第2話 月が翳る夜にはザリガニを

 荷物の中身を見たレイチェルと颯人はやとの二人が驚愕していると、少女に向けて浩然ハオランが荷物の中身について質問する。


「お前はこの中身がなにかわかっているのか?…こんな物を運び込みやがって、まさか本当の娘さんと入れ替わってるんじゃないんだろうな?」


 そう言いながら酷く険しい表情をしている浩然ハオランを見て少女は身震いをする。


「ほ、本当です!!わたし本当にお父さんの娘です!! 名前は翠花ツイファって言います!!それから…えっと…えっと…」


「まず中身を知っていたのかを聞いている。どうなんだ、知っていたのか。それとも知らなかったのか?」


「し、知りませんでした…」


「次の質問だ。【おに遺骸せいいぶつ】についてなにか知っているか?」


「おに…なんですかそれは…?」


「知っているか?知らないのか?」


「し、知らないです…!!」


「次の質問だ。ここに場所はどうやって知った?」


「えと…お父さんっていつも日記を書いているんですけど…そこに皆さんの写真とその日に起こった事とかが書いていて…あ、あと場所はお父さんがよく向う道をなんとか見ていたので頑張って探しました…」


 翠花ツイファ浩然ハオランの質問に答えるが、その中で気になったことをレイチェルが質問する。


「頑張ってねぇ。暁明シャミンさんが子どもの…しかもよく知る娘さんの気配を察知できないはずがないと思うのだけれど?」


「そこはどうなんだ? 嘘を付いてもすぐバレるから正直に答えろよ?」


 レイチェルの質問を聞き、浩然ハオランは正直に答えるよう促す。


「えと…それは…」


 その質問にどう答えて良いのかわからない様子の翠花ツイファだったが、しばらくして何かを決意したのか表情が変化する。それはまるで教会の懺悔室で今まで隠していた悪事を告白するかのようであった。


 そして直ぐに翠花ツイファが少し目を瞑った。その光景に3人は怪訝な表情を浮かべるも、それもすぐに消え失せ驚愕の表情へと変わり、一番近くに居た浩然ハオランは後ろに座っている二人の方へと瞬時に後退する。


「ッ…!?」


「お前…【鬼憑おにつき】か…」


「なるほどね?暁明シャミンさんと全然にてないとは思ってたけれど…まさかそっちだったとは思わなかったわ…どうすんのよコレ?」


 颯人はやとは机に立てかけられた日本刀を掴むと少し腰を落として柄に手を添える。レイチェルは身につけていたナイフと拳銃を取り出して腕をクロスしながら前に構える。


 浩然ハオランは後ろに下がるとテーブルに置いてあった拳銃を取り翠花ツイファへと向け愚痴を零す。


「兄貴マジでふざけんなよ!!コレは完全に俺等の手に負える範疇を超えてるだろ!?」


 先程までの小綺麗な少女の姿は見る影もなくなる。腕や顔の肌はやや赤黒く変色し始め、少女特有の艶とハリがあった肌は、見るからに硬さを増してひび割れのようなものが大量に現れていた。


「あ、あの!!」


 厳戒態勢の3人を見て翠花ツイファだった異形は、両の腕を前に突き出しながら慌てて静止する。


「ごめんなさい!!怖がらせるつもりはなかったんです!! だ、だから武器ソレをこっちに向けないで下さい…!!」


 慌てながらも流暢に人間の言葉を話す異形を見て3人の心に更なる驚愕と困惑の感情が押し寄せてくる。


「ちょっとなんで【鬼憑おにつき】が普通に意思疎通できてるのよ!?」


「そんな事を俺が知るかよ!?」


「たしか名は翠花ツイファだったか…?お前は本当に【鬼憑おにつき】ではないのか…?」


レイチェルと浩然ハオランが顔を見合わせながら言い合いをしている最中、颯人はやとは冷静に翠花ツイファだった異形へと語りかける。


「は、はい。なんでかわからないんですけど、わたしは他の人みたいに自我をなくすことがない…ってお父さんが言ってました。わたしは他の人がどうなってるのかわからないけど…」


「そんな事あり得るのかよ…てかそんなやべぇやつが身近に居るのに、なんでボスに教えないんだ?」


浩然ハオランの言う通りだわ。【鬼憑おにつき】なら尚の事ね」


「そうだろ?! そこんトコどうなんだよ!!」


 未だ冷めやらな体の熱を感じながら言葉をまくし立てる。はたから見ると女児にブチギレる危ない大人であるが、そんな二人が冷静さを事欠いているのは仕方のないことであった。


それは何故か。


「ごめんなさい。わたしも自分がなんでこんな風になってるのかわからなくて…その鬼憑おにつき?っていうのも正直良くわからないんです…わたしあまり外に出ないので…」


「【鬼憑おにつき】ていうのはここ数年の骸の宮全土で流行っている原因不明の病の総称だ。普通はこの病にかかるとまるで悪魔に取り憑かれたかのように正気を失って周囲の者たちに危害を加えるというもの…なんだが…」


 そう本来の【鬼憑おにつき】は危険性の高い感染者を生み出す病気あり、会話などできるはずがないのだ。


 そして今現在の目の前にいる少女の姿は他の感染者と特徴が一致しており、【鬼憑おにつき】であることに疑いの余地は無い筈なのである。


 そんな長年原因不明の…しかも極めて危険性の高い病の感染者が、普通の人間と同じ生活が出来る程に症状が発症していない者が現れたとなれば、その病を知る二人が冷静さ失うのも仕方ないと言えるだろう。


