第5話星空の家2

 ホールへ出た私は店内を一周する。自分を呼んだ人物何てだいたいの予想はついてはいるが、そして実際にカウンターに座って晴美さんの話を聞いている親友の姿がそこにいた。

「この時間に来るなんて珍しいね、春香」

 私の声に反応してこちらへ振り返った春香は何やら悩みを抱えたような表情をしていた。

「よかった秋穂がいて」

「わかって来たでしょうが」

 照れ気味に笑う春香に相変わらずだなと思いながらここへ来た理由を尋ねる。

「それでいったい今日は何の用で来たのさ」

「うんそれなんだけどさ」

 なんだかバツが悪そうなのに対しやれやれと思いつつ、うつむいている春香の返事を待っているといきなり顔を上げ店長のほうに向けて口を開く。

「すみません店長、秋穂と二人で話したいのですが大丈夫ですか?」

 春香のお願いに対し店長は顎に手を当て少し考えるフリをする。どうせ答えなど決まっているのだから早く答えてあげればいいのにと思いつつこれが店長のやり方なんだやなとあきらめの感情が出る。

 春香とはよく私と一緒に大学時代ここのカフェによく来ていた、なのですでに顔見知りの関係だし常連客でもある。だから店長の答えもきっと。

「うん、いいよ。この時間ならお客さん少ないし、今だったら従業員もいるしね」

「そうだよ春香ちゃん、この私だっているんだしね」

 やはり予想通りの回答が返ってきた。

「ありがとうございます!」

 春香が勢いよく感謝を述べる、その姿にやれやれと思いながら春香をいつもの相談席であるカウンターから離れた角の席へと案内した。

 荷物を置き席へと着いたはるかに対しすぐさまいったい何があったのか切り出した。

「うん、実は悩み事があるんだけどね」

「やっぱりね、それでどうしたの?」

 予想通りの回答にある意味安堵しつつ聞いたのだがここで春香のいつもの癖が出てしまった。

 自分の中での整理が付いておらず、いったい何から話そうか、どこから話そうかとわちゃわちゃとせわしなく考え始める。いつもの春香の悩みを話すまでの動作なのだが、まさかそんな動作を一日で二回も見るとは思わなかったな。

 それに対してため息を吐きつつとりあえずは出てくるまで待つかと思っていたらカウンターのほうから待ち望んでいたのがやってきた。

「どうぞ、これでも飲んで落ち着いてね」

 店長から差し出される当店自慢のコーヒー、今では私もたまに入れたりするがやはり私はこのコーヒーが好きだ。

 春香も好きなそれが出てきて嬉しいのか先ほどまでの忙しさがなくなっていた。

 二人して店長に感謝を述べる、それを受け取った店長はまたカウンターへと戻りグラス磨きに戻る。

「「いただきます」」

 お互いコーヒーカップをソーサーから持ち上げ香りをかぎ口へと運んでいく。口内に流れるのは店長が改良を重ねてできた当店一番人気のブレンドコーヒー、苦みの奥からくる甘い香りと深い味わいがこのカフェを好きになった味なのだと脳に刻まれている。

 お互いにほっとした感情となりゆったりした空気感が流れる、そうしていつものように落ち着いた春香は頭の中で整理した悩みを口から零れだした。

「実は私ね今朝朝日君に伝えたの」

「まさか告白?」

「茶化さないでよ」

 ごめんごめんと謝りつつ春香の次に出る言葉を聞き逃さないようにした。

「それでね、実はあの日の事のお礼を彼に伝えたの」

「それほんと?」

 本日二度目の驚きの声を上げてしまう、まあ一回目の驚きは別の感じだったけど。

 そして今回の驚きは本当に勇気を出して言ってくれたかという驚きだ、前回私が鼓舞したとはいえ関係が前進してくれたのが自分のように嬉しいのだ。

 しかし嬉しいのもつかの間一つの疑問が思い浮かぶ、ではいったい春香は何に対して悩んでいるのだろうか。

 自分の気持ちを伝えたのだから良いのではないかと、それに対して何を悩む必要があるのかと。

 そんなわかりもしないことをぐるぐると考えても仕方がないな。

「それで何に悩んでるの?」

「うんそこなんだけどね」

 春香が神妙な面持ちでいると。

「実は朝日君感謝を伝えたらコンビニから出て行っちゃったの」

「え?」

「それで私間違えちゃったのかなって。もしかしたら言わないほうがよかったのかな」

 そういうと春香はまたうつむいてしまった、間違ったと思い込んでいる自分を責めるように、自分の感情に蓋をするように。

 そうやって殻に閉じこもってしまう春香を見て、自分の中にあきれの感情と共に怒りを感じていた。

 もちろん春香に対してではなくその男に対してだ。

 うちのかわいい春香が勇気を出して感謝を述べたのにそれを受け止めずに逃げ出して、そしてこんなに悩ませて。

 私はそんな奴に春香を任せたくない。

 受け取る勇気もなく春香に近づくなんて許すことができない。

 もうあんな春香は見たくないのだから。

 だからその男を春香から遠ざけなければ……。

「春香はさ……」

 私の声を春香は聞こえているだろうが顔を上げようとはしなかった。だけどこれだけは伝えなければいけない。

 今ここで私が否定するのは簡単だ。

 春香から彼を遠ざけ安全な場所で匿い過ごしていく。それができれば恐らく春香はこんな思いをしないだろう。

 けれどそれは私の勝手な願いだ、私の勝手な思い込みでまた春香を傷つけるのか、春香の意志を組んでいると思い込んで発言してしまうのか。

 もっともそれを聞いた春香はどう思うだろうか、自分の事を救ってくれた人を、そして想っている相手の事を否定されたらどう思うだろうか。

 私からしても救うことができなかった春香を救ってくれた恩人だ。だからこそ私の一時の感情で否定するわけにはいかない。

 だからこそ、春香に聞かなければならない。

「春香は、どうしたいの?」

 これは春香の問題だ、悩みを聞いておいて薄情と思われるかもしれないけど、それでも春香の意志を尊重したいと思った。

 だって春香には後悔してほしくないから。

 私のその問いに春香はやっと顔を上げてくれた。まだ目には希望の色は灯っていなっかったけども。

「春香の悩みには全力で応える。だからこそ私は春香の思いを尊重したいの」

 私の声がどれだけ響いているのかわからない。けど何も伝えずに傍観するのだけはもうしたくない。

 それで春香が選んだ道で苦しむようであればその道を今度は正してみせる。

 だから私は先ほど聞いたことをもう一度春香に聞いた。

「春香はどうしたいの?」

 私も、もう二度と間違えたくないから。

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