第1話 怪しい訪問者は娘と騙る

 陽が沈み辺りは薄暗くジメジメとした雰囲気がいっそう増した骸の宮…その一区画である屍脚区のとある寂れた建物で、テーブルを囲み酒を飲み交わしながら駄弁る人達が居た。


「はーあ、やってらんねえよな。なんだって兄貴は俺達に何も言わず消えちまったんだ?ボスの司令を受け取れるのは、俺達の中じゃ兄貴しかいないのによー」


 両の手を頭の後ろに回しながら、自らが座ている椅子を斜めにブラブラ揺らしている男が不満げな声色で愚痴を零す。


 それに対して男の正面に座っている妖艶な雰囲気を漂わせている美女が、ブロンド色の長髪をかき上げながら溜め息を吐く。


「はぁ…浩然ハオランそんな文句をたれても仕方ないじゃない。命令が来ない限り私達にできることは、ただ待機することだけなんだから…」


 浩然ハオランと呼ばれた男は美女の答えに納得がいかなかったようで、今度は浩然ハオランと美女の両隣に座っている寡黙そうな男に尋ねる。


「それにしたってやることなさ過ぎだろうよ。なあ、お前もそう思わないか颯人はやと?」


 寡黙そうな男…颯人はやとは少し考える素振りを見せた後に、浩然ハオランを嗜めるように意見を述べた。


「…その件に関しては"レイチェル"の言う通りだ。俺等は組織の構成員、勝手な行動は許されない」


 颯人はやととレイチェルが自分と真逆の意見を持っていることが心底信じられないと行った様子の浩然ハオランが煽るように話す。


「はー二人共お堅いねぇ、マニュアル人間かよ。そんなんだと大事なチャンスを逃しちゃうぜ?」


「うっさいわね。じゃあなんであんたは、お堅い私達なんかと同じとこにいるのよ?」


 レイチェルは少しイラつきを覚えながらも、普段の浩然ハオランの態度を思い返し、相手するだ無駄だと分かっていながらも反論する。


 そんなレイチェルに対して飄々とした態度の浩然ハオランが突然立ち上がり大袈裟なリアクションをしながら言い返す。


「ハハハッそりゃあ...俺が問題ばっか起こすからだ!!」


「それじゃあまるで私達が、あんたみたいな問題児と同レベルって言ってるように聞こえるのだけど?」


「そう言ってんだよアバズr「んだと間抜け面ァ!?」ハハハッ、レイチェルがキレた!!」


 レイチェルは額に青筋を浮かべながら、浩然ハオランの襟首を掴んで締め上げる。しかし当の浩然ハオランは未だ戯けた態度でわざとわらしく降参のポーズを取っている。


 そうして二人が戯れていると、颯人はやとが二人を静止する。


「...静かにしろ。聞こえないのか?客人だ」


 その発言に二人は怪訝な表情で建物の入口を見つめた。既に時間は深夜の0時を回っている、こんな時間に誰かが訪ねてくるなど普通はあり得ない。唯でさえ出歩く危険性が外とは比にならない骸の宮だと尚更だ。


「こんな時間に客人だ?なんか嫌な予感しかしねえなぁ…」


「ほら、間抜け面。客対応はあんたの仕事でしょ?さっさと出てきなさいよ」


「へいへい」


 浩然ハオランはレイチェルに促されると嫌々ながら入口に向う。そんな浩然ハオランに対して颯人はやとが忠告をする。


「何があるかわからん、警戒は怠るなよ」


「戦いは専門外なんだがなぁ。ほいほい、こんな夜更けにどちらさんですか〜っと...何だこの嬢ちゃん?」


「あっ、えっと…」


 そこには骸の宮にしては妙に小綺麗な服を着ている少女が、黒い風呂敷のようなものを抱いてオロオロしながら立っていた。


 その光景に一瞬唖然する浩然ハオランを不思議に思ったレイチェルが、後ろから顔を出して入口を覗き込む。


「あらかわいいわね。迷子かしら?むさ苦しい野郎しかいないから目の保養になるわねぇ」


 レイチェルはそう言いながら酒をあおる。そこで冷静さを取り戻した浩然ハオランがツッコミを入れながら少女に尋ねる。


「...いやいやちょっと待て。ここは屍脚区しきゃくだぞ?明らか怪しいじゃねえか...それで、嬢ちゃんはなにもんだ?」


「え…」


 少女は予想外に警戒をされていることに驚愕したのか固まってしまう。そんな少女を見て浩然ハオランは悪い考えを思いつく。


「ちゃんと頭を使って答えなよ嬢ちゃん。回答次第ではここで殺さなきゃいけないからなぁ」


 浩然ハオランはニヤニヤと笑いながらポケットにしまい込んでいた、折り畳みナイフを取り出して喉元に突きつける。少女は突然のことに動揺しながらもなんとか言葉をひねり出す。


