第5話星空の家1

 自分の覚えていない記憶が二人の出会いの記憶だった。今までどんな記憶を忘れているかなんてかんがえたこともなっかたから、そして同時に考えなければいけない事が増えてしまった。

 何故二人の出会いの記憶がないのか、出口のない迷路を彷徨っているかのようなそんな気持ちのまま午後の授業を受けていた。

「それじゃ冬弥俺は愛の補修に行ってくるよ」

「それは皮肉なのか?」

「いや実際に言われたこと」

 夏輝の話を聞くに『夏輝君は馬鹿なので補修です!これは愛ある補修なので喜ぶように』だそうだ。因みに数学教師の高橋は男だ。悪い先生ではないんだよなむしろ好かれてるほうだし。

「あの言い回しさえなければ最高の先生なんだけどな」

「そこがあの人の利点であり最大の欠点だろ。いいから早く行ってこい」

「あーい。じゃあまた明日な」

「おう。またな」

 夏輝を見送ったことだし俺もそろそろ行くとするかな。記憶の件はまた考えればいい。

 荷物をもって教室を出る、玄関口へと向かう廊下では部活に向かう生徒や委員会に行く生徒など各々やることやりたいことがある生徒とすれ違っていく。

 玄関口で靴を履き替え学校を出る途中部室へ向かうクラスメイトと軽く話し校門をでる。そして家とは反対の方向へと足を運ぶ、実を言えば俺も家に帰る以外の目的を持った生徒である。

 俺がこれから向かうのはもう一年以上通っているバイト先だ。住宅街にひっそりとあるカフェそこが俺のバイト先だ。

 常連と幸運にもたどり着いたお客さんしか来ないカフェ、俺も見つけたのはたまたまだった。

 一年ほど前に見つけた隠れ家のようなカフェはとても居心地がよく雰囲気も俺好みのものだった。いかにもカフェという店内でそこから流れるクラシックやジャズはその日の店長の気分によって変化する、その中で飲むコーヒーと当店の自慢のオムライスが最高の気分にしてくれる。

 そんなこんなで気に入ったカフェに今もバイトをしている。

 学校を出てから十分ほど歩いてバイト先へと着いた。木製の扉を開けて中へと入ると店内では店長がカウンターにてグラスを磨いていた、そしてテーブルのほうでは常連のお客さんと店長の奥さんが話をしている感じだ。

「やあ冬弥君、こんにちは」

「こんにちは店長」

「あら冬弥君、もうそんな時間なのね」

「ヨネさん結構いましたからね、こんにちは冬弥君」

「こんにちは」

 ヨネさんはいつもいる常連中の常連客だ、その話し相手となっているのが晴美さん。

 晴美さんと店長とは四歳差でOL時代の晴美さんが当時開業したばかりのこのカフェに立ち寄り、そこでひとめぼれした晴美さんが猛烈なアタックをし、根負けした店長と付き合ってすぐに結婚したそうだ。

 店長は体格がよく渋い声と顔をしているから怖がられがちだがその実温和でとてもやさしい人で、晴美さんは若く見られがちで気の強い人だ。はたから見てお似合いかといわれたら微妙だがとても気が合う二人である。

「今日も秋穂君に聞いてから始めてね」

「わかりました。キッチンにいますかね」

 肯定の頷きをした店長を確認し奥へと進んだ。

 控室へと向かう途中にキッチンがあるので覗くと店長の言う通り秋穂さんがいた。見たところ食材の在庫確認をしているようだ。

「おはようございます、秋穂さん」

 俺の声に反応してゆっくりとこちらへ振り返った。肩まである髪を一つにまとめバイト中だけにかけているメガネを付けていた。

「おはよう、冬弥君」

「今日手伝うことはありますか?」

 俺の質問に対し顎に手を当てながら考える仕草をした。美形である秋穂さんがその仕草をするととても絵になる、俺が美術部だったら今すぐにでもスケッチしたいほどだ。

「そうだね、だったら在庫確認を手伝ってもらおうかな」

「わかりました。直ぐ着替えてきます」

「別に急がなくていいよ」

 秋穂さんの優しさを受けいつもより若干早く控室に行き急いで着替え予備のエプロンを手に取りてキッチンへと向かった。

「それじゃあ冬弥君はこっちの確認をお願いね」

「わかりました」

 秋穂さんに頼まれた仕事をこなしていく。どうやら店長が確認を忘れていたらしくその尻拭いを秋穂さんに任せたみたいだ、その量が意外と多いらしく苦労しているようだった。今日はランチの時間が混んでしまったために確認時間が取れずこうやって俺も手伝うことになった。

