第16話 冬弥の過去と理由

 何とか俺も混ざることができ、ついに話し合いを始めることになった。

「ジンジャーエールです」

 マスターから頼んだ品を受け取り一口飲む、俺がグラスを置いたとそろで吉野さんはそれじゃあと言い。

「聞きたいことは息子の事でいいんだよね」

 そういって話を始めた。

「そうだね、先ずはボクがなんで吉野さんを呼んだか、もうわかってると思うけどそこから話すね」

 そういい俺たちに説明してくれた。吉野さんのことは旧友とたまにカフェに来ていたから知っており。そして冬弥の面接のときに親だと知ったとのこと。

 それを聞いてから次に俺と秋穂さんで冬弥と何があったのかを説明した。

 秋穂さんは冬弥との関係から話し、その後春香さんとのお出かけの話をした。

「あの子がまさか女の子を泣かせるなんて」

 頭を抱えながら自分の息子がやってしまったことを悔やんでいた。

 その後俺が学校で避けられるようになった話をした。

「百歩譲ってバイト先に来ないのはわかりますけど、なんで俺を避けているかがわからないんです」

 俺は春香さんを冬弥の話でしか知らない、春香さんとの間に何かがあったとしても何で俺が避けられているのか。

 ここまで説明を聞いた吉野さんがある程度考え込んでから何か思いたるかのような顔をし、グラスに次いであるお酒を口に含んだ。

 まるでこれからする長い話の前に喉を潤すように。そうしてグラスと氷のぶつかる音が俺たちの耳へと流れた。

「話を聞いて私が言えることは一つかな」

「それっていったい……」

 独り言のように呟いたその言葉を聞き逃すはずもなく、俺は問い詰めるように聞いた。

 もったいぶるようにグラスを回し始めるがそこから少ししてため息を吐いた。

「もしかしたら、ていうかたぶんこれしかないんだけど」

「何もったいぶってんのさ、早く言いなよ」

 我慢できなくなった晴美さんが催促する。

「はぁ、もしかしたら同じ理由かもしれないの」

「同じ理由?」

 同じ理由ってことは冬弥が俺と春香さんに対して同じことを思ったっていうことか?

 でもそれは……。

「それはちょっと考えにくいかもです」

 咄嗟に秋穂さんがそれを否定した。

「春香と夏輝君は会ったことがないんですよ。それに共通点だって」

 やはり俺と同じことを考えていた、共通点がない俺たちの理由が一緒とは考えにくい。

「共通点なら一つあるわよ」

 予想外の返答に虚を突かれた俺と秋穂さんは固まってしまう。

 一つの共通点だって、いったいどんな……。

 そして俺はその後に話す吉野さんの言葉を聞き逃さないようにするため、集中して話を聞く体勢をとる。

「それじゃあ答えに直接行く前、ちょっと昔の話でもしようかな」

 結論を聞けると思っていたのだが、違ったみたいだ。

「昔の事が関係してるんですか?」

「ほぼほぼそうだと言ってもいいかも」

 そう言った吉野さんは昔の事を思い出すかのようにグラスの中を覗いた。

 いったいその先には何が見えているのか、今回の事と冬弥の過去に何の関係があると言うんだ。

「夏輝君は私たち家族の事冬弥から何か聞いてる?」

「え?いえ、とくには」

 いきなりなんだ?

