第5話星空の家4

 取り残された俺は夕陽さんの正面に座りコーヒーを啜る、啜りながら夕陽さんのほうを見ると、どうやら向こうも秋穂さんの行動には驚いたらしく先ほどまでの威勢はなくなり借りられた子犬のように縮こまっている。

 縮こまってる姿が可愛いからもう少し見たいけど流石にそれは辞めておこう、とりあえずはこのままにしておくのも気が引けるし聞きたいことでも聞いてみるか。

「夕陽さんは何を話したいんですか?」

 聞いてから思ったけど少し高圧的過ぎたかもしれない。反省しつつ夕陽さんの回答を待つ。すると緊張をほぐすためかコーヒーを口に含み気持ちを落ち着かせている感じだ。頭の整理が終わったのか夕陽さんはやっと話してくれた。

「その、冬弥さんはこのカフェを働きだしたのはいつ頃からなんですか?」

 今朝の事を話すのかと身構えていた俺は急に聞かれたバイトの事に驚いて少し思考が停止してしまった。

 直ぐに思考を取り戻し夕陽さん質問を反芻し答える。

「そうですね、だいたい一年位前ですかね」

「そんな前からだったんですね、私もたまに来てたんですけど気が付かなかったです」

「そうなんですね。自分はだいたい学校終わりに入ることが多いので」

「だからかもですね、私が来るの朝とかが多いので」

 そこからも恐らく本題に入る前の雑談を続けた。大学のころから通っていること、そのため店長や晴美さんとは顔見知りなこと。そして秋穂さんとは大学からの付き合いなこと。

「最初のころは私からかまってたんですけど、いつの間にか仲良くなってましたね」

「最初のきっかけは何だったんですか?」

「たまたま隣になって私が教材を忘れたときに見せてもらったのが最初ですね」

 それからは少しずつ話したりご飯などを一緒にしていったらしい。そしてお互い友達と呼べるようになったとき、秋穂さんからこのカフェを教えてもらったようだ。

「冬弥さんはなんでこのカフェで?」

「自分はたまたまここに立ち寄って雰囲気が好みだったのでバイト始めましたね」

 そこからは自分の事を知ってもらおうとバイトの事や学校の事を話してたりした。

 夏輝の話題も軽くしたが夕陽さんは『面白い人ですね』と笑っていた。夏輝の奇怪な行動はどこでも面白い話として通じるみたいだな、なんだか喜ばしいと勘違いしてしまう。

 一通り話し終えお互いに落ち着き乾いたのどを潤すようにブレンドコーヒーを流す、いつもはゆったりと飲むコーヒーだがこうして話した後に飲むコーヒーもまた違った味わいがある。

 そうして先ほどまでの雑談の雰囲気も流れ本題に移る流れとなった。

「冬弥さん、改めてなんですが」

「はい」

「今朝も言ったのですが、もう一度いいます。あの雪の日に助けてくださり本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げてお礼を言う夕陽さん、今朝の勢いで言った言葉とは違い丁寧な言葉での感謝をもらった。

「あの日の私ってとても余裕がなかったんです」

 その後に続く話は高校生の俺が想像しても足りないような社会の世界だった。

 学生とは違う責任、複雑な人間関係、どんどんと増えていく仕事。そんな濁流のような経験を夕陽さんは語ってくれた。

 もちろんいろいろな職場があるから一概には言えない、このカフェのような職場もあるだろう。けど夕陽さんが入った職場はそうではなかったようだ。

「そういったことが重なって、そしてその日のミスがかなり心に来てしまって、それで……。」

 先ほどの雑談で気持ちを上げてなかったらどうなっていただろうか、その日を思い出しながら語る夕陽さんはどんどんと沈んでいった。その姿を見てもあの日のような声をかけることができない自分にわずかな憤りと不甲斐なさが感情を覆っていく。

 そのあとは俺が見た光景と一緒だった。公園のブランコに座り、振る雪に抵抗せず地面と同じように白に染まっていく。何も考えたくなく何もしたくない、そんな思いのまま雪と共に消えてなくなりたいと。

