第14話 前準備
いつも通りの時間に目が覚める。昼時を過ぎ一日の中で一番暖かい時間帯だ。
基本的に目覚ましをかけずに勝手に目が覚めるまで寝ているのため、この時間に起きることが多い。
本当は寝る時間が割と遅いからなんだけども。
まあそんなどうでもいいことはさておき、今日の夜はバーに行く日だ。
昨日の帰り道、俺当てに届いた招待状によると、時間は夜七時から。
俺はその前に店へ行き裏口から入り、中で本題が始まるまで身を隠すことになっている。
なんだか漫画の世界みたいな行動をするが、話が始まる前に店長にでも返されてしまったらたまったもんじゃないからな。
というわけで協力のもと店長の目を盗んでバーに参加するのだけれども。
「何を着ていけばいいのかわからない」
バーなんてもちろん行ったことがなく、何を着ていけばいいのかわからないのだ。
「ドラマとかで見るときみんな正装だもんな」
俺が見てきた中ではラフな格好で参加している人などいなかった。
まあ住宅街にあるバーだから気張り過ぎるのも変になるから、それなりの格好をしたいのだが。
「それすらも持ち合わせていない」
これほど自分の持っている服を恨んだことは無いな。
流石に父親にバーへ行くから貸してくれなんて言えないし。
「今から買いに行くしかないかな」
もちろん一式をそろえることなんてできないから、いい感じのジャケットを買えればいいのだけども。
「なにお兄ちゃん買い物行くの?」
いきなりドアのほうから聞きなれた声が聞こえてくる。この家で俺の部屋にノック無しで入ってくる奴など一人しかいない。
「何の用だ、夏海」
そう妹の夏海しかな。
「いや、部屋の前通ったら悩んでる時の声が出てたから」
「毎回言うけどそんな声出てるのか?」
夏海曰く俺は悩むとき何かしらの声を出しているらしい、自分では気づいていないからわからないけど。
「だってお兄ちゃんの癖だからね、それより買い物行くなら私も行きたいんだけど」
「なんでお前までくるんだよ」
「いいじゃん別に」
「初めに言っておくけどお前に使う金はないからな」
「チッ!」
こいつ、少しは隠す努力でもしろよ。
夏海が買い物を一緒に行きたいときはいつも俺に何か買わせたい時だからな。
「じゃあクレープでいいから早く準備してよね」
「おい奢るなんて言ってないぞ」
言い切る前に部屋から出てしまった。
「まあ服じゃないだけ良しとするしかないか」
結局奢ってしまうあたり俺はどうしようもなく甘い男だな。
「これが女の子の願いなら二つ返事で了承しているのに」
と、そこでスマホが揺れる、さていったい誰からの連絡かな……。
『アイスも追加ね』
……口は災いのもとだな。
「仕方がない、着替えるか」
ジャケットを買うつもりだからそれに合いそうな服を着て、一応財布も確認する。
何とか間に合いそうな金額が入っていたことに安堵して部屋を出た。
洗面所で軽く髪を整えて妹様の身支度を玄関で待つこと数分。
「お待たせ」
「夏海、昼は食べたのか?」
「まだだけど、なに、奢ってくれるの?」
「いつもの店でいいだろ」
そういって立ち上がり家を出ようとする、後ろでは露骨に喜んでいる妹様の姿があった。
遅めの昼食を食べた俺たちは目的を果たすために駅前の百貨店に来ていた。
「お兄ちゃんがジャケットほしいなんて珍しいね、次はそういうのが好きな女の子?」
「いや全然違うぞ」
「なら冬弥さんだね」
「まあそんなところだな」
やっぱりと言う妹、たぶん俺が服を買う目的なんて女か冬弥だけだと思っているんだろうな。
間違いではないけど。
「でもお兄ちゃん実際には女の人と出かけたことないよね」
