第10話 本当のあなた
電車に揺られ数分、そこから十分ほど歩いたところに今日行く冬弥のお気に入りのカフェがある。
昭和の喫茶店のような外観でレトロな雰囲気を出し、なぜか後ろ髪が引かれてしまう魅力があるそんなカフェだ。
ここには何回か来ているが自分以外の若い人が入っているのをほとんど見たことがない。だいたいは常連客と懐かしい雰囲気に誘われた人しか来ない。
「どこか懐かしい雰囲気ですね」
「なんだか引かれませんか?」
「どこか無視できないんですよね」
「そうなんですよ」
扉を開け店内に入る、カランとベルの音が俺たちを出迎えてくれる。
中では客が二人とマスターの計三人だけだった。
店内にはクラシック音楽が流れており、少しダークな雰囲気の店内と相まってゆったりと重く、だけども苦しくなく心地いい雰囲気になっている。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
軽く会釈をし、奥にあるテーブル席へと向かう。
すれ違う客はコーヒーを飲みながら本を読んでいるため音楽がよく耳に入る。
「星空の家とは違う雰囲気ですね」
「比べると静かですもんね」
「でも好きですこういう場所」
どうやら夕陽さんも気に入ってくれたようで安心する。
メニュー表を手に取りいつものコーヒーに決める、一方夕陽さんはメニューの中身を見て驚く。
「ここのメニュー豊富ですね」
実はここのマスターは定年退職してからこのカフェを始めたのだが、定年前は洋食屋の料理長をしていたらしく、そのためメニューが豊富なのである。
「しかもどれも絶品なんですよ」
「今度はお昼を食べに来たいです」
流石に今日は昼にラーメンを食べたから飲み物とスイーツにすると言った。
しかしスイーツの量も結構あるためかなり悩んでいる様子だ。
そんな様子を眺めているといつも通りに見える夕陽さん顔が少し疲れているように思えた。
「夕陽さん大丈夫ですか?」
「はい?何がですか?」
「いえ、なんだか疲れた顔をしているように見えたので」
その一言に一瞬呆気にとられたかのような表情をしたが、直ぐにいつもの表情に戻る。
「大丈夫ですよ」
そう答えるがやはり少し心配になる、ので……。
「このガトーショコラおすすめですよ」
俺が疲れた時などに頼むものを勧める、食べたら疲れが飛ぶほど甘くて幸せな気分になれる。
「では、コーヒーとこのガトーショコラで」
「わかりました、すみません」
注文を言い終えると夕陽さんから感謝の言葉を貰う。
「今日はいろいろ回りましたからね」
「はは、そうですね」
バイオリンの優雅な音が店内を流れゆったりとした時間を過ごす。
「俺よく古本を買ってここで読むんですよね」
静かでゆったりとしたこの店で本を読むのが好きで、よく百貨店で古本を買ってからここにきている。
「私普段本は読まないんですけど、ここでなら読みたくなりますね」
その後注文が届くまでの間クラシックとマスターのコーヒーを入れる音だけが店内を満たす。
普通ならこの静寂に耐えられないが、ここの雰囲気に充てられてしまっては静かに過ごしてしまう。
いつものように音楽に耳を預て待つ、夕陽さんはメニューとにらめっこしながら次に何を頼もうかと考えているようだ。
「お待たせいたしました。コーヒーとガトーショコラです」
待っていた品が届く、夕陽さんも待ってましたと言わんばかりの顔をしている。
俺はコーヒーを飲み一息つく。星空の家のコーヒーとは違い酸味よりの味わいになっている。飲みなれている者とは違って新鮮な気持ちで飲めるからそれ目的で飲みに来ているまでもある。
ガトーショコラを一口食べた夕陽さんは幸せそうな顔と同時に少しだけ疲労が回復した顔をしていた。
俺も少しばかり疲れていたためコーヒーを飲んで回復する。
静かにゆったりとした雰囲気の中でお互いの疲労が回復するまで注文した品に手を付ける。
「おいしかったです」
食べ終えた夕陽さんが感想を零す、顔を見ると注文する前と比べ顔色が良くなったように思える。
その後会話をするわけでもなく二人の間に沈黙が流れる。
しかし俺は疑問に思った、いくらこの店の雰囲気があるとしても、この店に入ってからの夕陽さんは買い物をしている時と比べて静かすぎる。
