第15話 潜入作戦

 学校を過ぎ、昨日歩いた道を思い出しながら目的地を目指す。

 もう空は暗いため住宅街であるここには明かりがともっており、影になっているところを歩いている俺はまるで星々の間を縫っているような気分だ。

 なんだか詩人のような感じになっているがそれは俺の得意分野が関係している、だが今は置いておくとしよう。

 そんな感じに一人で適当なことを考えながら歩くこと数分、最後の曲がり角間に到着した。

 前回はここの角を曲がってから少し探して戸惑ったが、二回目は流石に大丈夫であろう。

 自分に言い聞かせながら深呼吸をして角を曲がる。

「あった……」

 角を曲がると直ぐに目的の店があった。

 何を当たり前のことを言っているんだとも思えるが、探す必要がある程わかりにくい場所で一目見ただけでわかる場所になっていたのだから、驚くのも無理はないだろう。

 俺はこの住宅街を夜空に浮かぶ星々だと思っている、俯瞰して見たらなんだかそう見えそうなだけなんだけど。

 でも今目の前にある建物はそんなあいまいなものでなく、しっかりと一つの言葉として表現できる。

「本当に夜空みたいだ」

 夜空のような明るさとすべてを包みこんでくれそうな優しさ、見れば見るほど吸い込まれていくそれは昨日見たカフェとは別の顔をしていた。

『夜空の家』、ローマ字で書かれた店名を掲げる店が、今回の目的地だ。

「夏輝君こっちだよ」

 少し見とれてしまった俺を現実に引き戻してくれたのは店の横で手招きしている協力者だった。

 そちらへ音をなるべく立てないように素早く近づく。そうして合流したタイミングでドアからマスターが出てきた。

「危ない、間一髪」

「ありがとうございました」

 お互いに一息つき裏口へと回る。

「それにしても連絡来たときは驚きましたよ」

「そりゃあ夏輝君だけ仲間はずれなのはかわいそうだからね」

「本当にありがとうございます、晴美さん」

 俺がお礼を言うと気にすんなと言わんばかりの笑顔を返してきた。

 昨日の帰り道で突然俺に招待状をくれて、さらにはどうやって参加させるかなどを計画してくれた。

「すごく丁寧な侵入方法ですね」

「実は私スパイもの好きなんだよね」

 好きだけでよくあんな方法考えついたな、好きこそものの上手たれとはよく言ったもんだな。

 そのおかげで俺は今回参加することができるんだけど。

「話し合いが始まれば流石に帰れなんて言わないと思うし、今日来る人もそんなことは言わないと思うから安心しなよ」

「助かります、けど今日来る人って誰なんですか」

 昨日から疑問に思っていたことを聞く、冬弥の事を知る者なのだからたぶん俺も知っている人だろうとは思うが。

「それは見てからのお楽しみ」

 いたずらな笑みを浮かべながら人差し指を立てる晴美さん、そんなおちゃめな行動に乾いた笑いしか出てこなかった。

 そんな感じで裏口から店内へと入る、中では開店に向けた準備の音が聞こえてきた。

「開店するまでしばらくここにいてね、いいタイミングで連絡するから」

 そういわれ俺は休憩室にあるロッカーの中へと入れられた。

 ていうか隠れる場所ロッカーなのかよ……。

 隠れる場所までは教えてくれなかったからな、でもロッカーとは思わないじゃん、アニメの世界かよ。

 画面の中で見ていたことをまさか自分がするとは思わなかった。

 とりあえずは晴美さんからの連絡が来るまでは待機しておくけど。

 そう考えているとマナーモードにしているスマホが震えだす。

 狭いロッカーの中で音を立てないように何とか取り出す。着信相手は晴美さんからだった。

 出て耳に当てる、すると聞こえてきた声は晴美さんのものではなくマスターの声だった。

 ばれたかと思い体を強張らせるがよく聞くと声が小さい。

 というより俺に対して話している感じではなさそう……。

「晴美さんお帰り、そろそろ開店するからね」

「はーい」

「まあ私たちがやることは少ないですけどね」

 この声は秋穂さんか。

 どうやら晴美さんは電話をつなぎ会話を俺に聞かせてくれるみたいだな。

 大きい音も出せないから一番小さくして、聞き逃さないように集中して聞かなければいけないけど。

 とにかく今はホールの会話を聞きつつ、冬弥の事を知る人物が来るのを待つだけだな。

 そうして待つこと数分、ようやくマスターの開店の合図が聞こえ夜空の家が始まった。

 開店してからは直ぐにお客さんが来ることは無かった。

 待っている間晴美さんはマスターが入れてくれるお酒を飲み、秋穂さんも特別何かしている感じでもなさそうで、三人で話し込んでいた。

 聞くところによると晴美さんは酒が強く、秋穂さんはそれなりと言っていた。

 ほかにもというより、晴美さんがずっと話していて二人がそれを聞きながら相槌を打っているみたいだ。

『なんだか楽しそうだな』

 スマホ越しに聞こえるアットホームな雰囲気、それがだんだんとうらやましくなってくる。

『冬弥はこんなところでバイトしてたんだな』

 いつかの会話でカフェの雰囲気が好きだと言っていたが、恐らくそれはこのことを言っていたのだろうな。

 そうとわかるくらい俺も好きになりつつあった。

『俺もここでバイトするかな』

 まあそのために、補修をしなくなるぐらい勉強ができなきゃいけないんだけどな。