「急にさしてきてどうした?致命傷だぞ」
「だって本当の事だし、出かける女の子なんて私しかいないもんね」
「何が悲しくてお前しかいないんだろうな」
正論を言われて流石に肩が落ちてしまうな。
そうして無駄口を叩きながらも一通り店内を回っているのだが、中々ピンとくるものに出会わないんだよな。
「相変わらず長いよね」
「だから椅子で待っていてもいいって言ってるだろ」
「そんな暇なことはしないよ」
毎回目的は別にあるのにちゃんと俺の買い物に付き合ってくれるんだよな。
「それに私も見てた方が早く終わってクレープ食べられるし」
やっぱコイツ自分のために行動してたわ。
仕方がないからかわいい妹様のために早く見つけるとするか。
そう思ってから気付いたら五週目の店内へと足を運ぶ……。
「いや、流石に時間かけすぎだよ!」
「俺も流石にそう思う」
本当に見つからない、だんだんと何を探していたのかすらわからなくなるほどに。
「ここまで回って見つからないってことはもう無理だよ。いったんクレープ食べて出直そうよ」
流石にそうするべきか、これ以上は夏海も我慢の限界みたいだし。
踏み入れた足を戻しフードコーナーへと足を向ける。
「あれ、君は夏輝君かな」
すると後ろから声をかけられた、この声は確か。
振り返るとそこには袋を持った秋穂さんが立っていた。
「秋穂さん、こんにちは」
「こんにちは、そちらは妹さんかな」
「はい、妹の夏海です」
挨拶をするようにと夏海に合図するが固まっているのか動こうとしない。
疑問を持った俺と心配した秋穂さんで顔を覗く、目は真っ直ぐと秋穂さんを見ており、唇は震えていた。
まさかこれは。
とある可能性が頭をよぎったがそれと同時に震えていた唇が動き秋穂さんに向けて声が発せられる。
「すんごい綺麗な人!」
「へ?」
やっぱりそうなったか。頼むから妹よ、すんごいはやめて、お兄ちゃん恥ずかしいから。
夏海はきれいな人やかわいい人に目がないからな、そこら辺の感性は俺と一緒なのだが、違うのはその感情を直ぐ表に出すところがある。
そうして出来上がるのが、語彙力が終わっている妹なのだ。
「お姉さんすんごく綺麗!それに何でお兄ちゃんのこと知ってるの」
「ええっとこれは」
「はあ、夏海落ち着きなさい」
引っ付こうとした夏海を連れ戻し正常な状態に戻す。
俺の行為で我に返った夏海は乱れた衣服を整えて咳ばらいする。
「秋穂さんすみません、取り乱してしまいました」
「ふふ、大丈夫よ慣れているから」
「笑顔が尊い……」
やばいまたスイッチが入りそう。
「秋穂さんはこちらで何を?」
「私は日用品をね、夏輝君は?」
「自分は服ですね、落ち着いたジャケットを見に来たんですがなかなか見つからなく」
話題を変えながら夏海を後ろに下がらせる。
「なる程ジャケットね、それなら近くの古着屋がおすすめかも」
「近くにあるんですか」
古着屋は確かに盲点だった、普段行くことがないから店があることすら知らなかった。
直ぐにスマホで調べると確かにこの近くに一店舗だけあることがわかった。
「教えてくださりありがとうございます」
「大丈夫だよ、これくらい」
そう言って秋穂さんはこの場から立ち去ろうとしたのだが、俺の後ろからいきなり夏海が飛び出して来た。
「秋穂さんこの後時間ありますか、私たちクレープ食べに行くんですけど」
「おい、夏海」
こいつここぞとばかり出しゃばってきたな、でもその誘いは少しありがたいかも。
「うーん、少しだけならいいよ」
「うわとうと、ありがとうございます」
『ありがとうございます』
心の中でガッツポーズをする、それはそれとして夏海また尊いって言わなかった?
