのに。

 いま、そんな私の横に冬弥君がいる。

 そんな奇跡と言いたくなる出来事、それをなんで起こしたのかわからなくて、今にでも問いただしたかった。

「……。」

 冬弥君を見つめるも、何かを話す素振りはいまだにない。

 だからこそ私から聞くことはできなかった、あの時と同じ過ちを繰り返さないためにも。

「ゆう、春香さん」

 流れる静寂を切り、口を開いた冬弥君。

「なに?」

 あくまで平然とした態度で返事をする。

「すみませんでした」

 その言葉を言った直後に立ち上がり、こちらへ深々としたお辞儀をした。

「どうして冬弥君が謝るの!あれは私が……」

「いえ、あれは俺が悪いです」

「冬弥君は謝らないで、寧ろ謝罪するのは私の方なんだから」

 勢いのまま立ち上がり、そのまま冬弥君に謝罪をする。会社で働いていた時より誠意も罪悪感も抱えた本気の謝罪を。

「なんで春香さんが」

「わたしが!私が触れなくてもいい部分に触れたから」

「あれは隠し事をしていた俺が悪いんです」

「でもそれを呼び起こしたのは私だよ!」

 私の発言に冬弥君はたじろいでしまう。

「触れられたくない事、隠していたいことは人間だからあるに決まってる。なのに私はただのエゴでそれを荒らしたんだよ」

 それをされたらどうなるかなんて、散々体験してきたのに……。

 言いたいことを言い切り顔を見られないまま俯く。

 冬弥君からの返答はない。

『またやっちゃったな』

 どうしてこうも繰り返してしまうの。

「春香さん!」

 恐らく公園内全てに響いた声、それにより私の考えも、足下に出ていた深い闇も霧散する。

「またあの時みたいになっていましたよ」

 心配と後悔と悲しさに満ちた声音で優しく教えてくれる。

 あの時。

 冬弥君はきっとあの雪の日の事を言っているのだろう。

『だってそれしかないじゃん』

 恐らく本音を漏らしていた私は、冬弥君にはあの時の私と同じに見えたのだろう。

 そうでなければ今のような発言は出てこない。

「あの日、今にも雪と共に消えてしまいそうな春香さんと同じにならないでください」

 冬弥君の方が消えそうになってしまいそうな声を出している。

「優しいね冬弥君は」

 こんな私を今でも心配してくれてるんだから。

 ……こんな、はだめか。

「俺は優しくなんてないですよ」

「ううん、君は優しいよ」

 感情のままに立ち上がった私たちは落ち着きを取り戻し、再びブランコに座る。

 ふと空を見上げると予報外れの雨が降りそうな空模様になっていた。

 あの日もこんなんだった気がする。

 思えばこの公園で冬弥君と二人でいるなんて、まるで。

「あの日と同じですよね」

 どうやら同じことを考えていたみたいで、ぽつりとつぶやくように話しかけてきた。

「うん、私も思った」

 あの時見るものが白黒にしか見えていなかった、それでもあの時見上げた空はこのような色だった気がする。

「知ってます?あの日もこんな感じの空色だったんですよ」

 雪が降ってくるわけないとわかりつつ、それでも重ねてしまっている。

「あの日、雪の降る公園で春香さんと初めて会ったんですよ」

「忘れるわけもないよ」

 君に助けてもらった大切な日、なんだもん。

『なのになんで君はそんな苦しそうなの?』

 今、君の目に曇りなんてないのに、何がそこまでさせてるの。

 私は理解したいよ。

「君を、おしえて」

 口に出していたなんて気づいていない、だから冬弥君に届いていることも知らなかった。

「……俺は春香さんと何を話したか覚えていないんです」

 たぶんその言葉に君が隠していたすべてが詰まってるんだと思う。

 公園には静寂が流れる、お互いに何を考えて居るのかわからず、互いの事を考えて居るなんて知らずに時は流れる。

 そうして現実にして数分足らず、体感にして数時間以上の沈黙。

 それを切り裂いたのは。

「冬弥君は、なんで私と関わろうと思ったの?」

 コンビニで会うようになってからずっと抱いていた、私の疑問だった。

「私は君に恩があった、だからコンビニで会えたことが嬉しかったんだよ」

 その時の感情を思い出しながら疑問を吐き続ける。

「でもそこからずっと疑問だった、だって君は私に会う理由がないじゃない」

