第11話前 俺の罰

 カフェで休憩した後真っ直ぐに星空の家へと向かった。

 途中の夕陽さんのあの言葉がどうしても気になっているが今も聞けないままでいる。

 聞いてしまえば今の関係が変わってしまいそうで。

 最寄駅からだと歩いて十分くらいの道のりなのだが今はそれがとても長く感じてしまう。

「冬弥さんこの公園で少し休みませんか?」

「いいですよ」

 駅からカフェまでの途中に公園がある、十七時を過ぎれば誰も寄り付かなくなる公園。

 夕陽さんを見ても疲れているようには思えない。

 いったいなんで……。

 公園内に入っていく俺たち、そんな中今日一日で夕陽さんの事がわからなくなってきた、俺の感情はまるでだんだんと変わる空模様のようだ。

 夕陽さんは奥にあったブランコへと向かい乗る、漕ぎ出しているのを俺ははたから眺めていた。

 夕陽さんから何か話すわけでもなく、ただブランコを漕ぐ音だけが響く。

 いったいこの時間は何なのだろうか、夕陽さんはいったい何を考えているのだろうか、俺はいったいどうすれば。

 考えれば考えるほどわからなくなり次第にはマイナスのほうへと考えてしまう。

 何か癇に障るようなことをしたのだろうか、昼ご飯がだめだった?俺のおすすめのカフェが合わなかった?もしくは……。

 俺が、だめだった?

 考えても考えても答えが出ない、はっきりと言って無駄な行為。

 それなのに愚かにもそれを続けてしまう。

 オレンジ色の空に映るカラスたちはまるで何もわかっていない俺を見下すように、電線に止まっている奴は嘲笑っているようにさえ感じる。

 そうして悩みぬいて、永遠にも思える思考の中を遮ったのは夕陽さんが漕ぐブランコの音だった。

 もう何を考えても意味がないな。

「夕陽さん……。」

「なに?」

「どうして公園に寄ったんですか」

 わからなくなった俺は素直に聞くことにする、いやもう考えたくないだけかもしれない。

 俺の問いを聞いた夕陽さんはニコッと笑った後ブランコから降りた。

 ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる夕陽さん、その姿は可憐で夕陽とよく似あう。

 そしてだんだんと近づくと鮮明に見えるその笑顔は……。

「やっと聞いてくれたね」

 無理に作った笑顔だった。

「もう笑顔もぎこちないでしょ」

 何を言ってるのか、どういうことなのか。

 理解しないようにと必死に目を背ける。

「冬弥君は今日一日それだね」

 心が見透かされ、心臓が跳ね上がり喉を刺激する。

 動機が収まらない、なんでだどういうことだ。今日一日それだった?まさかそんなわけ。

 ばれるはずは……。

「俺は今の夕陽さんがわからないです」

 苦し紛れに出た言葉は突き放す言葉、自衛のために出たその言葉で夕陽さんを傷つけるとも知らずに出した身勝手な言葉。

 だがそんな言葉も……。

「そんなの私のほうが冬弥君の事、わからないよ」

 同じ言葉で傷を抉られる。

「今日の冬弥君、ずっと何かを隠してるよね」

「……そんな、隠してるなんて」

「いや今日じゃなくて星空の家からだよね」

 俺はよく顔に出るほうだと夏輝に言われる、でもそれは喜怒哀楽の感情だけだ。

 取り繕っているから、本当の感情は表にださない。

 ……なら俺は今、どんな顔を?

「冬弥君隠し事うまいよね」

 なんなんだ?なんでなんだ?

「それくらいうまいならお友達にも隠し通せるでしょ」

 今俺は、夕陽さんに嫌悪感を抱いている。のか?

