第18話 本音
空は暗くいつも帰る時間より住宅の灯りが少ない。それでも星々が照らしてくれているこの夜空のおかげで不安になることは無かった。
家を出て数十分ほど歩いて星空の家の前を通る。
いつものこの時間であれば暗くなっている店が、今日は淡く暗いが優しい青に照らされている。
「夜空の家……」
そういえば前に秋穂さんから、夜に店長の気まぐれにやるバーがあると言っていたことを思い出した。
「次にやるときは俺も参加したいな」
一週間休んだだけなのに、もうあの雰囲気が懐かしく思える。
再び公園を目指すために歩き始める。静かな道に俺の歩いている音だけが響いている、なんだか今世界に一人しかいないのじゃないかと錯覚してしまう。
それ程に静かで自由で、そして少しの寂しさを感じる。
公園に着くまであと五分ほど。
夏輝は先についているだろうか、昼が暖かいとはいえやはり夜は冷えるからあまり待たせるわけにもいかないよな。
先ほどの静かな足音とは違い、慌ただしい音と荒い呼吸が世界に響いた。
走り出して数分で公園にたどり着く、街灯が一つしかないためかあの時に春香さんが乗っていたブランコだけが照らされている。
そしてそこに座る影が一つ見える。
呼吸を整えてからゆっくりと近づいていき、目の前まで来たところでその男の名前を呼ぶ。
「お待たせ、夏輝」
俺の呼びかけに顔を上げる夏輝。
「随分と時間かけたな」
そういって微笑み返した。
「すまなかったな」
「いいよ、俺も遅くなったし」
たぶん先ほどの夏輝の放った言葉は俺だけに言ったものではなかったのだろうな。
立ち上がった夏輝は俺の方まで歩いてくる。
いつもみたいに俺に近づくような感じで。
そうして正面で立ち止まった夏輝。
次の瞬間俺は頬に衝撃を受けた、倒れるとはいかないまでも、血の味がするほどの痛み。
強めに横へそらされた顔を戻すと先ほどの穏やかな顔をしていた夏輝はもういなく、怒りと悲しみが入り混じった表情でこぶしを握っていた。
「一発でいいのか」
殴られた理由は理解している、今回の俺はそれだけのことをやってしまったと思っているから。
「これ以上は、殴れねえよ」
だからこそ一発だけで終わったことに疑念を抱いたのだ。
胸の位置に置いていたこぶしをゆっくりとおろしていく、しかし握る力は弱まるどころか強くなっている。
「……らないのか」
なんって言ったんだ?
「今何て……」
「お前は、殴らないのかよ」
……。
「俺に殴る権利なんて」
「あるに決まってんだろ!」
勢いよく詰めてきてから胸倉をつかまれる。到底殴れと言っている人間の行動とは思えないな。
「俺は今回夏輝たちに迷惑をかけたんだぞ、そんな俺が殴るなんて」
だからこうして責任を取るためにいここへ来たんだぞ。
俺の言葉を聞き更に力が入ったのか体を引き寄せられる。
「お前だけが悪いだなんていうんじゃねえよ」
「勝手なこと言うなよ」
「勝手してるのはどっちだよ」
夏輝の言葉に体が一瞬震える。
それにしてもこんなに熱くなっている夏輝は初めて見る。
俺の言葉を聞いても引き下がる様子もなく、さらに悪いのは俺だけじゃないだって?
