第19話 どうしてここに
あの日から八日か……。
この間いつも通りにシフトを入れていたが、一回も冬弥君はこのコンビニに来ていない。
『それもそうだよね』
あの公園で私は冬弥君にひどいことを言った。
過去の私と同じ目をしていた彼を助けたい一心で口にした言葉で彼を傷つけた。
いや、もしかしたら救おうとしたのではなかったのかもしれない。それでも……。
あの夜考えをまとめたはずだったのに、未だに堂々巡りをしてしまう自分がいる。
時計を見ると七時を指していた、店内にはお客さんはいなく一人寂しく作業をしている。
あれだけ楽しみだった時間は、この一週間で自分の過ちを認識することになる時間へと変わっていた。
『あとどれだけこの罰を受けなければいけないのだろうか』
たった一週間合わないだけでこんな気持ちになってしまうなんて、それほどまでに私の中の感謝の気持ちは変わっていたのだ。
もう一度会いたい、傷つけたくない、また助けてほしい、これ以上甘えてはいけない。
君を知りたい……。
気づけば補充が終わった棚を眺め、蹲るだけでさぼっていた。
この状況を指摘してくれる人はおらず、私を呼んで会計をしたい人もいない。
次第に店内の音楽すら耳に入らなくなり、今この世界には自分一人しかいないのではと考えてしまう。
悪い癖だと理解していても、この世界はどんどんと現実を蝕んで私を飲み込んでしまう。
そうやって最後には……。
『ただ、落ちるだけだ』
そっと目が閉じる。
それと同時に現実の世界で入店の音が鳴り響く。
一気に世界が晴れ現実へと引き戻される。
この時間にくるお客さんはほとんどいない、来ていたのはいつも。
「いらっしゃい、ませ……」
一抹の期待を胸に入り口へ視線を向ける、結論から言えば来たのは冬弥君ではなかった。
しかしこの人物は私がよく知っている人だ。
その人は私を見つけこちらへ歩いてきて目の前で止まる。
「おはよう、春香」
すらっとしたスタイルで綺麗な黒髪をなびかせている女性、私の親友である秋穂だった。
「どう、して……」
秋穂がここに来ることはたまにある、だけどこの時間に来たことは一度もない。
動揺を隠せないまま、立てずにただ眺めるしかできなかった。
「時間、少しだけ大丈夫?」
「時間?えっと」
時計を確認すると五分ぐらいなら時間を作れるけど。
「五分だけだけど」
「わかった」
ただ一言返事をした秋穂は私の隣で棚の商品を見始めた。
何から何までどういうことなのかわからないまま、秋穂が話し出すのをただ待つしかなかった。
「どうして、連絡返してくれなかったの?」
私が甘えないようにと秋穂との間に作った溝、いきなりそれを聞かれてしまう、。
「えっと」
どうにか穏便に済ませようと言葉を探すがなかなか出てこない。
そもそもこれに正しい回答なんてあるのかと思ってしまうほどだ。
「因みに嘘言おうとしてるのはわかるからね」
驚きながら秋穂の顔を見ると、やっぱりといった表情をしていた。
「こういう時春香は本当のこと言わないからね」
私の考えを読まれてしまい逃げ場がなくなってしまう。
これはもう本当の事を言うしかないのかな。でもそれで冬弥君の時みたいに傷つけたくはない、いったいどうするのが正解なのだろうか。
「まあ、春香が正直に言わないのは最初から知ってたけどね」
「うぅ」
ある意味信頼されているその言葉に耳が痛くなる。
「秋穂に隠し事は無理だね」
「そんなの今更でしょ」
鋭い言葉にまた刺されてしまった。秋穂は私を刺すためにわざわざ来たとでもいうのか。
ますます親友の考えることがわからなくなる、いったい何をしたいのだろうか……。
『それは私も同じか』
どうしたいか、何をしたいかわからず秋穂と話している、そんな自分がどうしようもなく嫌になる。
やっぱりこんな状態の私が秋穂と話すだなんて……。
「そろそろ時間ね」
「え?」
秋穂の言葉で時間を確認すると確かにもう少し五分経とうとしていた。
「それじゃあ時間作ってくれてありがとう」
棚に商品を戻し帰ろうとする秋穂、その背中を見た私は。
「まって」
私の取り巻く嘘でできた煙を振り払って立ち上がり。
反射的に手をつかんでしまった。
店内に響いた私の声と握る音、そうしてゆっくりとこちらへ振り返る秋穂の顔には驚きの感情はない。
「……どうしたいの」
最後のチャンスと言わんばかりの声音で発せられた言葉。
どうしたいかなんてわからない、だけど。
「はなしたくない」
私は、はなす訳にはいかなかった。
たぶんこれが今の私の本音だ。何層にも重ねた嘘を取り払って出てきた本音。
無言のまま私は見つめられている、逸らしたくなるけど視線を外すことは無い。
たぶん数秒しか見つめ合っていないと思う、けど感覚は比にならないほど見つめ合っていた。
この気持ちが秋穂に届くようにと。
「バイト終わったら近くの公園に来て」
その言葉で私は手を離した、解放された秋穂は振り返ることなく店を出ていった。
会話を始めて五分、果たしてあれを会話と呼んでいいのか疑問だったが、伝えたいことは伝わったと思ってる。
恐らくバイトが終わった後ゆっくり話すことになるだろうな。
「それまでがんばろ」
一週間ぶりのやる気を取り戻すことができた、これで残りの時間をやりきることができる。
それにしてもなんでわざわざお店にまで来たんだろう、連絡してくれたら行ってた……。
『ことは無いかも』
そこまでも読んでいて来たのなら、私はこれからも秋穂に勝てることなんてないんだろうな。
そんなことを考えて居るとお客さんが来店してきた。そろそろラッシュが始まる時間だから、気を引き締めて残り時間を頑張るとしよう。
「お疲れさまでした」
今日もなんとかラッシュを乗り越えてバイトを終えることができた。
疲れはしたけどこの後の事を考えると先週より頑張ることができた。
着替えを済ませ、コンビニで秋穂の分の飲み物を買ってから公園へ向かう。
外へと出ると天気がいいとは言えない曇り模様になっていた。
たぶん公園で待ち合わせをしてから私の部屋に行くと思う、まあそれならコンビニの前で待っていてくれてもよかったんだけど。
コンビニから公園までは歩いて五分もかからないから直ぐに着く。
何を話すのか、何を話そうか。そういったことを考えながら進んでいく。
少し歩いたところで公園が見えてきた、今見える範囲では秋穂の姿どころか誰の姿もない。
そもそも平日のこの時間だ、誰もいる筈がない。
どんどんと公園の中が見えてくるので秋穂がどこにいるのか探しながら近づく。
するとブランコに誰かいるのが見えた、恐らくあれが秋穂だろう。
信号の色が早く変われと思いながら待つ。
長く感じた信号の色が変わり小走りで公園へと向かう。
公園にたどり着きもう少しで会える、そんな感情の高ぶりを感じていたが。
「……え?」
ブランコに座る人が鮮明に見えた、秋穂と比べて体がでかくて髪の色は茶色い。
そのんな姿をしている人は一人しか知らない。なんでここに。
さらに近づいていき彼の目の前で止まる。そうして胸いっぱいに思うこの疑問を投げかける。
「どうしてここにいるの、冬弥君」
私の声で顔を上げた彼は、顔を見るなり優しく微笑みかけてくる。まるで昔絵本で好きだったクマさんのような。
「待ってましたよ、夕陽さん」
そんな冬弥君の目はあの時とは違い何か覚悟を決めたような、そんな目をしていた。
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