第13話 可能性があるのなら
俺が美人にたじろいでしまうなんて。それほどまでに美しいと言わざるを得なく、今までに感じたことがない圧を感じている。
「君話し聞こえてる?」
「はい、聞こえてます」
恐らくこの人が冬弥の言っていた秋穂さんていう人なのだろう、聞いていた特徴と一致している。
髪を一つにまとめメガネをかけており、着ている制服は整った様子からまるでホストのウェイターのようだった。
「なら良かった、それで冬弥君が何をしたか教えてほしいの」
凛々しい立ち姿で再度俺に問い詰める、それと同時に音楽が盛大なものになり迫力も増している。
しかしそんなことを言われても仕方がない。教えてほしいって言ったって、俺が教えてほしいくらいだ、そのためにここへ来たんだから。
「秋穂君、彼も冬弥君の事でここに来たんだよ」
店長のナイスアシストによって秋穂さんの意識が店長へと向いた。
「そうだったんですね、それなら店長も早く言ってくださいよ」
「ねえ、なんで二人とも僕のせいにするの?」
女性スタッフ二人に問い詰められてしまう店長という図は、なかなか見られるものではない。
だからかこの人本当に店長なのかって言うくらい信頼がないとも思えてくる。いや、逆に信頼があるからなのかもしれない。
そんな二人の会話を笑いながら聞いている晴美さん、恐らくこれがこのカフェの雰囲気なんだろうな。
「君名前は?」
「自分夏輝って言います」
「そう、夏輝君ね。ごめんなさい、いきなり問い詰めてしまって」
店長と話し終わった秋穂さんはこちらを向いて深々と頭を下げた。きれいに伸ばされた背筋による謝罪は少しばかり見とれてしまうほど綺麗なものだった。
「……いえ、そんなかしこまらなくていいですよ、そこまで気にしていないので」
「そう言ってくれて助かるわ」
顔を上げた秋穂さんがそうやって微笑む姿はかわいらしく、あと少しで惚れてしまうところだった。
「どうしてそこまで冬弥の事を聞きたいんですか?」
緩みそうになった気を引き締めるために話題を変えた、あの勢いで聞いてくるってことは何かよほどのことがあったのであろう。
「それは、私の友達と冬弥君が買い物に行ってからその友達の様子がおかしいの。だから何かあったのかと思って」
そう話す秋穂さんの目は、ここにはいない友達の姿が映っているように思えた。
それにしても冬弥と買い物に行った秋穂さんの友達ってまさか……。
「それってもしかして春香さんっていう人ですか?」
「夏輝君しってるの!?」
カウンターから身を乗り出すほどの勢いで聞いてきた。
「え、ええ。よく冬弥から話を聞いていましたから」
「そうだったのね」
理由を聞いて我に返ったのか、わざとらしい咳をして自分の行いを正した。
「それで春香の事が心配だったから話を聞こうと思ったのだけれど、急にバイトに来なくなって」
「自分も話を聞きたかったんですけど、避けられて話を聞けなかったんです」
行き所のない気持ちを抱えていて、俺が来たことでそれを手放したのだろう。それは俺も同じなのだから。
「それでここなら聞けると思って来たのね」
同じ悩みを持っていると思ったのか秋穂さんがしおらしくなる。
たぶんお互いにわからないことが聞けると思ったのだろうが、それが叶わずもどかしくなる。
冬弥はいったい何をして、なぜここまで避けているのか……。
「ブレンドコーヒーです」
少しばかりの静寂を切るように注文したコーヒーが目の前に出される、コーヒーなど普段飲まないので違いなどはわからないが、鼻を抜ける香りは不思議と俺の心を落ち着かせてくれる。
口に含むとなんだか体の中の時間がゆっくりになったような気がした。味の違いなどわからなくてもいいものだな。
俺の心を覆っていた悩みの気持ちが少しばかり晴れていく、解決したわけでもないのに楽になったのは初めて飲むこのコーヒーの良さなんだろうな。
「どう、少しは気持ちが整ったかな」
「はい、ありがとうございます」
「ねえ私たちの分はないの?」
「ちゃんと二人の分もあるから、秋穂君も少し休んでいいよ」
コーヒーを受け取った秋穂さんはカウンター席へと場所を移した。
「ねえ、あんた本当に冬弥君から話聞いてないの?」
「何も聞いていないよ、だけど……」
そこで店長は何かを隠すように言いよどんでしまう。
「だけど何ですか」
またしても秋穂さんが食い気味に聞いている。俺の時ほどの圧はないにしろ、熱意だけは同じだった。
「ううん、内緒にしているわけでもないんだけど」
「ならさっさと言いなさいよ」