「でもさ冬弥君、その目、だったらだめだよ」

 言われて反射的に片目を覆う。

 俺の目がいったい。

「今日一日出した豊かな感情の中で、目だけが違ったもん」

 一瞬周りが静かになる、そしてあんなに赤かった夕焼けの色が分からなくなる。

『俺の、目……』

「その目は私がよく知ってる目だよ」

 かろうじて聞こえた声、恐る恐る唯一色がある夕陽さんを見る。

 はっきり言って本当に見ているかもわからないけど。

「その目はさ、取り繕って人にばれないようにとする。そんなときによくなる目だ」

 鏡で今の自分の目を見ていないからわからないが、どれだけ最悪に思える目をしているんだ。

「そして、私がよくしてた目、だよ」


 ……わからない、なんで俺は公園で一人ブランコに座っているんだ。

 何を間違えた……。

 どこで間違えた……。

 いつから間違えた……。

「コンビニで会ったったこと?カフェで会ったこと?」

 もしくは。

「あの雪の日に助けてしまった、こと?」

 ……わからない。

 別れ際夕陽さんが話していたこと、俺のしてしまったこと。

 そもそもこれに正解なんてあるのか?

 正解がないのに探している俺は愚か者なのか?

 恐らくもう日は沈んでるのであろうな、空を見上げても何も見えやしない。

 真っ暗闇、まるで今の俺のようだ。

「俺は知らないことが多いな」

 この暗闇の脱し方も、好きな人の本心も。

 好きなのかどうかの気持ちさえも……。

 スマホの連絡先にある二人の名前を眺める。

 どちらも何を言って、どう関わったのかわからない二人。

「なあ、夏輝。俺はお前の友達、なのか?」

 それすらもあやふやになってしまうほど今の俺はどうしようもなくなっている。

 「とりあえず、店長の荷物は渡さないと」

 もはや機械的に動いている身体、自分の意志なのかわからず、誰かに操縦されているような感覚になる。

 そんなだからか、ここからなら徒歩数分の道のりも永遠に感じる。

 ……そもそも俺が悪いのか?

 あの日俺が助けたからいまがあって……。

 この考えは辞めよう。

「これだけはしてはいけない」

 一瞬でもしてしまった自分の正気を疑いたくなる。

「最悪の気分だよほんと」

 最悪過ぎて笑えてくるわ。

 どんどんと暗闇に落ちていく俺とは逆に住宅の明るさが際立ってくる。

 そうして一軒の温かみのある光の家へとたどり着く。

「冬弥君、一人かい?」

「店長……」

「少し遅いから心配してしまってね、荷物なら春香君が届けてくれたから」

 ……なんだって、じゃあ今俺の持っている荷物は?

「その袋、あの店のグラスだね。自分用かい?」

「……はい」

 俺には道化の才能でもあるんじゃないか。

「それにしても春香君と何かあったのかい?」

 何かあった?逆に何もなかったのかもしれない。

「大丈夫ですよ、それと店長暫くなんですけどバイト休んでも大丈夫ですか」

「……君にそれが必要なら止めないよ」

「ありがとうございます」

 帰り道店から離れるごとに背中の温かみが消えていく。

 そうしてまた暗闇に戻っていく。

 ああ、店長。

 今の俺にとってそのカフェは、本当の意味で星空の家ですよ。

 暗闇に照らされる星々のような家の横を通り、暗闇へと溶けこむように帰路についた。


 その夜自室にこもっていると夏輝から連絡が来た。

『今日はどうだったよ、俺のアドバイス役に立ったか』

『ああ、役に立ったよ』

 夏輝には感謝しているよ、お前のプランのおかげで楽しかったのだから。

「だからお前は悪くないよ」

 全部俺が悪い。

 何もせず、何もできず。隠し事を隠しきれなかった。

 たぶんこれは罰だ。

 一番の友人と好意を持っていた人に対して最悪の隠し事をした罰なのであろう。

「ならその報いは受けなければ」

 罰に対しては相応の報いを、昔からあるルールじゃないか。

 ならそれにのっとるまで。

 最初から間違っていたんだよきっと。二人に関わってしまったこと自体が。

 夏輝は今ではみんなに囲まれるような存在だし。

 夕陽さんには秋穂さんもいる。

 なら俺は消えても問題ないな。

 終わりにしよう……。

 二人に関わるのを。


 これが愚かな選択だとわかっていても。

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