 数学を考えただけで頭が痛くなるけども……。

『冬弥に教えてもらうしかないか』

 そのためにも冬弥が何で悩んでいるのかをちゃんと聞きださなければだな。

 目的ができたためやる気が出てきた、のだが……。

『待てど暮らせど来ない』

 もうロッカーに入り始めて何分経ってると思ってるんだよ、流石にきつくなってきたわ。

 だんだんと体が固まってくる。流石に一度体を伸ばしたいと考え、晴美さんには悪いがロッカーから出ることにする。

 なるべく音を立てないようにして出て、体を伸ばす。

 バキバキと音はなるがそれくらいなら流石に大丈夫。

 と、思っていたのが俺の間違えだった。

 体を伸ばすためにスマホをポケットに入れていた、そのためホールの状況を得ることができていなかった。

 ほんの少し、それが油断となり休憩室に近づいている人に気づけなかった。

 そうして突然開く扉、そのことに驚き行動することができず鉢合わせしてしまった。

「夏輝君、来てたの」

 そう無表情に話す秋穂さんと。

「どうしてここに」

「お手洗いに行こうと思ったら音が聞こえてきてね」

 まだ目的の人は来ていない、だから俺を帰らせるなんて簡単なことだ。

『晴美さん、すみません……』

 静かにこっちを見る秋穂さん、そうして開いた口からは思っていたのとは別の言葉が飛んでくる。

「もしかしてロッカーに隠れてたの?」

 予想外の質問に戸惑いながらも、そうだと頷く。

「そう、なら」

 次に出てくる言葉が予測できるから怖い、ここで帰されてしまったら俺は……。

「ソファーで待ってな、ロッカーの中じゃ体痛めるでしょ」

「え?どうして」

 なんで返さないんだ。

「どうせ晴美さんが呼んだんでしょ、それに仲間外れはやっぱり嫌だよね」

 そう問いかける秋穂さんの顔は慈愛に満ちているようだった。

「店長には黙っておくから、それじゃ」

 綺麗な髪をなびかせて休憩室から出ていく秋穂さんを見た俺は、その場でしばらく固まってしまった。

 何とか理性を取り戻しソファーに座りながら再びホールの会話を聞くのだが……。

『もう、頭の中が秋穂さんに支配されそうでやばい』

 今こんな感情を持ってしまったら話に集中することができない、だから何とか思考を正常に戻そうとするのだが。

『全然戻りそうにない……』

 まずいとわかっていても正常な判断ができない、どうするべきか考えれば考えるほど先ほどの秋穂さんが浮かんでくる。

 そうやって悩みながら会話を聞いていると、明らか声ではない人工物の音が聴こえてくる。

 スマホからだけではなく俺の耳にも直接入ってくるその音は、ここに始めてきた時にも聞いた音。

 入店時のベル。

 そうして電話越しからマスターのいらっしゃいませが聞こえてきた。

 その直後電話をつないでいる晴美さんから来たという合図を貰う。

 その一連の流れによって俺は正気を取り戻すことができた。

『ついに冬弥を知るものが』

 更に俺は晴美さんからの出てきていい合図も貰い、休憩室を出て今回の役者が集まるホールへと向かう。

 ホールへと足を運んでいるがそれがだんだんと重くなっていくのを感じている。

 今回の件について知ることができるから軽くなっていなければおかしいのだが、俺の意志に反して足は前に行くのを躊躇っているような感じだった。

『きっと緊張してるんだろうな』

 聞くのが怖いとか聞いてしまったら何かが変わるとか、そういう思いではなく、今から会う人に緊張しているんだろうと思えてくる。

 これから何を聞けるのかなんてわからない。

 けど、何を聞いたとしても俺の考えは変わらないだろうな。

 そういう確固たる意志を持ってここに来たのだから。

 ホールまであと少しというところで声が聞こえてきた、マスターでも晴美さんでも、ましてや秋穂さんでもない声。

 マスターに対してお酒を頼んでいるその声を俺は聞いたことがあった。

『なる程、確かに一番知っているかもな』

 マスターが自信ありげだった理由をやっとわかることが出来た。

「それで、なんで息子の話を聞きたいんですか?」

 俺の知っているあの人の声により軽くなった足取りでホールへと踏み入れる。

「その話、自分にも聞かせてください」

 突然奥から声が聞こえたからマスターが驚くようにしてこっちを見ている。さて後は……。

「いいですよね、吉野さん」

 冬弥の母親であるこの人の了承を得るだけだ。

 目を見開いたままのマスターが俺と吉野さんを交互に見つめる。その間晴美さんはニヤリとしたり顔をし、秋穂さんは目線をずらしていた。

「ふーん、夏輝君も呼んだんだ」

 不敵な笑みを浮かべこちらを見ながらマスターに問いかける。

「いや、ボクは……」

「私が呼んだのよ、仲間外れはかわいそうだと思ってね」

 それを聞いた吉野さんはやっぱりといった表情を浮かべた。

「うんいいよ、夏輝君も一緒に話そうか」

 その後マスターにいいよねと言わんばかりの圧を与え、諦めた表情にさせた。

「飲み物は何がいいかな」

「よっし!夏輝君こっちきて座んな」

 これにて潜入作戦は大成功!

 ……まあ、ここからが本番なんだけどな。

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