甘いものを食べたとは言えまだ疲労を回復しきっていないのか、それとも何か違う理由があるのか。
「夕陽さん大丈夫ですか?」
心配になり再度尋ねることにした。
しかし……。
「本当に大丈夫ですよ」
またしてもそういわれてしまう。
「なんだか心配させてしまってすみません」
さらには謝罪までされてしまい申し訳ない気持ちになってしまう。
先ほどまでの静寂とは違う、重苦しい雰囲気が漂い始める。
この空気感をどうにかしたいと思うが何を話せば夕陽さんの調子が戻るのか……。
「冬弥さん」
「はい」
流れを切り裂くように夕陽さんが話し始める、急なことで驚いてしまった。
「少しまた私の話をしていいでしょうか」
流れを変えたが空気感は変わらず、そんな状態のまま夕陽さんはまた自分の話をし始める。
「実は私、本当は人付き合いが苦手なんです」
「それは、本当ですか?」
俺が見てきた夕陽さんからは考えられないことを言われ困惑してしまう。
「人と接するとき無理にでも自分のテンションをあげているのですが、結構無理してるんですよね」
「その、なんで無理を?」
「そうしなければ付き合えないからですね」
その言葉にどれだけの苦労が隠されているのだろうか、自分を偽って人と関わるのは恐らくみんなしていることだ。
「テンションをあげて周りと付き合う、いつから覚えたかわからない生きるすべです」
俺にはわからないすべ、そのことを知らないのが幸せなのかはわからないが、こうして話す夕陽さんを見ているとそうとは思えない。
「結局いつまでたってもそれは慣れないで疲れてしまうんですけどね」
「慣れないことを続けるのはつらくないですか?」
「どちらかといえば辛いかもですね」
「その、秋穂さんには話してるんですか?」
「秋穂には話してないですね。たぶん気づいてると思いますけど」
秋穂さんにも話していない内容をなんで俺に……。
「わたしこのお店のような雰囲気が好きなんです」
「理由を聞いても?」
「一人になりたい時があるからですね」
話していく夕陽さんの顔はだんだんと疲れが消えていくが、それと同時に思い詰めている感じがする。
これを話していること自体無理をしていて、直接は言わない何かを伝えたいともがくように。
「こういう生き方をしてきたから悩みがあっても誰かに話すことができなかったんです」
「なにか発散方法はあったんですか?」
俺の問いに対して首を横に振る、その仕草を見てゾっとしてしまった。
「発散方法もなくてどんどん考え込んでいって、そのままふさぎ込んだり、自分でも思いもよらない行動をするんです」
それを聞いて雪の日のことを思い出す。あれはミスが重なったと言っていたが、本当は様々なことが重なり合ってその日に壊れてしまったのだろう。
自分でも思いがけない行動、もしあの日俺が見過ごしていたら下手をしたらテレビなどで見ていたかもしれない。
あの日の気まぐれがなければ今のこの時間がなかったのか。
「これが今話したかったことです」
そういう夕陽さんの顔はつきものが取れたかのようだった。
しかしここまで話してもらって一つの疑問が残る。
それは……。
「どうしてこの話を今、俺に?」
本当の自分を話すのが苦手なのにもかかわらずこの話を俺にしてくれた理由。
そこまでして俺に伝えたかった事って……。
「……さあ、なんででしょうね」
その言葉と顔にはたくさんの感情が載せられているのだと思う。
安堵、期待、悲しみ、諦め、そして失望。
そういった感情がそのぎこちない笑顔にはあった。
疑問は深まるばかりで俺はそれ以上を聞くことができなかった。
「コーヒー無くなってしまいましたね、冬弥さんもお代わりしますか?」
「そうします」
今の夕陽さんは今までのような明るい感じになっている。
先ほどまでの夕陽さんが別人のように思える。
いったいどちらの夕陽さんが本当なんだろうか。
どちらの夕陽さんも本当ではあるだろうが、そうと思えてしまうほどに俺はまだ知らないことが多かった。
残りのカフェの時間、俺は増していく考え事を片隅に置きながら夕陽さんと話し合って過ごした。
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