第2話変えてくれたもの
雪の降る寒い日気付けばこの公園に来てた。特に思い入れがある訳でも無いただの近所の公園。
「今って寒いのかな」
最早温度すらも分からない。最近では何を食べてもよく分からない状態だ。ただ生きる為のエネルギーを補充するだけ。
早起きして会社に行き昼休憩も使って仕事しいつも終わるのは終電の時間まで。今日に関しては使えないからと帰された。
会社でやる予定だった仕事は持って帰って家でやるしかない。こういうのはたまにあったりする。
休日は寝てしかなく友達も家族とも連絡を取らず一人でいる。
「何のために生きてるんだろう」
立っているのも辛かったのだろういつの間にか雪が積もったブランコに座っていた。
顔を上げる気力も無くただ雪が積もっていく地面を眺めるしかなかった。
もうこのまま雪に埋もれてしまえばどれだけ楽になれるんだろう。
「もういいかな」
このまま雪になって消えてしまいたいな。
「あの、飲み物いりますか?」
何か聞こえたけど今私に向かって言ったの?
ゆっくりと顔を上げると私が好きだったココアを差し出した大きくて優しい顔をした男の子がたっていた。
「……クマさん?」
なんだか昔見た絵本の優しいクマさんみたいな人が立っていた。
それが私、夕陽春香と朝日くんとの初めての出会いだった。
ゆっくりと目を覚ますカーテンから入る陽射しをまだ寝ている頭で眺めている。
「……会社!」
やばい!寝過ごした。早く準備して行かないと電車に間に合わない。
髪はくしでとかして、メイクも簡単に……。
「そうだった、私会社辞めたんだ」
年明けの1月上旬。未だ私の体は会社を辞めた事に慣れていなかった。
時刻は朝の7時。スーツに着替えた手を止めてまたパジャマ姿に戻る。
「二度寝しよ」
大学を出て会社に入ってから二度寝はしてなかったから何だか久しぶりで気持ちいいな。
そんな気分で寝られたらいいのだけど。
「また寝ないで時間を潰してしまった」
頭が少し覚めてしまったから動画でも見て眠気を起こそうとしたのが間違いだった。
「気付いたら9時、2時間も無駄にしてしまった」
それはそうだよ、今まで二度寝なんてしないように努めてきたんだから。こんな時にすぐには寝れないよ。
「何だか午前中いっぱいこうやって過ごし、ヤバ」
画面に映るは親友である夜空秋穂からの連絡。
『時間過ぎてるぞ、早く来い』
「今日会うのすっかり忘れてたよ」
急いで布団から出る、私服がある棚を開けると明らかに服の数が少ないが今は気にしていられない。
「流石に忘れてた事は内緒にしておこうかな」
さっきとは違って会社に行く準備じゃないから気が楽ではあるけど。でも秋穂との約束で遅刻するのはそれはそれで怖い。
「結局急いでるじゃん私」
でも何処か楽しんでる私でもある。あの会社辞めてからこういうのが増えた気がするな。
支度を済ませ家を出る。目的地まではだいたい30分位だからそれを踏まえて到着時間の連絡を入れておこう。
そんな事せずに早く来いと言いそうだけどやっぱこういうのは大事だよね。
「あんた寝てたでしょ」
「はい、寝てました」
「もしかして約束忘れてたとか?」
「流石に忘れてた訳じゃないよ」
「本当は?」
「忘れて布団に入ってましたすみません」
着いて早々に遅れた理由を当てられてしまった。なんだったら内緒にしようと思ったことも当てられてしまったよ。
「どうせ内緒にしようとか思ってたんでしょ」
「そこまで分かるの!?」
「何年の付き合いだと思ってるの、ほら服見に行くよ」
「あ、待ってよ」
歩き出した秋穂に遅れて追いつく。チラッと秋穂の顔を覗くと遅れた事に関して気にしてないような感じだ。
秋穂とは大学からの付き合いだ。たまたま隣に座ったのが始まり。そこから段々と仲良くなっていって、今では心許せる唯一の友達になってる。
でも私があの会社にいた時は連絡取れないでいたんだけどね。
会社を辞めて久しぶりに連絡をとったらしばらく家に泊まっていったんだよね。あの時は本当に心配かけたんだなって思ったよ。
だからこうして今でも隣で心置きなくいれるのが幸せだな。
「何幸せそうな顔してんの」
「いいじゃん、秋穂と買い物行けるんだからさ!」
「その約束忘れてたくせに」
「あ、モールに着いたよ早く服見に行こう!」
「調子の良い奴、私もだけど」
なんか聞こえた気がするけど止まったら問い詰められそうだからさっさと行ってしまおう。
買い物が一段落した為何処かで休憩する流れになってモール内にあるカフェへとやって来た。
「いやぁ買ったね」
様々な店舗に入ってはお互いにファッションショーを行いその度に私は買っていった。おかげで結構な荷物になったけど。
秋穂は気に入ったものと私が押しに押しまくった物を買った為そこまで物は多く無い。
「本当ね、そんなに買って大丈夫なの?」
「ふふん、貯金だけはあるので」
「そういやそうだったわ」
「だから、付き合ってくれたお礼にここは奢ってあげましょう!」
低収入だったけど使う時間が無かったのと大学生時代だってバイトもしてたから結構貯金は溜まっている。
「じゃあ遅刻した罰は他のお店にしてもらおうかな」
「それは勘弁してください」
「冗談よ」
たまに冗談に聞こえない時があるんだよな。それが怖い。
まぁでも今日は付き合ってもらったし、夜ご飯も奢ろうかな。
