たつた一回の人生を後悔しないように

火花

第1話朝のルーティーン

 朝7時、周りを見ても歩いてる人は見当たらず、ただ一人通学路とは別の方向を歩いていた。

 朝方はまだ寒気が残っており、昨日の寝不足も相まって欠伸と共に身震いをしてしまう。

「ちょっと勉強し過ぎたな」

 テストが近いからと張り切って頑張ってしまい危うく家を出るのが遅くなる所だった。

「夏輝も今から勉強してくれたら泣きつく必要ないんだけどな」

 明星夏輝、俺の幼なじみで同級生。テストになるといつも三日位前になったら勉強教えてくれと泣きついてくるやつだ。

 夏輝自信頭が悪い訳では無いんだけどな。勉強教えたらすぐに覚えて点数取るし。

 そのお陰かこうしてテスト前になると夜更かしをする日が増えてしまうのだ。

 それで危うく二度寝をしそうになったのだが俺、朝日冬弥はそんな誘惑を捨て去り近所のコンビニへと足を運んで行く。

 通学路にコンビニが無いわけでは無い、何店舗もある為混むから行かないと言う理由もない。

 それじゃあ特別な商品があるかとも思うけどそれもない、至って普通のコンビニだ。

 じゃあなんでわざわざ通学路とは別のコンビニへ向かっているかと言うと。

 それが俺のルーティーンだからである。

 朝7時に家を出て5分程歩きそのコンビニでお茶とおにぎりを買う。それを約半年間学校に行く前に行っている。

 それだけの事をルーティーンと呼べるか疑問だが、それだけで終わらないからルーティーンとして行っているのだ。

 他のコンビニではダメな理由、わざわざそこのコンビニを通い続ける理由。

 それは。

「いらっしゃいませ、あっおはようございます」

 この店員さんである彼女、夕陽さんに会うためだ。

「おはようございます」

 この人に会うまでが俺の本当の朝のルーティーンなのだ。


 コンビニ店員の夕陽さん。黒髪のボブヘアで優しい目をした人、確か今年の二月位からここでバイトしている。

 俺が毎朝この時間帯に同じものを買って行くため顔を覚えてもらった。たまにちょっとした会話をする時がある。

 そこで少し知ったのだが。時間帯としては夜中から朝まででだいたいこの時間から眠くなってくるらしい。

 それでも俺の前ではいつも元気な姿で対応してくれる。まあ忙し時とかは余裕なさそうだけど。

 それでもあれよりはましだからな。

「今日は眠そうな顔してますね」

「分かりますか?」

「いつもよりですけど、夜更かしですか?」

「実はテスト勉強をしてまして」

「そういう時期なんですね、あまり頑張り過ぎないで下さいよ」

「気を付けます」

 お茶とおにぎりしか買ってないから会話をしてもこれくらいだ。それでも最近は長く話すようになってきた。

 いつだかの時はおにぎりの具の話しで少し盛り上がったりした時は今日より長い時間話していたな。

 まあそれでもこんな風に話せるのなんて客が俺以外にいない時限定なんだよな。他に客がいたら迷惑になるし。

 それでも俺は夕陽さんとこうやって話せる事が幸せなんだよな。

 今日一日の活力を貰ってる気がして頑張れたりする。

「ありがとうございました、行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 これがこのコンビニで行ってるルーティーンだ。これを知ってるのは友達の夏輝だけ。


「おはよう冬弥、今日も夕陽さんに会ってきたのかい?」

「おはよう夏輝、今日もいつも通りです」

 俺の机の前に座っている夏輝にコンビニで買った物を見せながら報告する。

「それにしてもよくそんなに通えるね」

「夏輝は理由知ってるだろ」

「それはそうだけどさ、ほんとお人好しなんだから、それとも夕陽さん気になってるとか?」

「どっちでもいいだろ」

「ええ、気になるよ」

「執拗いとテスト勉強見てやらないぞ」

「ごめんって、本当に冬弥は俺にだけ偶に厳しいよね」

「夏輝にそんな気を使いたくないからな」

「そうですか」

 唯一の気の許せる友達だからな、夏輝もそれは理解してるだろう。だからこそ悩みを相談したり疲れた時は頼ったりするし。

「それにしても本当に珍しいよね、誰にでも優しい冬弥が一人の人に固執するなんて、しかも女性にさ」

「まだ続けるのか、まあ珍しいのは認めるけど」

「だってあの人を助けても何の事か忘れる冬弥がだよ?」

「物忘れが激しい人みたいに言うな、それに助けたと思ってもないし」

「そうやって無自覚だから忘れるんだよな」

 やれやれとした感じで夏輝が首を振る。勉強は苦手なのに人を悟るのは得意なんだよな。

「でもさ今回は逆なんでしょ?向こうが知らないパターン」

「知られてなくてもいいんだよ、俺がただ気にしてるだけだから」

「おっ、その気にしてるはどちらかな?」

 そんな感じで話していたら始業のチャイムが鳴り響いた、ぞろぞろと廊下にいた生徒が教室へと戻ってくる。

「ほら先生が来るから早く前向けよ」

「話題逸らしたね」

「うるさいぞ」

 実際俺はこれがどちらの気持ちかなんてわかってないんだから答えられるわけないだろ。

 今日もまた学校での一日が始まるな。


 たまに見る夢がある。

 まだ年の開けてない寒い夜。その日は親の帰りが遅いからって夜ご飯のお金を貰った、何処かに食べに行こうかとも考えたがその日は雪も降っていたため近所のコンビニで済ませようとしてた。

