第4話ありがとうの訳と記憶

 突然言われたお礼それが何に対するものだったのか理解するのに数秒かかった。

 夕陽さんがわざわざお礼を言う内容、俺と夕陽さんとの間に関係するもの。そんなの一つしか思い当たらない。

 忘れていたと思っていたあの雪の日の出来事だ。

「あの、大丈夫ですか?」

「え?ああはい、大丈夫です、それでは」

 咄嗟の事で頭の整理が追い付かずその場から逃げるようにしてコンビニから出て行った。

 そのまましばらく走ったところで信号につかまった。乱れた息を整えると共に頭の中も整理する。

「はぁ、何やってんだろう俺は」

 夕陽さんのお礼に対してこんな逃げる形をとって、どんな思いで言ってくれたかも分かろうとせず、自分の整理が付かないからって受け止めもしないで。

 つかまった信号が青に変わる、気づくのが遅れてしまい点滅し始めてしまう。流石にもう一度捕まる訳にはいかないので急いで渡る。

 考えすぎて周りが見えなくなって事故を起こしでもしたら洒落にならないので少しは周りを見ながら考え事をしなければ。

 しかし気を付けようと思った矢先にまた考え込んでしまい周りが見えなくなっていた。前方から人が近づいていることにも気が付かないほど。

「おーい冬弥ってば!」

「あ、夏輝?何でここに……」

 名前を呼ばれ顔を上げるとそこには夏輝がいた。それと同時に学校も目に入る、どうやら考え込んでいるうちに着いたみたいだ。

「なんだ何か考え事でもしてたのか」

「まあね」

 まさかこの時間に夏輝と会うとは思っていなかったが、とりあえず二人でクラスへと向かう。

 夏輝と合流した今でも夕陽さんの事を考えていた。横で何やら夏輝が話しているが内容が頭に入ってこない、答え何て出る訳がないと分かっていても考える事を辞めるられなかった。