「そう、じゃあ順番に話していくね」

 どんな話が来てもいいよう身構えようとしこぶしに力が入っていく。

「実はね、冬弥を産んだ母親とね仲良かったのよ私」

「そ、そうなん、で……」


 今何て言った。

 仲が良かった?違うそこじゃなくて。

 冬弥を生んだ母親って……。

「吉野さんが産んだんじゃ……」

「私は産んでないわ、私の親友が産んだのよ」

 なんだよその話、俺聞いたことないぞ。

 驚きを落ち着かせようとして飲み物を取ろうとするがなかなかとることができない。

「本当のお母さんは冬弥が中学へ上がる前に亡くなってるの」

 中学に上がる前ってことは俺と出会う前か。

「つまり吉野さんは」

 秋穂さんが冷静に質問しているように見えるが、顔を見ると凄く驚いていることがわかる。

「そう再婚相手、あいつに二人の事を頼まれたからね」

 吉野さんの話はまるで漫画の内容みたいだった、でも真剣に話す姿を見ているとそれが嘘でないことは理解出来る。

「私と旦那と冬弥を産んだ母親、私たちは古い仲なのよ」

「幼なじみとかですか?」

「そんなとこよ」

 驚きは残っているが何とか話せるくらいの冷静さを取り戻すことができた。そしてそのまま気になった質問をする。

「あの、亡くなられた理由を聞いても?」

 何故亡くなられてしまったのかを。

「車の事故でね、私との買い物中だった」

「そう、ですか」

「葬儀中の冬弥の顔、今でも思い出すわ。とても見てられない顔をしてた」

 母親をいきなり失うなんてこと、どういう想いでどんな顔をしていたのか想像することもできない。

 話をする吉野さんの顔は自責の念が籠っているようだった、それは自分が冬弥から母親を奪ってしまったという思いから来ているのかもしれない。

「葬儀の後にね旦那に話したのよ、あいつが私に二人を託したことを」

「それで旦那さんは何て」

「微笑みながらねあの人らしいや、よろしくねって」

 くすっと笑いながらそう答えてくれた。

「その後にね冬弥に伝えたの、私が新しい母親になること。そうしたら凄く我慢した表情でいいよって言ってくれたの」

 その時の冬弥は何を考えていたのだろう、親を亡くした悲しみから抜け出せていないはずなのに。

 同時にそう言われた吉野さんはどんな気持ちだったのか。

「そこからは何とか母親になろうと頑張っていたわ」

 辛い話しをしていた吉野さんから明るく未来のある話へと変えた、その表情は大変だったけど楽しかったと言っているようだった。

 それから母親として、朝日家の新しい家族として過ごす日々を話してくれた。

「そんなある日に冬弥がこの皿は何だって言って来たの」

 そういってスマホに映る一枚の写真を見せてくれた、そこには恐らく幼いころの冬弥と今より若い吉野さん、そして駅前の百貨店で見たことのある皿があった。

「この皿は私が冬弥と初めて会った時に買ってあげたものでね、あげたときすごく喜んでいたのを覚えてる」

「確かに冬弥君嬉しそうな顔してるね」

 画面に映る冬弥の笑顔は今でもたまに見ることができる心の底からの笑顔だった。

 でも今この皿の事を覚えていないようなことを言ってなかったか?

「この時の冬弥は小さかったから覚えてないのかなって思って説明したのよ」

「それで思い出せたんですか」

「うん、ちょっと考えてから思い出したみたいでね、だからその時には異変に気付くことができなかった」

 その言葉の後俺のほうを向く吉野さん、何故こっちを見たのか、どう考えたって今の話から俺に関係があるとは思えないけど。

「夏輝君がどうかしたんですか?」

 俺の疑問を代わりに秋穂さんが聞いてくれる、すると吉野さんは黙ってうなずき話しを続ける。

「冬弥の異変に気付くことができたのは、夏輝君の話を聞いてからなの」

「俺の、ですか」

 ますます意味が分からなくなり、知ろうとして前のめりになり話を聞こうとする。

「中学に上がって冬弥が友達を家に連れてきたいっていったの」

「もしかして、それが夏輝君ですか」

 秋穂さんの質問に頷く吉野さん。

「私が親になってから初めて連れてくる友達だったからね、どんな子か聞いたのよ、例えばどうやって仲良くなったかとかね」

 そこまで言われて理解する、先ほどの皿の話から何故俺が出てきたのか。

 それは……。

「そこで冬弥は少し考えてからね、思い出せないって言って来たの」

 その言葉を聞き今回冬弥の身に何が起こったのかを理解してしまった。

 先ほどの話、あれは皿の事を覚えていないのではなくて吉野さんとの出会いを覚えていなかったんだ。

 確か冬弥は春香さんとの出会ったときなんて言ったのか覚えていないと言った。

 そして今回俺との出会いを覚えていないと聞いて春香さんとの共通点を理解した。

『俺たちの共通点は冬弥と出会っていること』

 俺が頭の中でパズルを組み立てている最中も吉野さんは話し続けていた、しかし今の俺にそれを聞いている余裕がなかった。

 でも冬弥は物覚えが良かったはずだ、クラスの持ち物ですら把握している奴が俺や春香さん、ましてや大切な家族となった吉野さんの出会いまで忘れるわけが……。

 もしかして大切だから覚えていない?