 五分程の移動だったけど外にいるのが辛く早く暖かい家へと帰りたくなるそんな日だった。

「早く買って帰ろう」

 風が吹きマフラーを抑えながらそんな事を呟く。

 気を紛らわすためにたまのコンビニご飯、何を食べようかと考えながら歩いた。

 ふといつもは気にもとめない公園が目に入った。

 この辺での遊び場ということもあって近所の子供たちはいつもこの公園で遊ぶ、俺もその内の一人だった。

 この日なんでか知らないけど何故かこの公園を覗いてしまう。懐かしさから来るものでは無い、何かに引き寄せられてるかのような。

「女の人?」

 子供の頃いつも乗りたくて見ていたブランコ。そこに子供では無いスーツを着た女性が座っていた。

 雪降る寒い日なのにも関わらず防寒もせず下を俯いて座っている。そのため顔は見れないが何処か心ここに在らずという感じに見えた。

 いつも人を助けようと思って助けた事は無かった。いつもとった行動が結果的に人を助ける形になっていたから。

「今日のデザートはなしだな」

 でも何故だろう今日は助けようと思ったのは。

「ココアで良かったかな?一応コーヒーも買ったけど」

 袋の中のココアをみながら買ってから言ってもどうしようも無いことを口にする。

「あの人まだいるかな」

 いないならそれに越したことはない。この寒い中居続ける方が酷だから。

 それなのに俺の中ではまだ居たら良いなと思ってしまう。

「何考えてんだろうな」

 公園に着くとまだ女の人がブランコに座っていた。行きと違うのは肩辺りに雪が積もり始めたとこ。

 俺はその人の元へと近付く。はっきり言って自分に何ができるのか分からない、この飲み物だって無駄かもしれない。

 それでも俺は。

「あの、飲み物いりますか?」

 この女の人を助けたいと思ってしまった。


「またあの日の夢か」

 カーテンの隙間から入る陽射しを手で隠しながら目を覚まし起き上がる。

 まだ頭が覚めてない状態で夢の内容を思い出す。いや思い出す必要も無い程見た夢だ。

 なんであの日の出来事を夢に見るのか、それ程までに俺の中で特別な日だったと言うことになる訳だが。

「まだ分かんないっての」

 頭を振りベットから起き上がる。覚めた頭でカーテンを開け光を浴びる。

 ここからでは見えないけどのある方を見ながら考える。

 自分の気持ちも理解出来ないままでいるのに夢の内容で決めるのは違う気がする。

「でも何で毎回渡して目が覚めるんだ?」

 いつも夢の中で飲み物を渡して終わる。それ以降の内容もモヤがかかったようでよく思い出せない。

 ただあの目だけははっきりとこの目に焼き付いていた。

「あの時俺は、なんて言ったんだ」

 思い出せないもやもやを今日も抱えながらいつものルーティーンを行うべく朝の支度をする。


「いらっしゃいませ」

 今日もまた夕陽さんの優しい笑顔に迎えられ入店する。

 やっぱり癒されるし元気が貰えるな。これでいつも通り話せればいいんだけど、あの夢を見た日ってあまり夕陽さんと話せないんだよな。

 会えるだけで満足とは思うけど、でもやっぱり話しが出来たらな。

 いつものお茶と夢を見た日に買うおにぎりを持ってレジに行き会計を済ませる。やっぱり会話をする事は無かった。

「ありがとうございました」

 あの日俺が夕陽さんと会ってた事なんて覚えてないだろうな。

 言葉は覚えてないけどあの目は覚えてる。疲れ果て何も活力が無い目、自分が何で生きてるのかすら分からないあの目。

 あの目に俺は映っていたのだろうか。俺はあの目をした夕陽さんに対してどんな声をかけたのか。

 分かりもしない事を考え続けても仕方がないとりあえずこうして元気に働いてる姿が見れてるから良いじゃないか。

「ありがとうございました」

 買ったものを受け取り外に出ようとする。今日もまたいつもの学校へ向かうために。

 朝のルーティーン済ませて。

「あの!」

「はい!?」

 後ろから急に大きな声で呼ばれ驚きながら振り返ると夕陽さんがレジから身を乗り出す勢いでいた。

 その目には暖かさや優しさ、いつも宿してるものとは別に。

「あの日助けてくれてありがとう」

 感謝の気持ちが篭っていた。

 開いた自動ドアから入ってくる風、いつも感じてたその温度は今は無い。

 予想していなかったお礼を境に朝のルーティーンが崩れていく。

 そんな予感がした。

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