「冬弥君、そろそろお話しようよ、俺一人で話してるの辛いよ」

 返答のない会話に痺れを切らしたのか寂しそうな声と共に俺の肩を掴んできた。

 その行為にまた俺は現実に戻される、流石に無視は良くないか。

「悪かったよ、それでどうしたんだ?」

 俺がやっと返事してくれたのが嬉しかったのか犬のように目を輝かせている。

 一体どれだけ寂しいと感じたんだよ。

「いやね、冬弥、夕陽さんと何かあったのかなって」

「……何も」

「今の間はなんだよ」

 夏輝はよく察しが悪いと周りから言われる事が多いがそんなのは全然違う。寧ろ察しが良い方まである。

「だからさ、冬弥はわかりやすいんだってば」

「そんなにかよ」

「このやり取り何回もしてるからね」

 これは俺が顔に出やすいタイプなだけか?でも今まで隠し事がバレた事なんてあんまりなかった筈だ。

「なんでそこまで分かるんだよ」

「それは冬弥の事よく見てるからね、いいから何があったか話してごらんよ」

 なんか今夏輝がイケメンに見えたぞ、100%気の所為だけど。

 夏輝に相談するしかないか、一人で考えていても分からないのだから。

「夏輝、朝にな……」

 そうして朝に起きた事を話した。夢の事やいきなりのお礼、それに対して逃げ出した事とどうすれば良かったのかを。

 話終えて夏輝の顔を見ると引くほどつまらなさそうな顔だった。

「人の悩みを聞いてその顔か」

「いくら何でもヘタレ過ぎて顔に出たわ」

「そんなにかよ」

 俺がどんな気持ちでこんなに考えてると思ってるんだよ。

「だって考えてみろよ、俺が冬弥に女の子と付き合いたいって言ったらどんな顔するよ」

「引くほどつまらない顔をすると断言する」

「そこまで言えとは言ってないけどな!」

 まさか俺の悩みが夏輝のそれと同じくらいだと言いたいのかこの男は。

「夏輝も少しは考えてくれ」

「考えるも何も朝日さんが覚えていてくれたのなら後は関係を作ればいい話だろ」

「俺は関係を作ろうと思ってた訳は」

「あるだろ、ないのにコンビニ通ってたのならただストーカーだよ」

 関係を作りたくないといえば嘘になる。憧れだけではここまでの事はしない。

「それに夕陽さんもその気があるからお礼言ってきたんじゃないのか?」

「そういうものか?」

「そういうものだろ、なのに冬弥はその勇気に対して何で逃げたんだよ」

「それは……」

「それは?」

 逃げた理由なんて一つしかない、だって俺に……。

「俺にあのお礼を受け取る資格はないよ」

「馬鹿な事言ってないで素直に」

「俺は、あの日夕陽さんになんて言葉をかけたか覚えてないから」

 あの日確かに俺は朝日さんとあってココアを渡した、けどそれしか覚えていない。だから今の朝日さんはあの時の俺との出会いとは関係なく過ごしてるかもしれない。

 そんな事を考えるとあの感謝を受け取れない。ただの俺の我儘なのは分かってるいけど、思い出さない限りは。

「あのさ、冬弥はお礼を言う時ってどういう時さ」

 いきなり何の話をしているんだ、そんな話をしてるつもりはないぞ。

「俺は冬弥にお礼を言う時は助けてくれた時が多いよ」

「そんなの俺だって」

「相手がどう思っていたとしても自分にとっては少なからず救われた事だからね、だからありがとうって言うんだ」

「相手が覚えていなくてもか?」

「だったら尚更お礼は言わなければいけないよ、その行動に救われたって事を記憶しておいて欲しいからさ」

 記憶して欲しいから……か。

 俺はあの日朝日さんに対して特別な事を言っていないのだと思う、だからこうして思い出せないのだろう。

 でもそれは夕陽さんにとっては少しでも救われた言葉で、大切なことだった、だからそれに対するお礼を言ってくれた。

 例え思い出せなくてもそれは受け取らなければいけないもの。

「でもやっぱり何を言ったか思い出したい」

「じゃあお礼は受け取らないのか?」

「……いや、受け取るよ」

「良かったよ、受け取らないって言ったら拳が出るとこだった」

「物騒な事を言うな」

 夏輝に感謝しなきゃいけないな。まぁお礼は直接言わないけどな。

 あんなやり取りをしたのにも関わらずお礼を言わないなんてクソみたいな事だよな。けどそれは……。

「これは今度飯でも奢って貰おうかな」

 夏輝も知ってる事だ。もちろん逆であっても俺は礼の言葉はいらないけどな。

 その後生徒が登校してきたためこの話を中断した。

 そのあとは始業のチャイムが鳴るまで夏輝と雑談して過ごした。どうやら自分の抑えていたものが爆発したようで恐ろしほどのマシンガントークを浴びた。

 因みに夏輝のマシンガントークは浴びるのにとてもカロリーがいるため無事午前中の授業は半分ほど覚えていない。

 夏輝に声をかけられて気が付いた時には三時限目の移動教室だった。