「自分も聞きたいです」
秋穂さんほどの熱意は俺には出せないけど、それでも俺は冬弥の事が心配なんだ。だから本人には会えなくても聞ける情報があるのなら、それを聞かずして帰ることはできない。
店長が俺たちの熱意に負けたのか、磨いていたグラスを棚に戻し、思い出すように話し始める。
「……これはあくまで僕の予想だけど、あれは隠し事がばれてすべてを失っているみたいだったよ」
店長の言葉は三人の口から声をなくし、同時にたぶん同じ疑問を思い浮かばせた。
隠し事?冬弥に隠し事があるなんて聞いたことがない。いや、人間なんだから隠し事の一つや二つあるものだけど、それがばれただけですべてを失ったみたいになるなんて。
いったい何を隠していたんだ。
「あんたみたいじゃないんだから、そんな事ないでしょう」
「だからこれはあくまで僕の予測なんだ」
晴美さんはそんなことないと言っているが、そうとは思えなく、予測だとしてもなぜかこの人の言うことには信憑性がある。
カフェの店長をやっているからかそういう人を見る目がきっとあるのだろう。
「店長の予測通りだとしても、その隠し事って何なんですかね」
顎に手を当てながら考える秋穂さんが問いかける、きっと誰しもが思った疑問を。
「僕には何とも言えないな。夏輝君は検討つくかい?」
「自分もわからないんですよね」
残念ながらその隠し事をしていたことさえ俺にはわからなかった。
「もしそうだとしたら、春香が冬弥君の秘密を暴いたってこと?」
字面だけ見たらなんだか壮大なものに思える。けどきっと当事者の二人からすればそれくらいの事だったのであろう。
「誰もわからないんじゃこれ以上話しようないわね」
手詰まりとなってしまいこれ以上はどうすることもできなかった。
手に入れた情報といえば冬弥が何かを隠していたこと、それも店長の予測でしかないけど。
だけどそれが何を隠しているのかもわからないし、どうやって春香さんがそれを暴いたのだろうか。
どうすることもできない俺はただコーヒーを啜って頭の中を整理するほかなかった。
店内に静かに弾き語られる音楽はまるで俺たちの状況を表すようなものに思える。
「……それじゃあ、知っていそうな人から話でも聞くかい?」
状況を打破するべく店長が思ってもいなかった案を出してきた。
「そんな人がいるんですか」
「知ってるなら最初からその人に聞きなさいよ、それで誰なのさ」
二人もそんな人がいるとわかり興奮した様子で聞いている。
先ほどまでの静寂が嵐の前の静けさのように、俺たちの勢いはどんどんと強くなっていく。
俺もそんな人がいるのなら直ぐにでも話を聞いてみたい、いったい誰なんだ。
「夏輝君悪いんだけども、この話は終わった後で話してもいいかな?」
「それは、なんでですか」
あと少しのところで手が届く、なのにも関わらずそれをいたずらのように高く上げられてしまった気がした。そして俺はお預けされて我慢できるほど大人じゃない。
「俺だって話を聞きたいんです、なんで終わったあとなんですか」
だから何としてもこの手を伸ばして、それを手中に収めたい。この勢いを弱らせたくないんだ。
「それはね、夏輝君がまだ未成年だからだよ」
未成年だから?店長の放った言葉に理解が追い付かない、俺の求めていた言葉とは程遠い回答に困惑する。なんで年齢が関わってくるんだよ。
店長の話を聞いた二人は何かわかったような顔をしており、俺だけがわからない状態で釈然としない。
「冬弥君、こればかりは私からもおすすめしないわ」
「秋穂さん、なんでですか」
「だって店長、あれを開くんですよね」
秋穂さんの悟った口調に乗せられて再び店長に視線を向ける、ただ真っ直ぐと答えお求めるように。
「うん、明日の夜、
夜空の家?いったい何のことを言っているんだ。
「すみません、夜空の家って何ですか」
店長には悪いけどこれ以上聞いても情報を得られないと思ってしまい、晴美さんなら率直に答えてくれるだろうと考えた。
「夜空の家はね、この人がたまに開くバーの事よ」
それで返ってきた答えは、確かに俺は参加することができない。大人の世界だった。
辺りはもう暗く月明かりがうっすらと照らしている、周りの家には明かりがともり寂しさはない、カフェからの帰りはそんな道だった。
店長が話していたバー、確かに俺は未成年だから参加することはできない。そうだとしても俺はそこで話されるであろうことを知りたかった。
「もう少しで届くのに」
空に映る星々へ手を伸ばすように、そこに見えるものへ手が届かないのはとてもやるせなく、悲しいものだと。