「俺が勝手に離れて、それで傷つけた。これを聞いてどこにお前の悪い要素があるんだよ」
自分の言葉がどんどんと強くなっていくのを感じる。そんな資格俺にはないとわかっているのに。
「だから、全部自分が悪いって言いたいのかよ」
「そうだよ」
俺はただ夏輝に謝って穏便に済ましたいだけなのに、なんでこいつはここまで。
「俺は、お前が苦しんでるってわかっていたのに一人にしたんだぞ」
「それは俺が避けてたからで」
「そんなもん、いつもの俺なら関係なく絡んでたよ」
夏輝の圧に押されて一歩引いてしまう、が胸倉を引かれてしまい再び先ほどの距離になる。
「俺は怖かったんだ、今まで手を引いてくれてたお前に突き放されて」
「そんなこと、昔のお前じゃあるまえし」
昔のお前なら人と関わることに怖がっていたけど今は違うはずだろう。
「俺もそうだと思いたかった、けど、そうじゃなかった」
自然と掴む力が弱くなっていき少しの余裕が生まれた。
「どうにかしたくて、でも俺にはお前の手を引くことができなかった。だから」
夏輝の目は真っ直ぐと俺の目をとらえていた。
「俺は俺のやり方でお前を引っ張り出すことにした」
夏輝のやり方っていったい……。
「もしかしてお前」
「俺はお前の本音を聞くために喧嘩してんだよ!」
「……。」
開いた口が塞がらなかった。
言いたいことを言い切ったのか公園に一時の静寂が訪れる。
……こいつ馬鹿なのか?
「はぁ」
流石にため息も出るってもんだよ……。
「お前きいて……」
すべてを言い終える前に俺の頭を夏輝の頭めがけて全力で振った。
公園内に鈍い音が鳴り、同時に俺の頭にも響く。だけど今はそんなことを考えている暇はない。
いきなりやられたからか手が離れ倒れそうになっている、そんな夏輝の胸倉を今度は俺がつかみ引き寄せる。
「確かに昔と変わってないな、お前は」
あの時の不器用で馬鹿な奴のままだった。
夏輝は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてこちらを見ている。
「殴らせてくれるんだよな、喧嘩しに来たんだよな。もう頭に来た、逆切れなんて言わせねえからな」
本当は座りながらお互いの本音を言い合うかと考えて居たけど、もう穏便に済ませようだなんて考えない。
俺より身長の高い夏輝を無理やりに顔の下まで持ってくる。
「今回はな俺のミスが招いたことなんだよ、お前の事を突き放したのも俺の判断なんだから気にするんじゃねえよ」
何度でも言う、夏輝は悪くない。俺が隠し事をうまくできないで逃げようとした俺の責任なんだから。
しかし、言われた夏輝はそれで引き下がるような奴ではなかった。
「……そんなの」
ガっとまた俺の胸倉をつかみ体制を戻す夏輝、どんな力が働いてるんだって位にどんどんと押されていく。
「気にするなっていう方が無理に決まってんだろ」
「なんで」
「親友が一人になろうとするのを見過ごすわけないだろうが!」
夏輝の言葉に心が震える、確かに俺も逆の立場ならそうするか。
「俺は冬弥の事をわかっていたフリをしているだけだったんだ」
懺悔をするように自分の心音を零していた。
そんなの俺だって……。
「だから、本音を言えよ!」
……こいつマジで。
本音を言えって言うなら。
「だったら黙って聞いておけよ!こっちは最初から話すつもりで来てるんだから」
いつまでたっても噛みついてくるから言えないじゃないか。
「……まじ?」
たぶん今まで見た夏輝の間抜け顔の中で今してるのが過去一だろう。
つかんだ手が離れていき完全に脱力した形になる。
俺も息を吐きながらゆっくりと夏輝を離した。
「とりあえず一回休むか」
放心状態となった夏輝をブランコに座らせてから、公園内にある自販機で飲み物を買ってくる。
それと同時に口の中をゆすぐために水も買った。
近くにある水飲み場へ行き、まだ軽く血の味がする口をゆすいでから夏輝のもとへ戻った。
「ほらよ」
夏輝用に買った飲み物を渡すと申しわっけなかったと言う気持ち全開のお礼を貰って俺もブランコに座った。