そういえば大学の頃こうやって服見てカフェでお茶して夜ご飯食べに行ってをしてたな。
「それにしてもさ秋穂変わったよね」
「突然どうしたのさ」
「ふと大学の時を思い出してね」
秋穂は大学生の頃はあんまり人と絡まない人だった。私も人と深く関わるのが苦手だったから秋穂以外とは親しくなかったけど。
それでも秋穂の中の私は他の人より仲の良い人で止まってたと思う。遊んだり止まったりもしたけど秋穂から踏み込んでくることはほとんど無かった。
それが今、会社を辞めて久しぶりに連絡を取ってからの秋穂はたくさん私に踏み込んできてる。
「なんでさ秋穂はこんなに絡むようになったの?」
「大学の頃から絡んでたでしょ」
「まあそうだけどさ、言い方を変えるとさ私に歩み寄ってる気がするの」
「歩み寄ってる、ね」
「うん」
最近では本当の意味で秋穂と仲良くなれた気がする。私の一方通行じゃなくて。
「後悔してたのよ」
「何が?」
「春香に連絡しなかった事」
「それは私もしてなかったし」
「それと、隣に居てあげられなかったこと」
「秋穂……」
「大学を出てから一回も私から連絡しなかった、春香からいつも来る連絡を待っていたの」
「そう、だったんだ」
勤め始めた最初の頃は確かにお互いの近況を報告するし合ってた、正確には私が一方的に話して聞いてただけ。
「その連絡がさ急に来なくなって、何かあったのだろうとは思ったけど聞けないかった」
「その時はごめ」
「春香は謝らないで、私が春香に甘えてた、何日かしたらまた連絡をするだろうって」
段々ときつくなる仕事に対応出来ないでいって残業だったり家での仕事が増えていった。それに合わせて秋穂との関わりも少なくなっていったのを覚えてる。
それからいつの間にか時間が過ぎていって気付けば連絡をし無いまま冬になってた。
「そしてこの前久しぶりに連絡が来て事情を知った、その時に決めたのよ」
「……何を?」
「絶対に話さないって、ずっと隣にいるって」
「秋穂」
そこまで考えてくれてたんだ。約半年間連絡しなかっただけ、関わり合わなかっただけでここまで変われるのか。
「春香からもう大丈夫だよって言うまで」
「……うん、ありがとう」
秋穂は言いたかったことを全部言ったのかコーヒーを飲み一息つく。私もその空気に合わせコーヒーを飲んだ。
約半年。長いようで短いその期間は私達を変えるのに充分な時間だったみたいだ。
「じゃあ私の事を話したんだからさ、次は春香の事聞かせてよ」
「私のはもう話したじゃん」
何やらニヤニヤと怪しい顔をしてくる、そんな顔もできたのか。何だかやな予感がする。
「そっちじゃなくて、男の方だよ」
「ゔっ!」
「あら、大丈夫?」
「一体、誰の、せいだと」
いきなり変な事言うから気管に入っちゃったじゃん。本当に何でいきなり。
「だってさ男の子に介抱してもらったんでしょ、なら親友として聞くべきじゃない?」
「親友としてじゃなくて、純粋に気になってるだけでしょ」
「それは当たり前でしょ、こんな面白い話」
一体どんな思惑があってその話を切り出したのか分からないけど、少なくとも弄られてるのは確かだ。
心を落ち着かせるためコーヒーを飲む、だけどカップの中はからで空気を飲んだだけだった。
秋穂のカップも中はからみたいでまだこのカフェにいるだろうと思いマスターにおかわりを貰った。
「ありがとう」
お互い届いたコーヒーを口に含み空気を整える。
「それで、話してくれるんでしょ」
「わかったよ、先に言っとくと面白くないよ」
「大丈夫、春香の話の半分は面白いから」
「それどういう事よ!」
「冗談よ、さあ聞かせてちょうだい」
今言った事は後で問い詰める事にしよう。
「前にも話したけど、初めて会ったのは……」
その後は私を救ってくれた温かいクマさんの話を淡々と語った。
「それはロマンチックとは言い難いね」
「いいのよ私は響いたんだから」
「でも良いわね、聞いた話だけだったらその子に春香を任せてもいいかもね」
「冗談辞めてよね」
話し終え気付いたら外は暗くなっていた。この後ご飯を奢ろうとしたが私の荷物が多いという事でカフェを出てその日は解散する事にした。
「今日はありがとう、いっぱい欲しかった服買えたわ」
「こちらこそコーヒーご馳走」
駅にて別れる前に少し言葉を交わした。最近こうやって別れるのが惜しくなってついつい話し込んでしまったりする。
「今日は早く帰りなよ」
「わかったよ、毎回長く引き止めるのも悪いと思ってたし」
「自覚はあったのね」
「あったよ!」
流石に駅で毎回三十分以上話し込むのは悪いと思ってはいた、いつも帰ってから思ってたけど。
「それじゃありがとう、またね!」
「こちらこそありがとう、またね」
「ちょっと買いすぎたかな」
両手に大量の服を持ちながら少し反省する。貯金があるとはいえ使い過ぎたな、流石に何処かでバイト始めてなきゃいけないな。
「都合よく良いバイトあればいいんだけどな」
そう簡単に見つかるとは思わないから頑張って探すとしようかな。
「そうだ帰りにコンビニ寄って飲み物とご飯買って帰ろ」
こういう時近所にコンビニがあると楽で良いな。
「あれ、ここ……」
立ち寄ったコンビニには夜間から早朝にかけてのバイト募集の貼り紙があった。
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