「バーだとしても参加したいです」
それが駄目だとわかっている、けど何もせずに黙っているのは嫌なんだ。
「そうはいっても、流石に未成年の夏輝君をバーに招待するのはこっちとしても難しいんだ」
無茶なことを言っているのは理解しているつもりだ、それで店長が困ってしまうということも。
大人に囲まれながら無意味に未成年の主張をする。店長と秋穂さんはどう説得するべきかといった感じだ。
そんな中一人だけこの状況を俯瞰して見て、冷静に軽い感じで話し始める。
「別にいいんじゃないの?別に未成年禁止してるわけでもないし」
そういう晴美さんは俺のほうを見ながら任せろと言った表情をしていた。
「それはそうだけど、一応お酒を取り扱うわけだからね」
「そんなの飲ませなきゃいいだけじゃない」
「だから居酒屋とは違うんだってば」
先ほどよりも露骨に困った顔をして答える店長、晴美さんの申したては素直に嬉しいが、ここまで困らせたくはなかったかな。
「一応関係者なんだしさ参加させてあげなさいよ」
どうにかして説得させようとごねてくれている、しかし店長もその要件を吞む気があるようには思えなかった。
お互いに言い合っているが平行線の意見、立場と優しさを感じる話し合いは終わることが無いと思った。
しかし……。
「冬弥君、やっぱり駄目だよ」
二人の話し合う横で秋穂さんが俺を諭すように話しかける。
「でも……」
「君はまだ高校生だ、一時の感情でいけない事はしてはだめだよ」
優しく言い放つその言葉に俺は何も言い返せなかった。
理由はわからない、だがまるでそのような一時の感情の行動を一度見たかのように思える言葉だった。
「話なら必ず後でする、だから今回は引いてくれないか」
ここまで言われて尚引き下がらない、なんてことはしない、そんなことをする程の子供でもなかった。
大人でも子供でもない、そんなどちらからも制限されるている状態がとても苦しくなる。
「ごめんね夏輝君」
誤ってくる店長からは本当に申し訳ないという感情が伝わってきた。
空に掲げた手を戻し、取り出したスマホから、カフェから出る直前に貰った三人の連絡先を眺める。
『話が終わったら連絡するわ、それか話しているのを電話越しに聞く用で』
そういってもらった連絡先、どう考えても三人もいらないだろうと思ったが、貰えるものは貰う主義なので。
話を聞いて電話越しというのもありだとは思う、けど俺は聞くのなら直接聞きたい、傲慢かも知れないけどその場の雰囲気とかも味わいたいから。
どうしても諦めきれない心を持ち、誰かどうにかしてくれと、もがきたくなる。
「俺はどうすればいいんだ」
助けてくれた親友に関することに関われず何もできないなんて。
恩返しとまではいかなくても、あいつの抱えているものを少しでも楽にしてやりたいんだ。
しかし、実際は俺にはあいつと同じように困っている人間を助ける才能なんてなかった、あいつのように助けてやれる存在に……。
「いや、あいつと同じ存在を目指しても仕方がないよな」
もう昔みたいに誰かになりたいなんてことはない、たまにこうやって出るときはあるけど。
それでも冬弥に言われた『そのままでも面白い』っていう言葉、その言葉のおかげで今の俺があると言っても過言ではない。
あいつは何気なく放った言葉かもしれない、だからこそ俺の心に深く根付いている言葉なんだ。
「もし冬弥が今の俺を見たらなんて思うかな」
そんないくらでも出てしまう考えを仕舞う。
どうすることもできないのであれば、どうにかできるまで考えるのが俺だろうと。
このことを考えると必ず冬弥と出会った時を思い出す。
内気で何もしようとせず籠りきっていた俺を冬弥は連れ出した。
なら今籠っているはずの冬弥を引きずり出さないで何が親友だよ。
「でも結局何も浮かばないんだよな」
タイムリミットは明日の夜、それまでにどうにかして策を考えなきゃいけないのに。
沈んだ気持ちから這い上がっても目の前の問題は解決しているわけもなく途方に暮れながら歩く。
するとポケットに入れていたスマホが通知を知らせるために震えた。
それに気づき誰からだろうと確認すると、相手は先ほど交換した相手からだった。
『明日十九時からバーを開くから来な、何かあっても私が助けるからさ』
どうやら送られてきた文面は、俺を助けてくれる招待状だったみたいだ。
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