「久しぶりに店長を恨んだわ」

「そんな店長は悠々とグラス磨いてましたからね」

「帰り際に手当の話でもしようかな、冬弥君もする?」

「自分は大丈夫ですよ」

 冗談だけどねと笑い気味に言っていたがどう考えても目が笑っていなかった。顔が整っている秋穂さんだからこそ怖さに身震いしてしまう。

「そういえばなんですけど、今日自分の友達が愛の補修に参加するんですよ」

 あの空気感に耐えられると思わなかったので急遽夏輝の補修の話題に変えた。

「それっていつもの友達の事?」

「はい、いつもの奴です」

 夏輝の話題を度々出しているため名前を言わなくても伝わるようになってしまった。

「愛の補修とは?」

「うちの数学教師の補修の事ですね、ほら馬鹿な子ほどかわいいっていうじゃないですか」

「その教師は女の先生か」

「いえ、男の先生ですね」

「なんだって?」

 流石の秋穂さんでもうちの高橋には驚きを隠せないみたいだな。

 その表情、本当に驚いてるんだろうな。

「一体その先生は何者なんだ?」

 秋穂さんに聞かれたのでとりあえず高橋の特徴を挙げていった。数学教師であることや少しおねぇ気質があること、それでも生徒から好かれていることなどを説明した。

「なんだか嫌いになれないんですよ。噛めば噛むほど味が出るみたいですね」

「いいねそういう先生いて、授業が楽しくなるよ」

 その後も最近会った学校の出来事やカフェでのことを話し合っていた。こうやって二人で作業をしている時は日常会話をよくしている、お互いの事を話す中のためふいに出てくる相手が悩んでいることなどが透けて見える時がある。

 そういった場合前まではお互い何も聞かないようにする不可侵のものがあった。

「そういえば冬弥君」

 だけど最近の秋穂さんは違う、何があったかわからないが。俺が悩んでいると聞いてくるようになった。

「何か悩んでることあるでしょ」

 秋穂さんに悩みがあると断言されてしまった。

「そう、ですね」

 確かに悩みがある、だけどまたもこうやってはっきりと断言されるとやはり俺はわかりやすい人間なのかと思ってしまうな。

「先に言っておくと冬弥君の顔でわかったわけではないからね」

「マジですか」

「私顔色で察するのは苦手だけど会話や仕草などではわかるからさ」

 さらっと言ってるけど秋穂さんのすごいところだと思う。周りをよく見えておりそれに対して最善の行動をする、この星空の家には必要不可欠な存在だ。

 でもよかったどうやら今回は顔に出ていたわけではなかったんだな。

「それで冬弥君悩み事あるんでしょ」

 秋穂さんに詰め寄られてしまった。秋穂さんに詰め寄られて嫌な男子なんていないだろう、そういう人に詰め寄られても今の俺の心情的にそれを考える余裕はなかった。

 さて秋穂さんの質問に対しどう答えようか、俺は今二個ほどの悩みを抱えている。

 夕陽さんに対する恋愛に関する悩み事、俺が二人の出会いに関する記憶がないことに関すること。

 秋穂さんに話すのには抵抗はない、だけどいったいどっちをどこから話せばいいか、記憶に関しては今日発覚したことで自分の中でも整理が付いていないし、恋愛に関しても流石に名前は出さないほうがいいよな。

 どうやって話そうか進路を考えるレベルで悩んでいるとホールのほうから聞きなれた晴美さんの声が聞こえてきた。

「秋穂ちゃーんお客さんよー」

 秋穂さん直々にお客さんが来るなんて珍しい、というよりこのカフェでバイトを始めてから見たことがない。

「この時間に来るの珍しいな。今行きます」

 どうやら俺が知らないだけでよく来るお客さんだったみたいだ。秋穂さんと話し合い残りの仕事を俺が引き継ぐことにした、了承した秋穂さんが感謝の言葉を残しホールへと消えていった。

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