 そんな話を聞いているこちらも息が苦しくなる、病んでしまう人の話はネットや講演で聞いたことはあった。しかし目の前で本人の話を聞くのは心底くるものがある。

「でも、そんなときに冬弥さんがココアをくれて、お話をしてくれて救われたんです」

 すみません、今の俺はその話した内容を覚えていないんです。

 本人から聞き確かに俺は夕陽さんを救ったんだろう。だからこそ覚えてないことが後ろめたく思うんだ。

「その後は冬弥さんも知っての通りですね、長々と暗い話をしてすみません」

 心の中で夕陽さんに謝罪する、話した内容を覚えていないことと今それを言えないことを。

「三度同じことを言うのですが言わせてください。本当にありがとうございました」

 夕陽さんの顔を見ると涙ぐんだ顔をしており、やっときちんとお礼を言えたと安堵していた。

 表面上で感謝を受け取るが内心は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 お互いに落ち着きのコーヒーを飲むが気分は全く以ってもって真逆と言っていい、それほどまでに違ったと断言できる。

 言いたかったことを言った夕陽さんは機嫌がよくなっていたのであろう、そう言わざる負えないほどの言葉が俺にくる。

「冬弥さん今度の日曜の予定は?」

「特に決まってないですよ、バイトもないので何をしようかと」

 何とか平静を装った感じで返答できた。たぶん……。

「でしたらその日どこかへお出かけに行きませんか」

「うぐっ!?」

 コーヒーを気管に詰まらせてしまいむせてしまう、というより夕陽さんの発言に驚きむせてしまったが正しいな。

 夕陽さんに心配されながらせき込むがそれどころではない。今何て言った?お出かけ?俺と夕陽さんで、しかも休日に。

 嬉しさと驚きと困惑が混ざり合いどうすればいいか直ぐに答えが出せる心境ではなくなってしまう。

「どこかに行くのなら冬弥君に買ってきてほしいものがあるんだけどいいかな?」

 どこからともなく現れた店長が席の横でそんなことを言った。

「実は買うものが多いからね春香君にも手伝ってくれると助かるんだ。もちろんお金は払うよ」

 今回はグラスではなくトレーを持った店長が二人で外出する口実を作り始める。あんたはグラスでも磨いてろよ、ありがたいけど。

 それならといった表情でこちらを見る夕陽さん、店長も行ってきなさいと顔で訴える。

 ここまでされて断るなんて俺にはできない。むしろしたくない。

「わかりました」

 この場の空気に耐えられなくなり了承してしまった。

 そろそろ忙しい時間になる、夕陽さんはその前に帰ることにした。

「ではお出かけの話をするのに連絡先を交換しますか」

 夕陽さんから連絡先の交換を提案されて交換した。なんだかんだ女性の連絡先は初めてでなんだかむず痒い気持ちになるな。

「バイト頑張ってください、秋穂にも頑張ってと伝えておいてください」

「ありがとうございます、ちゃんと伝えときますね」

 夕陽さんが帰路に着きそれを見送った。

 その後は終わりの時間まで忙しなく働きこの時だけいつもの今日が流れた。

「先に買ってくるものリスト渡しておくね」

 バイトが終わり仕舞い作業をしている時に店長から意味のないリストをもらう。

 どうせお見上げ話とかが書いてあるのであろう、そう思いながら開くと。

「きちんと買うものがある」

「まさか嘘だと思ってた?」

 まさか買うものが本当にあるなんて。

 そんな驚きをしつつ仕舞い作業が終わり帰る準備をする。着替えが終わり帰ろうとカフェから出たところで秋穂さんが待っていた。

「冬弥君お疲れ様、ついでなんだが私とも連絡先を交換しないか?」

「いきなりどうしたんですか?」

「なんだてっきりもっと驚くのかと」

「今日はもう驚き疲れたので」

「それはご苦労なことで」

 もちろん内心ではちゃんと驚いている。ただそれを表に出す体力が残っていないだけだ。

「春香の好みだったりを教えるから出かけた日の話を聞かせてね」

 不意にそんないたずらに笑う秋穂さんにドキッとしながら長かった今日が終わろうとしている。

 いろいろなことが起きすぎて疲弊していた俺はこの時考えもしてなかった。

 

 この日の選択を後悔するなんて。

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