「…その姿からさっきの普通の姿に戻れるのか?」


 未だ困惑する二人に変わって颯人はやと翠花ツイファへと問いただす。


「はい。ちょっと待ってください…」


 そう言うと翠花ツイファはまた目を瞑る。するとどういう理屈かはわからないが、ひび割れや赤黒い肌の色などが引いていき最終的に最初に見た小綺麗な少女の姿へと戻った。


「すげぇ…マジで【鬼憑おにつき】をコントロールしてるぜ…」


「これって相当やばいわよね?本当にどうするのよ?」


「…やはり頭領の元へ連れて行くのはまずいと思うが、浩然ハオランどうする?」


「どうするって…」


「わたし皆さんのお役に立ちますのでどうか一緒にいさせて下さい!!」


 翠花ツイファは必死に自分の有用性を訴える。


「役に立つって言ってもなぁ…具体的に何が出来るんだ?」


 それを聞いた浩然ハオランは微妙な顔をしながら聞き返す。


「え、えと…お料理…とかですかね?お父さんのご飯とか、皆さんのお夜食作ってましたので…」


「夜食か…うん?俺達の夜食...?」


 そこで何かを思い出したのか浩然ハオランは頭をかしげる。


「はい…わたしのお夜食をお父さんが皆さんに持っていってると日記には書いてありましたが…」


「採用ねこれは」「採用だろこれ」


 先程まで微妙な反応をしていた浩然ハオランとレイチェルは同時に叫ぶ。そしてその光景を横で見ていた颯人はやとが若干引いていた。


「…それで良いのかお前らは」


「だってあれだろ?あの滅茶苦茶美味いザリガニとかの…」


 ザリガニという単語を聞いて翠花ツイファは手を叩き笑顔で喋る。


麻辣小龍蝦マーラー・シャオロンシアですね。確かにたまに作ってましたが…お口に合いましたか?」


「いやぁ...あれはマジで美味かったな」


「確かに辛かったけどあれは美味しかったわね。やっぱり採用でしょこれは…これからよろしくね翠花ツイファちゃん?」


 先程まで敵対的な雰囲気とは一転して、まるで子供を可愛がる親戚のような対応をする二人に翠花ツイファ颯人はやとはドン引きする。


「えぇ…は、はい…」


「それで良いのかお前らは…」


 そんな颯人はやとの発言に浩然ハオランは大袈裟な反応で意見を返す。


「いやよく考えろ颯人はやと。たしかにボスの元へ連れて行くのは重要だ。だがな…」


「俺達の食事と懐事情が解決される方がよっぽど重要だ!!一ヶ月にどれだけ食費がかかるかわかってるのか!?あの腐れ料理人のクソ共に足元見られなくて済むだけでも価値はあるだろ!!」


「まあそもそも、私達で料理できるのはこの間死んだ…えーと、誰だったかしら…新規で入ってすぐ死んだあの生意気な...」


「新規で生意気…龍明ロンミンのことか?」


「そうそいつ!! そいつ以外は元々誰も料理なんて出来ないから貯金すらなかったものね」


「そういうことだ。まずは俺等が変われないと意味がねぇからな!!どうせ連れて行っても暫くの路銀だけだろ?じゃあ俺達で匿うほうがマシだ。もし【おに遺骸せいいぶつ】が邪魔になったら、これだけボスに渡してこの嬢ちゃんのことは黙ってようぜ」


 「口裏を合わせればバレねえよ!!」っと言って先ほどとは180度どころか一回半転するほどの手のひら返しをする浩然ハオランに困惑していた翠花ツイファに、レイチェルは手招きしながら部屋の中にあるテーブル席へと来るよう促す。


 そしてテーブルに近づいた翠花ツイファへからの皿を渡しながら命令を下す。


「ほら翠花ツイファちゃん。早速最初のお仕事よ。このお酒に合うオツマミを作って来て頂戴な」


「おっ!!いいね海鮮系が少しと薬味とかは一通り残ってるから自由に使っていいぞぉ」


「前の料理担当は死んでるしね!!」


 そう言って浩然ハオランとレイチェルは笑いながら酒を飲み直す。


「…翠花ツイファなんかあったら俺に言え」


「あ、はい。心遣いありがとうございます?」


 溜め息を吐きながら翠花ツイファに対して颯人はやとは暗に二人がなにかやらかしたら告げ口するよう伝える。それに対してイマイチ状況を理解しきっていない翠花ツイファは微妙な表情で反応する。


「ハハハッなんで疑問なんだよ!!信用されてねえなぁ颯人はやと?!」


「あんた顔が怖いから早速嫌われたんじゃないの?翠花ツイファちゃんはやっぱり私みたいな美人さんと一緒のほうが安心するわよね?」


 浩然ハオランの煽りに被せるようにレイチェルも発言するが、それを聞いた浩然ハオランはレイチェルを罵り始める。


「ハッ!!お前みたいな精液臭え女を好きがる子供がいるかよ!!」


「んだと間抜け面ァ!?」


「ハハハッ!!レイチェルがキレた!!」


 レイチェルはテーブルから立ち上がり浩然ハオランの襟を締め上げるが、当の本人である浩然ハオランは大笑いしている。


「あの…えとお名前…颯人はやとさん?でいいんですよね? あのお二人は喧嘩してますけど放っておいても良いんですか?」


 二人の尋常じゃない剣幕に若干狼狽える翠花ツイファ颯人はやとが助け舟を出す。


「…気にするな、いつものことだ。それより料理をするなら早くしたほうが良いぞ。酔いが回る前に止めないとよけいにダルくなる」


「は、はい!!すぐ作ってきます!!」


 そう言って翠花ツイファ急いで台所に向かって行きながら内心では、とんでもないところに来てしまったと心配になっていた。

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鬼の血族は骸の宮にて死を想う 萎びた家猫 @syousetuyou100

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