不安になりつつも乗ってくれた秋穂さんに感謝しつつ三人でクレープを食べに向かう。
「秋穂さん荷物持ちますよ」
「……ありがとう、ではお願いするかな」
俺の気持ちを悟ったような表情で荷物を渡してきた、その通りなんだが恥ずかしいな。
クレープを買ってから駅前へと移動していた。
秋穂さんが食べたらすぐに行かなければならないため、少しでも話したい夏海が提案してきた。
「秋穂さんのカフェ今度行きたいです」
「うん、ぜひ来てね。その時は一杯奢ってあげる」
誘われた夏海は体を使って喜びを表現している。それ見て微笑んでいる秋穂さんが凄いかわいい。
この空間一歩身を引いてみているのが一番いいかも。
「それじゃあ私はそろそろ行かなきゃだから」
「ええ、もっとお話ししたかったです」
「あんまり困らせること言わない」
「大丈夫だよ夏輝君、それじゃあまたね夏海ちゃん」
はたから見ていると子供をあやしているお姉さんの図だな、本当に妹にはこれ以上恥を上乗せしないでほしい。
「夏輝君も、またね」
「はい」
俺たちから離れていく秋穂さんは直ぐに電車に乗る人ごみの中へと消えて行ってしまった。
ほんの少しだけだったが私服の秋穂さんと過ごせたのは役得だったな。それにすんごい尊かった。
「お兄ちゃん今度カフェに連れて行ってね」
「はいはい、わかりましたよ」
尊い成分を摂取した夏海はとても上機嫌になっている。たぶんこれで連れまわしたことは不問となっただろう。
時間を確認するとそろそろ俺も買い物を終えなければいけない時間となっていた。
「夏海、古着屋行くぞ」
秋穂さんがすすめてくれたんだ絶対そこでピンとくるものを見つけなければ。
少しばかり夏海を置いていく速度で歩き出す、そんな俺を早歩きしながら待ってと言い、後ろをついてきた。
部屋にある全身鏡で先ほど買ったジャケットを確認する。
バーにいても問題ないような少し大人な雰囲気があるものを選んだのだが、本当にこれで正しいかわからない。
夏海にはいつもとは違う感じだけど似合っていると言われたから少し自信にはつながっている。
「あとは遅れないように出るだけだな」
親にはすでに冬弥と遊ぶと嘘の連絡をしている。流石にバーに行ってくるでは了解を得ることはできないからな。
家を出るまでに少しばかり時間がある、暇つぶしにと椅子に座りスマホをいじるのだが。
「何もやることがない」
いつもは動画やSNSを見たりして俺の睡眠時間を削っているのだが、こういう時に限って何をしてもつまらない。
アプリを開いて閉じてを繰り返し、ふと操作していた指がアルバムに触れた、画面いっぱいに表示されるのは俺が今まで取ってきた写真の数々。
そしてその半分が冬弥と撮った写真だ。
駅前のラーメン屋、すこし遠出した場所の風景それとカフェ。ほかにもまだまだ冬弥と撮った写真が出てくる。
中学からの付き合いが今年で四年目か、この写真の数以上に一緒に過ごしてきたというのに俺はまだ冬弥の知らない部分がある。
あいつの隠していることも、何を隠しているのかも、今までどんな思いで俺と居たのかを。
わからないことがどんどんと溢れてくる、もしかしたら冬弥も同じなのかもしれないな。
今頃になって友達の付き合い方がわからなくなるなんて……。
「そういうこともあるよな」
たぶん俺たちはぶつかってこなかった、お互いにどこかで線引きして本音で話していたがきっと足りていなかったのだあろう。
軽く言い合うことはあっても喧嘩まではしたことがなかった。
よくある漫画の話で、お互いの気持ちがわからなくなったとき殴り合いの喧嘩をして仲直りをする話。
別に殴り合わなくても分かり合えるだろうと思っていたよ、けどそれじゃあ足りなかったんだ。
相手の事が知りたいならこちらの胸の内をぶつける、そうでなければ気持ちを理解するのなんて難しから。
「やば!もう時間じゃん」
軽く荷物をもって飛び出るように外へ出る。
これから会うのは冬弥じゃなく、原因を知るもの。
写真を見て意気込んでいたが実際には合わない。
けれどもこの時点で俺は決めていることがある、それは今日どんな話を聞くことになろうとも。
俺は……。
初めて冬弥と本気の喧嘩をする。
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