 たまたま助けた初対面の女性、はっきり言ってあの時の私は一目ぼれさせるような雰囲気でもなかった。

 だからずっと思っていたのだ。

「君が私と会う理由はなに?」

 私の問いにただ時間だけが流れる。

 その間冬弥君はずっと考えていた。

 私はずっと待つつもりでいる、冬弥君の答えを聞くまで何があろうと。

 ……。

 …………。

『まってるよ……』


「あなたが、クマさんと、呼んでくれたから」


「クマさんってもしかして絵本の?」

 静かに首を縦に振り肯定する。

「冬弥君も知ってるの?」

「はい、昔よく読んでいましたから」

 意外だ。

 あれは私が幼いころ、親によく読んでもらっていた絵本だ。

 体の大きい茶色いクマさんが、他の動物たちにやさしくするお話。

 心が温まるとてもやさしいお話だった。

 私と冬弥君の年の差的に知らないと思っていた。

「俺、あのクマさんに憧れていたんですよ、誰にでも分け隔てなく優しく接するクマさんに」

 遠い過去に見た憧れを目指している、そんな目をしている。

「周りにクマさんを知っている人がいなかったから、だから春香さんに呼ばれたとき凄く嬉しかったんです」

「今でも覚えてる、初めて見た冬弥君が好きだったクマさんに見えたこと」

 本当に絵本から出てきたような、現実にそんな人がいるんだって君に教えてもらった。

 私の感想に隠しきれていない嬉しさが顔に出ていることを私は見逃さなかった。

「だから俺が春香さんと関わる理由、それは」

『うん、たぶんそれは』

「『クマさんであり続けたい』から」

 思っていた通りの回答がきた。

 そうして話し終えた冬弥君の顔は満足げだった。

 ……でも、まだ話さなければいけない事が残っている。

「話してくれてありがとうね。お礼ではないんだけどさ、冬弥君が忘れてること話してあげる」

 そう、あの会話のこと。

『たった一回の人生を後悔しないように』

 それを君に教えて……。

「大丈夫です」

 しかし君は予想外の答えを返してきた。

 どうしてかと、そう聞く前に冬弥の何かを決めている顔が映った。

「別に知りたくないわけではないんです。ただ自分自身で思い出したいんです」

 真っ直ぐと私の目を見つめる君。それはきっと。

「それが俺の責任なので」

『きっと辛いかもよ』

 責任を感じる必要なんてないと思う、それでも君の覚悟を否定することは私にはできなかった。

 空はまだ灰色で雨が降るんじゃないかと思えるけど、それとは裏腹に私たちの空は晴れ上がった天気のように澄んでいる気がした。

「ねえ冬弥君」

「なんですか」

 ブランコに座る冬弥君を真っ直ぐに見つめ、私の今の心を伝えようと思う。君とどうなりたいか。

「君が思い出すまでさ隣にいてもいいかな」

 私は君をもっと知りたいから、一緒にいたいから。

 だから君の隣にいさせてよ。

「……また迷惑をかけるかもしれないですよ」

「それでも君といたいの」

 私の答えに顔を赤らめながら頬を掻く、それからちょっとして顔を見返してきた。

「自分も春香さんのそばにいたいので、その、よろしくお願いします」

 ぎこちなくも勇気を振り絞って出してくれた言葉のおかげで、私は君の隣にいさせてもらえることになった。


「この後はどうするつもりなの?」

 始まりの公園で関係性を作った私と冬弥君、少しの間近い距離で過ごした後どうするかを聞いた。

「とりあえずは星空の家に行きます、迷惑をかけたので」

「なら私も付き合うよ」

「いいんですか?」

「うん明日はお休みだから終わらせてから寝ることにするよ」

 君の責任に付き合うって決めたのだから、それに私も話さなければいけない人がいるから。

「なら一緒に行きましょうか」

「うん」

 立ち上がりカフェへ行くために歩き出した私たち。

 たぶんこれからも私たちは間違えることが出てくると思う。

 でもそんなときはまた今日みたいに言葉を重ねよう、お互いが理解できるまで、そのたびに知らないことを知っていこう。

 だって言葉で人救えるし、憧れの人にだってさせることができる。

だからこれからの君との人生を後悔が無いように一緒に歩いていこう。

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