「わ、私はお父さんの伝えでここに来ました!!」


「伝えで?嬢ちゃんのお父さんの名前はなんて言うんだ?」


 浩然ハオランは少女を再度問いただすと、少女は父の名前と自らが来た目的を正直に話し出す。


暁明シャミン暁明シャミンが私のお父さんの名前です!!私…お父さんから何かあったらここの人達を頼るようにって言われたんです!!」


 暁明シャミンはここにいる3人の兄貴分であると同時にチームのリーダーでもあった人物だ。その名前が出てきたことに少なからず3人は動揺する。


 兄貴分である暁明シャミンが行方不明になったと思ったら、今度はその娘を名乗る不審な少女が訪ねてくるなどあり得るのか。あまりにもタイミングが良すぎるため疑惑の目が少女に向く。それに少なくとも3人は暁明シャミンに娘がいるなど聞いたことがなかった。


暁明シャミンさんの娘?そんな話をレイチェルと浩然ハオランは聞いたことあるか...?」


「俺は兄貴からそんな話聞いたことないな〜」


「同じく聞いたことないわねぇ」


 颯人はやとの問に対して他二人は知らないと答える。颯人はやとは少女に向けてさらなる情報の提示を促す。


「だそうだが本当にお前は暁明シャミンさんの娘なのか?証拠は?」


「えっと…これ父から預かった荷物で…」


 そう言いながら少女は先程から抱きかかえている風呂敷を一番近くに立っている浩然ハオランへと渡す。


「荷物?」


「はい。これを渡せば信用してくれるって…」


「妙に準備が良いところは暁明シャミンさんらしいわね?」


 風呂敷を受け取った浩然ハオランは結び目には手紙が挟まっていることに気が付きその内容を読む。あらから内容を読み終わった浩然ハオランは後ろの二人に手紙を投げる。


「ちょっとこれ読んでみろ」


「なにこれ手紙?...ってこれ暁明シャミンさんの字ね」


「ああ、間違いなく暁明シャミンさんの筆跡だ」


「えーとなになに?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


浩然ハオラン颯人はやと、レイチェル、この手紙を読んでるということは恐らく俺は既に死んでいるだろう。


その時の俺が死んでいるか、または何かしらの緊急事態に落ちいている場合、この手紙を俺の娘が持って来ていると思う。


俺が組織の中で一番信用できるお前達3人にこの手紙を送るように伝えてあるからな。そんなお前たちに一つ最後の頼みがある。


この手紙を持ってきた娘と荷物をどうか守ってほしい。もし屍脚区で匿うのが厳しいなら頭領に荷物を預けて骸の宮を脱出しろ。


 頭領には既にこの話は通してあるから、荷物を引き渡し次第、逃走経路の確保と暫くの間の生活資金を貰えるはずだ。


どちらを選択するかはお前たちの自由だが、出来れば一番信用できるお前たちに守ってほしいと思っている。


頼んだぞ。


ps

俺用のプリンを定期的に補充する任務はこの手紙を以て終了とする。ご苦労だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「これは間違いなく暁明シャミンさんの手紙ね…」


「ああ、そうだな」


 手紙を読んだレイチェルと颯人はやとは少し暗い表情をしながら情報を確認した。


「ということだ。お前が兄貴の娘だということは信じてやる」


「本当ですか!? よかったぁ…」


 浩然ハオランの言葉に気が抜けたのか、その場にへたり込む少女。そこに追い打ちをかけるように浩然ハオランは冷酷な一言を浴びせる。


「安心してるとこ悪いが、お前はこれから俺等のボスのとこに連れて行く」


 その言葉にレイチェルは批判の声を上げる。


「ちょっと!!暁明シャミンさんはわたし達に守ってほしいって…」


 レイチェルが言葉をまくし立てている中で浩然ハオランは受け取った荷物を手紙同様にレイチェルに投げる。


「ちょっと危ないじゃない!?」


 レイチェルはそんな浩然ハオランに怒りながら、荷物をキャッチする。荷物の中身を覗くと中身のほとんどは梱包材のようなものであることが伺える。


 しかしその隙間から覗く異質な物体にレイチェルは小さな悲鳴を上げ、颯人はやとは眉間にシワを寄せ険しい表情をする。


「ヒッ…なによこれ…」


「これは【オニ遺骸せいいぶつ】か…?」


 梱包材の中には入っていたのは、全体的に鬱血した様な赤紫色のミイラの腕が入っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る