 フィクションなどで辛い記憶から逃れようとその記憶をなくすのを聞いたことはある。

 それに似た何かが冬弥の身にも起こっていたのか。

 そして冬弥の中での大切な者の中に俺と春香さんがいたわけか。

 自分が大切な存在であったことを素直に喜びたいのにそれができないもどかしさを感じる。

 俺にそのことを話していないってっ事は恐らく春香さんにも話していないのだろうな。

『つまり冬弥は何らかの理由で春香さんにその隠し事がばれたのか』

 必死に隠していたことがばれてふさぎ込んでしまったというわけか……。

『いや、何かが足りない気がする』

 何が足りないのかなんてわからない、そしてそれがばれただけでふさぎ込むか?

 もしかしたらばれたときに何かあったのでは……。

「夏輝君、聞いてるの?」

「え?」

 気づくと全員が俺を見ていた、集中しすぎて呼んでいる声が聞こえていなかった。

「すみません、ちょっと集中してまして」

「夏輝君も気づいたみたいだね」

「はい、でもなんでそれだけで?」

 俺が質問をするが吉野さんからの返答はそこまではわからないとのこと。

「これだけで避けるようになる子じゃないんだけどね」

「それは自分も思います」

 せっかく情報を貰ったのにあと一歩が足りない、やはりそれ以上は直接聞くしかないのかと思える。

 でももし冬弥が隠していたことを俺も話してしまったら、返って状況が悪くなりそうだ。

 これ以上の策が出てこない、八方ふさがりでどうしたら……。

「まあでも大丈夫よ」

「え?」

 突然の大丈夫発言に声が漏れてしまう、これ以上の策があるとしたらいったい何が。

「冬弥の事はうちの旦那に任せてあるから大丈夫よ、きっと夏輝君とも話してくれるようになるわ」

「……失礼ですが、もしそれでだめなら」

 その策が駄目だったのならと後ろ向きの考えが起こってしまう。

「その時は私が引っ張てくるから」

 吉野さんの発言は俺の不安を一気に取り除くほどの安心感を与えてくれた。

 そしてその姿に冬弥の影を重ねてしまった。

『冬弥のたまに出る安心感は吉野さんからだったんだな』

「冬弥のほうは私たちが何とかするとして……」

 そういいながら秋穂さんの方を向く、俺が安心しているのとは逆で、何を言われるのかを分かっている上で緊張しているようだった。

「秋穂ちゃんは春香ちゃんをどうにかするんだよ」

 そうこの話は冬弥一人をどうにかすれば終わりではない、当事者である者たちをどうにかしなければ解決しないのだ。

「……任せてください」

 だからこれからはお互いの親友である俺たちが話し合わなければ。

 真っ直ぐと吉野さんの目を見返す秋穂さん、その想いを受け取ったのか吉野さんは笑顔になり、グラスに入っていたお酒を一気に飲んでしまった。

 ……確かあれウィスキーのロックだよな。

「マスター同じの頂戴」

「いつもの癖が出てるよ」

「いいじゃん、若い二人がこれから頑張るんだもん、私の役目はこれでお仕舞い。だから飲むもん」

 マスターは乾いた笑いしか出なくそれを見た晴美さんは笑っていた。

 そういえば二人ともリアクションが少なかったけど、もしかしてあらかじめ聞いていたのかな。

 それとも落ち着いて見えるだけで内心驚いてるとか?

 どちらにせよこの二人には感謝をしなければな、この場を作ったマスターと、連れてきてくれた晴美さんに。

 それと……。

『俺を見つけても返さなかった人にも』

 秋穂さんの方をちらりと見ながら、そんなことを考えていた。

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