お互いに飲み物を飲み始め先ほどまで荒げていた心を落ち着かせる。
「落ち着いたか?」
「ああ、悪かった」
「調子狂うから元に戻れ」
「お、おう」
まだまだ引きずってる感じはするけど、まあ話しているうち元に戻るだろう。
「俺はさお前に何て言って仲良くなったのか、それがわからなくて避けたんだよ」
夜空を見上げ自分の心の内を零すように話し始めた。
「やっぱり俺さ耐えられなかったんだよ、なんだか責任から逃げてるみたいでさ」
「一体何の責任だよ」
力なくそうつぶやいた夏輝。
「お前を連れ出した責任」
「そんなことに責任なんて感じるなよ」
「感じるよ、覚えていなくても言ったことには変わりないんだから」
感じるななんてできるわけがない、連れ出してから今の今まで隣にいるんだからさ。
そういって夏輝の方を見るのだが、何言ってんだコイツみたいな顔をしていた。
「言葉には責任がある、だからその責任を背負うんだよ」
避けることが背負うことじゃなくて、こうやって打ち明けて探すことが本当に責任を背負うことだって知ったから。
「律儀なもんだよ、よくわからない責任なんか感じやがってよ」
「なんだ?もう一回喧嘩するか?」
今なら俺から殴りかかれる気がするぞ。
そんな気は一切ないが今でも飛び掛かってやろうかと思い立ち上がろうとするのだが。
「なら俺は何て言われたか話すのをやめるよ」
「は?」
夏輝のその言葉が理解できなく少しだけ腰が浮いた状態になった。
「せいぜいその責任を背負っていてくれ」
嘲笑うかのような表情でこちらを見ている夏輝。
「おまえ……」
「今度は、お前が突き放そうとしても隣にいるからよ」
突然の言葉に驚きつつ少し狂気にも感じ取れるものであり、身震いしてしまうほどだった。
「だから存分に責任を背負っていてくれや」
そう言い放った夏輝は立ち上がり体を伸ばし始める。
呆気にとられた俺はただ夜空を見上げるほかに取れる行動がなかった。
結局俺の本音が伝わったのかなんてわからない、でも今想っていることは口にできた気がする。
「そういえばよ」
「なんだ?」
「なんで喧嘩だったんだ?」
ずっと気になっていたことを口にする。
夏輝の行動は読めないことが多々あるが、今回の喧嘩に関してはなんでそうなったのか本当にわからない。
「ああ、それはだな……」
「なんだよバツが悪そうに、本音を語るんじゃなかったのか?」
少し意地悪をしてやろうと揚げ足を取った。
すると何だか照れくさそうに頬を指で掻き始める。
「だってよ、漫画とかで喧嘩した後はより強い絆ができるだろ、だからさ……」
「……フッ」
そんなことを言うものだから思わず笑いがこみ上げてしまった。
「今笑っただろ」
「これを笑うなって方が無理だよ」
「よしもう一回喧嘩しようぜ」
そんな気なんて一切ないのにも関わらず、こちらへ近づいてきてふざけ始めた。
俺も抵抗するために、いつものような感じでじゃれ始める。
そうしていつの間にか前みたいに戻った俺たちはもう少しだけこの公園でぶつかり合った。
「冬弥はこの後どうする気なんだ」
公園からの帰り道、唐突にそんなことを聞いてきた。
夏輝が一体何に対しての事を聞いているのか理解している。
「それは春香さんについてのことでいいのか?」
「それ以外ないからな」
やっぱりかと、そんな仕草を行う。
どうするかなんてもう決めている、何なら夏輝の所へ向かおうとしている時から考えていたくらいだ。
「安心しろよ、今回はしくじらないから」
今回は間違えない、いや、間違えたとしても何度でも手を伸ばすさ。
もう逃げ出すのはやめるって誓ったから。
「そうかよ、何か困ったらちゃんと相談しろよ」
「ああ、助かるよ」
「あ!それと、冬弥、ちゃんとマスターたちに謝るんだぞ」
「それぐらいわかってるよ」
ことが済んだら迷惑をかけた人たちへ謝りにいかなきゃな。
その時は暇そうな夏輝でも連れていくとするかな。
夏輝にはばれないようそんなことを考え、夜空へ向かって笑った。
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