「夏輝君さ、いい加減あのマシンガントークどうにかしてくれよ」

「何さ、冬弥君だって楽しそうに聞いてくれてるじゃないか」

「そのあとが問題なんだよ!トライアスロンやった後みたいに疲れるんだよ」

「冬弥トライアスロンやったことないでしょ」

「そういうレベルで疲れてるの!」

 せっかく春香さんの事がすっきりしていい思いだったのに、夏輝のトークで頭の中ぐるぐるだよ。

「それでも冬弥は俺の話聞いてくれるもんね」

「夏樹の話をきちんと聞く人間なんて俺くらいなもんだよ」

 夏樹とは中学からの付き合いだけど最初に出会った時は今とはまるで違う人だった。

 クラスの隅で黙ってる奴、いつも一人でいて話をする友達なんて見た事もなかった。

 それから何故か夏樹の事が気になって少しの間観察する事にした、もし1人が好きな人だった場合余計なお世話になるからだ。

 けどそれは間違えだった、夏樹を見れば見る程1人が好きな人とは思えなかったのだ。

 知ってる話題が出ると方を震わせて反応するし、混ざれそうな雰囲気があれば行こうとする行動もしていた。

 けどそれは何一つ実行する事はなかった。まるで無理矢理自分から関係をたってるいるような感じだ。

 そんな好奇心が積み重なってついに俺は夏樹と会話をする事にした。思えばこれは無意識の優しさではなかったな。

「明星くん……」

 それ以降何を話したかは詳しくは覚えてない、けど今みたいにどうでもいい事を話していたんだと思ってる。

 そこから俺が何度も話に行き、何度も会話して、いつの間にか隣にいるのが当たり前になっていた。

「本当に俺の話聞いてくれたの冬弥しかいなかったな」

「何しみったれた声で話してんだよ」

「これでも助かってるんだよ、俺の話し相手になってくれてね」

「感謝ついでにマシンガンやめてくれてもいいんだぞ」

「それは無理だね」

 やめてくれないと分かりながらもいつも同じ事を言ってる俺も大概だけどね。

「あれ、なんか落ちてる」

 話していてふと目に入ったのは廊下の真ん中に落ちてある消しゴムだ。

 確かこの消しゴム……。

「あの人のかな?」

「え?冬弥その消しゴム誰のか分かるの?」

「確かクラスメイトのだったはずだけどな」

 消しゴムを拾いつつ、やれやれと思いながら教室へと辿り着いた。


「冬弥ってさ物忘れ酷い方じゃないよな」

 昼休み、いつも通り夏樹ご飯を食べていたのだがいきなり妙な質問をしてきた。

「まだそこまでいってないよ」

「そうだよな、俺程じゃないにしろ記憶力いいもんな」

「なんだ喧嘩なら食べ終わった後で買うぞ」

「今は品切れだから勘弁してくれ」

 なんだ品切れか、今度補充しておくように言っておかないとな。

「だったらいきなりなんだよ」

「いやさっきの消しゴムの事でさ思ったんだよね」

「ああ、あれか」

「そう、結局冬弥が思ってた人の持ち主だったし」

「まあクラスメイトの持ち物だったからな、知らない人だったら俺もわかんなかったぞ」

 実際そういった場合は迷わず事務とかに届けに行くし、分かってるなら直接渡した方が早いだろう。

「結局俺が言いたいのはさ、そんな人の持ち物とか何回かしか行ってない道とか覚えてるのに、話した事は覚えてないんだなって」

「話した内容は全部忘れた訳じゃないぞ、たまに話す奴とかの会話とか覚えてるし」

「なんなら余計になんで夕陽さんとの会話は覚えてないんだよ」

 夏樹に言われ返す言葉もなかった。

 見知った人の持ち物、数回しか通ったことの無い道、数ヶ月前に食べたもの、そして日常的な会話。そういった事はだいたいすぐに思い出せる、確証はもてて無くても間違ってはなかった。

 でも大切な会話だけは思い出すことができない、まるで意図的に見られないよう細工されているみたいに。

「冬弥の中で夕陽さんよりただのクラスメイトのほうが大切とは思わない、だからこそ不思議に思うんだよ」

「俺だって知りたいよ」

 大切な思い出といっても家族との思い出や友達との別れなどは思い出すことができる。思い出せない記憶といえば夕陽さんとの出会いと夏輝との出会いだけ……。

「ほかにも思い出せないものはないのか?」

「……夏輝、たぶんだけど」

(夏輝!数学の高橋がよんでるぞ)

「やばい忘れてた!すまん冬弥続きはまた今度な」

「おう、また」

 残り少なかった弁当の中身をかきこみそそくさと教室をでていった。

 教室で一人になった俺は前日の残りでできた弁当をゆっくりと食べ終えコンビニで買ってきたお茶を飲みながら外を眺めて先ほど出た一つの答えを反芻する。

 俺は二人の出会いだけを覚えていないのか。

 そして連れていかれた夏輝だが結局戻ってきたのは午後の授業が始まる直前だった。

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